episode 4 妹とこれからの事と
「ふっ……何とかなったな」
「__いや、なってないでしょ」
黒羽たちが出ていくのを尻目に、俺は前髪をかき上げてニヒルに笑った。澪が無粋なツッコミを入れてくるが、気にしない。
ぶっちゃけ、かなり好条件の契約だと思う。迷宮攻略配信なら結構見ているし、大学生になったら研究の一環でやるのも視野に入れていた。
危ないことはしない。目立つ真似もしない。
向こうの世界でもクランの運営資金を稼ぐために似たようなことはしてたし、こっちでも同じように稼ぐ必要が出ただけだ。
……まあ、こんな形で無理やり契約させられる上に、(たぶん)ソロで攻略することになるとは思ってなかったが。
「任せとけって。お兄ちゃんはこう見えても魔物の知識なら、その道のトップ連中と張り合えるくらいある。解説系で広告バンバン取って、速攻で借金返してやるよ!」
「……お兄ちゃん、冒険者志望じゃないから弱っちいし。ジョブだって『薬師』じゃん。そんなので、どうやって迷宮攻略するの?」
澪が一瞬、言いかけた。
「だったら私が__」
「ばーか。冒険者志望なのは知ってるけど、未成年の妹を死地に向かわせるお兄ちゃんなんて居ーまーせーん」
「……むっ。お兄ちゃんだって未成年じゃん」
「お兄ちゃんが未成年かどうかは関係あーりーまーせーんー」
だって精神年齢的には未成年じゃない。こっちは向こうの世界で、濃い二年を過ごしてきてるんだ。
「ちょっと強いジョブ持ってるからって、あの程度の人たちにビビってた澪には任せられないの」
「……逆に、なんでお兄ちゃんはあんなに物怖じしないの。私、心臓爆発するかと思ったんだけど」
「あっはっは。ごめんごめん」
俺が余裕だったのは、黒羽が“こっちがギリギリ飲める案”を用意してる可能性を、薄っすら察していたからだ。
あの二人は『黒羽組』の上の人間らしい。詳しいことは分からないが、ただの借金取り立てで出張ってくるような連中ではないはず。
なら目的は、『俺』か『澪』。
俺のほうを狙ってきた理由は分からないが、澪は『双剣使い』――アタッカーの才能に溢れた存在だ。
……だからあの時は、澪が連れていかれる可能性を想像して、ちょっと本気で圧を掛けた。全然ビビってなかったけど。
ちなみに最悪の場合は、全員ぶった斬って黒羽関連の組織を丸ごと潰せばモーマンタイ、くらいには思ってた。
にしても、今日の判断は我ながらファインプレーすぎる。
ステータスを偽造してなかったら、あの二人は即座に撤退していただろう。偽造に気づきつつも引かなかったのは、運が良かった――いや、賭けに勝ったと言うべきか。
だが、正直最初から手のひらの上で踊らされた感は否めない。それでも澪の平穏を壊されるよりはマシなので、問題はないが。
「別に学校のことなんて気にしなくてもいいのに……私、お兄ちゃんと違って、どこでも友達作れるし」
「ふっふっふ……なんで急に俺の心臓を抉ってくるの?」
その一言は、さっきの黒羽の圧ですら足元にも及ばないほど、俺にダメージを与えたのだった。
「___ふぅ。やばかったな」
「ええ」
赤城を残りの二人に押し付けたあと。帰路を歩く黒羽はタバコに火をつけ、大きく吸い込んでから、白い煙と一緒に息を吐いた。
「なんやねんアレ。政府が抱えとる裏のトップランカーとかか?」
「でしたら、我が国はもう少し他国に強く出られているはずでは?」
「……せやんなぁ」
黒羽組のトップである黒羽の当初の目的は、あくまで“妹”のほうだった。
高いステータスに、恵まれたジョブ。しかも見た目まで良い。迷宮配信者に仕立てれば、借金など二、三年で返し終わる――そう踏んでいた。
元々こちらは、あんな一軒家に興味なんてない。
いや、他所への面子を考えれば取り立てないわけにはいかないが、それよりも『強い手札』を増やすほうが、組にとっては優先事項だった。
「まさか虎の子盗みに行って、龍の尻尾踏むとは思わんて……」
「相手が温厚で助かりましたね。……彼を引き込めたのは、ギリギリの引き際を見定めたボスの手腕あってこそですが」
「……ホンマ、危なかったわ」
妹を使って脅しにかける――黒羽自身、本音ではやりたくなかった。
だが、“そういう事ができる”と、たとえハッタリでも示さなければ、目的を果たせない。そう判断した。
「結果的には正解やったけど、二度とやりとうないわ」
「私もです」
互いに顔を見合わせて笑い、黒羽は短くなった吸い殻を携帯灰皿へ落とした。
「何にせよ、とんでもない戦力ゲットや。本気は見せへんやろうけど、あのクソ度胸と……前情報通りの魔物オタクなら、それはそれで売り出せるやろ」
「彼を旗頭に、他の有望な冒険者も育てねばなりませんからね」
「それこそ妹ちゃんの方は、高校生になったら普通にスカウトしたらええ。別に研斗に、組の仕事手伝わせるつもりはないし――配信事務所の方の仕事手伝って貰えば、誘えば来てくれるやろ」
「……そうですか?」
「……こっからの、あの子らとの関係次第やけどな」
本音を言えば、研斗は欲しい。
白田とは別の、切り札としての側近で。
だが、本人はきっと首を縦に振らないし、自分の覇道を心から楽しんでくれない人間を、黒羽自身も近くに置きたくはない。
「トップランカー百人でかかっても、勝てへんやろな」
「ええ。無理でしょうな」
「……どうしようもない時に切れるカードが増えただけでも、充分か」
「最近、迷宮周りがやけにきな臭くなってきましたからね」
「あぁ。俺らとか政府だけやと、『国』が守りきれん」
小さい国土に、大迷宮を三つ抱える日本。
それに対し日増しに強まる国外からの圧力。さらに最近は、異常個体の頻発。
「しかも、そろそろ怪物行進の時期やろ? ホンマ、クソ忙しいわ」
「……もう一本、吸いますか?」
「……もらうわ」
白田が火をつける。夕暮れの空へ、煙がゆらゆらと溶けていった。




