第三話 これで安泰だ~リアム視点~
ああ、せいせいした!
親が勝手に決めた婚約を、俺の手で解消してやった!
昼時の大食堂でアルマに婚約解消を言い渡した時の、あのポカンとした顔。
あれほど笑えるものはない。
以前から、なんでもそつなくこなし文句の一つも言わない、かわいげのないアルマのことが気に食わなかった。
それに比べてエミ―リエのかわいらしいこと。
いつも俺の後ろを可愛くついて回り、俺を立ててくれる。
そう、やはり女は男を立てるべきだ。
エミ―リエが手をかざすと、枯れかけだった木は青々と茂り、しおれた花もピンとなる。
おまけに彼女が世話をした薬草畑は毎年豊作だ。
学生がこんなに上手に薬草を育てられるとは思わなかった、と騎士団の薬師様からもお褒めの言葉を頂いたくらいだ。
エミ―リエを聖女と呼ばずして、誰を聖女と呼べるだろうか。
そんなエミ―リエと恋仲になったものの、俺にはどうしてもアルマとの婚約がつきまとう。
彼女と堂々と愛し合えない俺は、足かせを嵌められたような気分で日々を過ごしていた。
そんな中、エミ―リエがアルマに「聖女として聖遺物を動かす方法」を尋ねに行ったらしい。
ああ、なんと健気なエミ―リエ!
彼女が聖女になってくれさえすれば、スキール伯爵領にアルマは必要ない。
おまけにエミ―リエによると、聖女は適性さえあれば誰でもなれるらしい。
なんということだ!
今まで、アルマは聖遺物は自分や限られた人間にしか動かせないとえらそうにしていたが、それは誇張表現というものだったのだろう。
確かに、王都の大神殿で聖遺物を動かしているのは老人の男の聖人だという。
適性さえあれば男女も関係ないのだろう。
これはいいことを聞いた。
エミ―リエが聖女になってくれると申し出てくれたので、早速明日にでもアルマとの婚約を解消しよう。
父や母に事前に承諾を得なくてもいいだろう。
相談されたら突っぱねられる可能性がある。
どういう訳か、父はアルマを気に入っているからな。
でも、これで俺は愛する人と結ばれ、これからは幸せな日々が始まるに違いない。
そして神殿を守るスキール伯爵領の跡取りとして、これからも皆から尊敬され、一目置かれる日々を送り続けることだろう。
——と思っていたのだが。
アルマとの婚約を解消した数日後、俺はエミ―リエを連れてスキール伯爵領の神殿へと向かった。
しかし、まずその道中でエミ―リエが「遠い」だの「まだつかないんですか」だの「馬車の揺れで酔った」だのと不満を繰り返し、なだめすかすだけで俺は大変だったのだ。
聖女エミ―リエがこんなにも堪え性のない女だとは思わなかった。
おまけに神殿についたらもっと大変だった。
神殿に伝わる、聖遺物を動かすための呪文書をエミ―リエに渡すと、開口一番「重い!」と言ってすぐに床に取り落としてしまったのだ。
「おい、エミ―リエ! これは古代から伝わる貴重な書物なんだぞ⁉ 紙もずいぶん傷んでるんだから、丁重に扱えと言ったじゃないか!」
するとエミ―リエはぶすっとして呪文書を持ち上げたが、それをパラパラとめくると再び顔をしかめた。
「なんですか、コレ。全然読めないんですけど」
「何って、これは古代語で書かれたものだからな。少し難しいかもしれないが、聖女なら読めて当然だろ? アルマはすらすらと読んでいたぞ。さすがに覚えるのは数か月かかったようだが……」
「はぁ? こんなの学校でも習わないのに、私に読めるわけないじゃないですか! こんなの先生に教えてもらっても、読むだけで一年はかかりそうですよ? 覚えるなんて何年かかるか分かりませんよ」
それを聞いて、おれは開いた口が塞がらなかった。
適性があれば、誰でも聖遺物を使って結界を張れるんじゃなかったのか?
それとも、適性というのは勉強方面のことだったのか?
アルマはどうしてこのことを黙っていたのだろう⁉
俺はふつふつと怒りが込み上げてくるのを感じた。
「大丈夫。大丈夫だ、エミ―リエ。君だって聖女なのだから、きっとすぐに覚えられる。俺も協力するから、一緒に頑張ろう。な?」
エミ―リエは小さく頷くと、俺の胸に頬を寄せた。
ああ、か弱くてかわいいエミ―リエ!
ちなみに、俺の両親は俺とアルマが勝手に婚約を解消したことにひどく腹を立てていた。
父は「大神殿にバレたらどうなることか。もしアルマ嬢が告発したら……」とブツブツ言っていたが、聖女が交代するくらいどうってことないだろ?
父は何を心配しているのだろう。
けれど、他の地域から聖女や聖人を呼び寄せて働かせると、莫大な金がかかるらしい。
エミ―リエがその役を引き受けてくれるんだから、スキール伯爵領にとって悪い話じゃないだろう?
長ったらしい呪文も、きっと彼女なら覚えられる。
大丈夫だ。
聖遺物の中央にある虹色の半球が、少しずつ濁っていってる気がするが、きっと気のせいだ。
これからもスキール伯爵領は安泰に違いない。




