episode 6 詳しい契約と初事務所と
「おっ、やっと来たか」
「"やっと来たか"じゃないですよ。もうちょっと分かりやすい場所を事務所にしてください。せめてギルドの近くとか」
「アホ。配信機器仕入れるだけでも赤字やのに、そんな金かかるとこ借りれるかいな」
「えー」
「ぶつくさ言うなや」
冒険者ギルドのある大通りから、結構離れた場所。『ノワールスタジオ』はそんなところにあった。
「それにしても、そこそこデカいですね。俺以外に入れる予定の人とかいるんですか?」
「それは後々やな。灰野に候補は見繕わせとるけど、今んとこピンとくる奴がおらん。__なぁ、灰野」
黒羽が俺の方を向いたまま呼ぶ。……まあ、気配は最初からしてたけど。
「灰野さんもこんにちは」
「ええ。こんにちは」
「なんや、驚かんのかい。可愛げのないガキやで」
黒羽がつまらなそうにぼやく。俺は、気配を消して背後に立っていた灰野に軽く挨拶し、促されるまま席に腰を下ろした。
「さて。じゃあ、お互いの意見のすり合わせと行こうや。まず配信内容やけど……お前、魔物に詳しいんやってな」
「詳しいってほどでもないですよ。程々です、程々」
「話が進まんから、変な謙遜はせんでええ。というか、ギルドに許可取ってスライム飼育しとる奴の情報なんか、すぐ集まるわ」
黒羽がニヤリとする。
「ついでに、お前がギルドに提出してる書類にも目を通させてもろた」
……公表していないギルド提出書類に触れられる、ってことは、黒羽組って、思ってたよりずっと力が強いのかもしれない。
心の中で警戒度を少し上げておく。
「これなら暫くは低階層で魔物倒しながら、種類ごとに解説してくれたらええわ。視聴者を集める土台ができるまでは、配信外で適当に魔物狩っといてくれてもええで」
黒羽が掌で転がしていたコインをこっちに飛ばす。
「素材が多かったら給料も増やしたる」
「八等級のポーションも貴重ですもんね」
俺はそのコインを受け止めると、似た要領でコイン回しをする。
「せやな。あと食材系が落ちたら、ギルドに流す前にまずこっちに持ってこい。迷宮産のやつ、味がええねん」
細かい取り決めを詰めつつ、これからの動きも決めていく。
「でも……言ってるみたいに簡単に伸びますかね? 俺レベルで迷宮の生態系に詳しい人はせいぜい一部の研究者くらいでしょうし、知識量じゃ負けませんけど……わざわざ初心者の配信を覗きに来る人、いるんですかね?」
「ソレはこっちで動画作って上げたるから、心配せんでええ。まだ迷宮配信の市場は歴史が浅いから、割り込もう思ったら幾らでも割り込めるわ」
「トップランカー以外の迷宮配信が増え始めたのも三年前くらいですから」
「__コイツ手に入れんのも苦労したで。ホンマ、壊さんように気ぃつけなあかんわ」
黒羽が、手のひらサイズの球体を差し出してくる。レンズが一つついた、丸い機器――『配信機』。
三年前まで、“配信”って言えばギルドの魔道具だけだった。到達階層が上位のランカーの映像を、ギルドが勝手に流す――テレビみたいな存在でしか無かった。
それはスポンサーも付き、興行として最初から輪が出来ている。だが、新しく生まれた『配信機』は違う。
トップランカーを使ってまでやらない“頭の悪い疑問から来る企画”。実力は届かなくても強者な“アイドル冒険者パーティー”による目の保養。
そういう配信が、個人でもできるようになった
どっちが娯楽として上かは比べようがない。
ただ、参入するなら同業者が少ない今がチャンス――それだけは確かだ。
とはいえ迷宮は配信しなくても普通に稼げる。だから配信者の数が爆発的に増えてはいない。
でも数年後には、配信機は溢れるだろう。そうなれば誰もが当たり前に“ついでに配信”する時代が来る。
今はまだ高価で、先行投資という名のギャンブルでしかないけども。
「……良いんですか? 赤字続きで、また赤字かもしれませんよ」
「そうなったら、潔く諦めたるわ」
心にもないことを言う黒羽に、俺は笑って配信機を受け取った。
操作性は正直いまいちだが、解説しながら迷宮を探索する程度なら問題ない。何せ、俺は向こうの世界で、もっと酷い機器を使ってきたのだから。
「ちなみに、俺らは基本この事務所にはおらん。用があるなら赤城に言え」
「……よろしくな」
編集部屋らしき扉が開く。
中では赤城と呼ばれていた下っ端らしき人が、死ぬほど不満そうな顔でパソコンと睨み合っていた。
「ほな、今日の十六時半から頼むわ。ノワールスタジオ――早速、始動やで!!!」




