episode7 初配信
第九話 迷宮ラボ
ふわふわと宙を浮いている配信機を横目に、手元の端末を確認する。
現在の服装は白衣にサングラスとマスク。顔を晒す必要はないと聞いていたので身元を隠したい俺としてはありがたいのだが、鏡で見た時の感想はどう見ても『不審者』だった。
ちなみに、事務所で赤城さんに『専用衣装で着ぐるみとかどうですか』と提案してみたところ、『初心者にそんなことさせたら会社にクレーム来るだろうが。若に気に入られてるからって調子乗んなよ!』と怒られた。
個人的にはスライムの着ぐるみとか良いと思ったんだけどなぁ……。
「はーい、どうもこんばんは。迷宮ラボにようこそー!」
配信開始の表示を確認し、カメラへ向かって軽く手を振る。
「このチャンネルは魔物の生態とか雑学を、迷宮内を歩きながら直に紹介していくチャンネルでーす。気軽に質問してください。逆にこっちからクイズも出します」
現在の視聴者数は大体二十人ほど。思っていたよりも多い。黒羽さん達が何かしら宣伝をしてくれたのか、それとも新人配信者を見に来る物好きがそれなりにいるのだろうか。
「……あ、戦いは得意じゃないので、戦闘中は返事できないかもです」
『初心者?』
『白衣で迷宮来てんの草』
『生産職系か?』
『顔隠しすぎじゃない?』
『怪しいですわ!』
初手から癖の強い人がいるが、コメントをしてくれるだけありがたいので、一先ず気にせず用意していた最初の問題を表示する。
『では、早速第一問。
Q:迷宮で暫く生き延びた魔物はどうなる?
A:迷宮に吸収される
B:迷宮で生態系を作る』
はい。どっちでしょう」
『A』
『Bじゃね?』
『Aですわ!』
『いや普通にBだろ』
しばらく待ってから正解の表示に切り替える。
「正解はBです。まぁ、知らなくても仕方ないです。迷宮の魔物って、全部が全部ひたすら人間を探し回ってる訳じゃないんですよ」
近くの壁に生えている緑色の苔を指差す。
「例えば、これ。迷宮苔ですね。低階層ではよく見かけます。スライムや一部の虫系モンスターはこれを食べ、その魔物を別の魔物が食べる。更にその魔物を更に強い魔物が食べる。そんな感じで、迷宮内でも長く生き残った魔物達は独自の生態系を作っていくんです」
迷宮から生まれた魔物は人間を襲う。しかし、それしかしていない訳ではない。何日も、何週間も、時には何ヶ月も討伐されずに生き延びた魔物は、その環境に適応しながら生活を作り上げていく
「じゃあ二問目
『Q:迷宮から生まれた直後の魔物は、食事を必要とする?
A:YES
B:NO』」
『Aですわ!』
「早い早い」
例のお嬢様風視聴者が、問題を出した瞬間に答えを書き込んできた。しかも、また自信満々である。
「正解はBです」
『外しましたわ!?』
『逆張りお嬢様』
『弱いねぇ。まぁ、俺も分かんなかったけど』
「生まれた直後の魔物は、基本的に食事を必要としません。__っと、丁度良いところに」
天井から、ぼとりと青いスライムが落ちてくる。
生まれたばかりのスライムは俺を認識すると、身体をぷるぷると揺らしながら真っ直ぐこちらへ近付いてきた。
「迷宮から生まれたばかりの魔物って、かなり攻撃的なんですよ。一般的には、生まれた直後で腹が減ってるからって言われてます。なので、ちょっと実験」
鞄から取り出した『匂い消し』を身体に吹きかける。
元々薬師用の簡単な薬を少し改良した物だが、効果自体はかなり高い。案の定、それまで一直線に俺を追ってきていたスライムは突然その場で動きを止め、俺を見失ったように身体を揺らし始めた。
「はい。見失いました。スライムには人間みたいな目はありませんからね。嗅覚と言っていいのかは微妙ですけど、空気中の成分や魔力なんかで獲物を探してると言われています」
俺が少し横へ移動しても、スライムは追いかけてこない。それどころか、すぐ近くに生えている迷宮苔にも興味を示す様子がなかった。
「ちなみにスライムって、基本かなりの大食漢です。なのに生まれた直後は、簡単に取れる餌が近くにあっても人間を優先します」
『じゃあ腹減ってるわけじゃない?』
「そういうことです」
俺はポケットからマッチを取り出して火を点け、そのままスライムへ近付ける。
「スライムは熱に弱いので__ほい」
ジュッという小さな音と共にスライムの身体が崩れ、魔力の残滓となって消えていく。その場には紫色の小さな魔石と、丸いゼリー状のドロップアイテムだけが残った。
『雑ぅ!』
『マッチで倒せんだ』
『戦闘苦手……?』
「いやいや、スライムですからね? それより、ここからが本題です」
拾い上げた魔石をカメラに近付ける。
「生まれた直後の魔物は食事を必要としない。だというのに人間を襲う。___つまるところ、生まれたばかりの魔物は外部から食事を取らなくても、何らかの形で迷宮そのものから活動に必要なエネルギー……有り体に言えば魔力ですね。産まれたての魔物はソレを多く保有している可能性が高いと言えます」
『生まれたての魔物のアイテムドロップ率が高いのも、それと何か関係してますの?』
「おっ、良い質問ですね。そういう説もあります。ただ、その辺りはまだ確定じゃないので、あくまで説の一つとして聞いてください」
そこからもコメント欄に流れてくる質問を拾いながら、低階層に出現する魔物の生態について説明していく。
自分でも思っていた以上に楽しくなっていたらしく、気付けば端末に赤城さんから『そろそろ配信終われ』というメッセージが届いていた。
「……えっ、もう二時間?」
『喋りすぎ』
『ずっと魔物の話してたけど、マジでナニモンだよ』
『次も見ますわ!』
自分ではそこまで話していたつもりはなかったが、どうやら完全に時間を忘れていたらしい。
「__はい、ということで今日はここまで! また次回! ばいばーい」
配信を終了させ、浮いていた配信機を手のひらへ戻す。
「……思ってたより楽しいな、これ」
こうして、俺の人生初の迷宮配信は予想以上にあっさりと成功したのだった。




