episode 5 落書きとクラスメイトと
「で、あるから、この数式の答えは__」
(眠っ……)
先日の騒ぎから一転、普段通りの学校生活を送っていた俺は、欠伸を噛み殺しながらノートに落書きをしていた。
描いたのは、小さなスライム。
魔物図鑑とか作ったら売れないだろうか。印税で借金返したい。
思いのほか上手く描けたので、その横に図鑑っぽい説明文と、ちょっとした一言コメントを添える。ノートに直書きなせいで安っぽいが、気にしない。
本音を言うなら、武器とかアイテム売っちゃえば借金なんてすぐ返すことだけは出来る。俺にしか見えない【アイテムボックス】に入ったアイテムボックスのリストを眺めて、考えながらもノートに落書きを続けた。
俺のファーストジョブは【薬師】。異世界で作った回復薬や素材がいくつか【インベントリ】に残っているし、加工道具も持って帰って来ている。向こうの世界での工房に置いてあった道具に比べればレア度は落ちるが、この世界では破格も破格__いや、禁物級だ。
一時しのぎでそれらを売って借金を返そうものなら、三年どころの拘束では済まない。自由など消え去り、国家に厳重管理される未来が待っている。
そう考えると、昨日の黒羽の提案は正直ありがたい……いや、本来取り立てられない借金を押し付けてきてる時点で、感謝もへったくれもないが。
それでも向こうは搦め手を幾つも持っているだろう存在だ。こちらにだけちょっかいを出せて、こっちから手を出せない状況を作ることだってできたはず。
それをしなかったのは――俺たちとの「落としどころ」を決める意味もあったのだろう。
「……よし、出来た」
「__ほう。何が出来たんだ?」
スライムの説明を書き終え、俺が独りごちた瞬間。頭上から声が落ちてくる。、
顔を上げると、指し棒で俺の肩を叩く数学教諭。
「……あー、これはですね……」
「この俺の授業でお絵描きとは、いい度胸だな。……んん?」
……絶対、黒羽組とかそっち方面の仕事してそうな顔つきの数学教諭が、こめかみに青筋を浮かべている。
抵抗は無駄だと察した俺は、諦めて説教を大人しく聞くことにしたのだった。
*
「これを職員室に届ければいいの?」
「はい。手伝ってくれてありがとうございます」
授業中に魔物図鑑の記念すべき一ページを描いていた俺は、罰としてクラスメイトから課題を集め、職員室へ運ぶ羽目になった。
「手伝ってるんじゃなくて、自業自得でやらされてるだけだから、褒められたもんじゃないけどね」
「そう言いつつ、八島君はいつも手伝ってくれるじゃないですか」
苦笑して言ったのは、同じく課題を抱えたこのクラスの委員長。
白鳥 綾乃。肩まで伸びた黒髪に、白いリボン。見た目も性格も良い、男女問わず人気のある美人さんだ。
「そりゃ白鳥さんみたいな美人さんの手伝いができるなら、男として本望みたいなもんだからね」
「はいはい。八島君は相変わらずですね」
軽口は軽くいなされる。……彼女からすればいつも通りなのだろうが、このやり取りは俺には酷く懐かしかった。
この程度で彼女は照れたりはしない。きっと俺が軽口を叩いた回数の何倍も、他の男に口説かれてきたのだろう。流石である。
「白鳥さんは今日も迷宮に行くの?」
「ええ。私達もそろそろ第六層ですから。階層主まで、あと少しです」
「へぇ……凄いね」
「……本当に思ってます?」
「思ってる思ってる」
疑いの目を向ける白鳥さん。
「……相変わらず八島君は迷宮攻略に興味が無さそうです」
「まあね。むしろ全く物怖じしてない皆が凄いよ」
「仮にも『冒険学科』の生徒ですから」
「……それだと俺の方がおかしいみたいに聞こえるんだけど」
俺の言葉に、彼女は曖昧に笑った。知ってはたが、俺は相も変わらず異端児扱いされているらしい。
「でも私は嫌いじゃありませんよ?『迷宮進化学』でしたっけ?」
「『学』なんて付けられるほど大した偉業は成し遂げてないよ。本来ならゴブリンが良いんだけど、僕は今日も今日とて迷宮で飼ってるスライムの飼育だね」
迷宮攻略に一切興味がない俺が、わざわざ『冒険学科』に入った理由――それが『迷宮進化学』だった。
亡き祖父と母が唱えていた論。二人とも体が弱く、当時の迷宮立ち入り規制もあって検証が進まず、今も仮説のまま、一部の学者にだけ知られている理論だ。
「『迷宮で魔物を倒した際にステータスが上昇するのは、倒した魔物の魂を一部吸収しているから』……でしたか。あながち間違いでもないと思いますよ?」
『もっと死にかけた状態でレベルアップすれば、魂の吸収率上がるんじゃね?』って枕詞が無ければ、もうちょい広まったかもしれない。
魂の話は聞こえが良くないし、魂の有無自体も確かめようがない。証拠が無い以上、理論は理論だ。そしめ て、それは証明出来ず、別の仮説が通説となった。
「別にこれが正しいって証明したいわけじゃないんだけどね。同じ場所に何回死んでも同じ所に湧く魔物に、魂なんてあるのかなって気になってさ」
もしステータス上昇が他者の魂を吸収した結果だとしたら、それは魔物にも起こるはずだ。そして、それが出来るなら様々な事におうようができる。
「実験の進捗はどうなんですか?」
「……進捗なし。『魔物使い』みたいなジョブが出てきてくれれば楽なんだけど」
異世界と違って、この世界には魔物を従えるスキルを持つジョブが存在しない。
何匹かスライムを囲って飼育しているが、簡単な命令は聞いても、他の魔物を倒せるほど高度な命令はできない。スライムは温厚で動きも遅いから飼い慣らせるが、他の魔物相手ではそうはいかないだろう。
「まあ研究は大学からでもいいし、気ままにぼちぼちだよ。……ただ、今日からは迷宮攻略もしなきゃいけなくなってさ」
「__そうなんですか!?」
「ちょっと諸事情でね」
深く話せば心配させてしまうので、俺は曖昧に笑って誤魔化した。
「……何か物入りとか?」
「まあ、そんな感じ」
「でしたら、私の所属するパーティーに合流してみませんか? まだ初心者が多いですけど、前衛が多めなので、八島君さえ良ければ……」
「ありがたいけど、ソロで潜ることにしてるんだ。基本、推奨階層より下には潜らないつもりだし」
幸い、一階層から四階層までは昔の俺のステータスでもソロで行ける。接敵数を無茶に増やさなければ、『薬師』は低階層なら案外どうにかなる。
「そういえば『薬師』でしたね。……では、困ったことがあったら何でも気軽に言ってください」
「うん。困ったらありがたく頼らせてもらうよ」
おそらく困ることはない。だが善意は受け取っておくべきだ。
こうして課題を提出し終えた俺たちは、二人で教室へ戻ったのだった。




