episode 3 借金返済は迷宮配信で
「__へぇ、美味いやん」
「ウチの妹の珈琲は世界一ですから」
キッチンに立つ澪を、いつでも守れる位置に置いたまま。俺は細身の眼鏡の男――黒羽と向かい合って座る。赤城と呼ばれた下っ端に睨まれていたが、気にしない。
「それで? 本日はどういったご用件で?」
「お前っ、今、若が珈琲楽しんでんだろうが__!」
「もうええで、赤城。此奴に多少の脅しは意味ないわ。正直、あのおっさんのガキや思われへん」
「よく言われます」
「ははっ、嘘つけや。__クソ太い肝がそっくりやわ」
愉快そうに笑う黒羽。……しかし、親父はなんでこんな明らかにアウトローから金を借りたんだ。昔から分からないところはあったが、今回は輪をかけて意味が分からない。
まあ、その理由を問い質すべき本人とは、金輪際会えない可能性が高いのだが。
「ぶっちゃけ聞くけど、君ら、どこまで知っとるん?」
「俺も妹も、親父があんたらに借金して逃げた――そこまでしか」
「そっか。ま、ほんなら全部知っとるも同義やな。オヤジさんがウチらから金借りて、そのままバックレ。商売やから会社は差し押さえたけど……それだけじゃ足りん」
「……具体的には、あといくらです?」
「そうやな__おい、灰野」
「はっ」
大男が鞄から一枚の紙を取り出す。
「残り三千万。それが俺らが何としても取り立てなあかん額や」
「三千っ__!?」
キッチンで澪が思わず声を上げかけ、慌てて口を押さえた。
「せやから君らには、さっさと家を出てってもらお思ってな。いきなり差し押さえは可哀想やし、前もって忠告しに来たったんや。ホンマ、感謝してほしいくらいやで」
「そ、そんな……! それじゃ私たち、どうやって生きていけば……」
「親戚の家とか頼ったらええやん。おるやろ、困った時に頼れる親戚くらい」
「残念ながら、親父は親戚から絶縁されてるんで。頼れる人なんていません」
「そないな事、俺らに関係ある思うてる?」
無慈悲な言葉に、澪が押し黙る。……正論っちゃ正論だ。頼れる親戚がいないのは親父の行動の結果で、そこを放置してきたのは俺たちでもある。
「てなわけで。さっさと荷物まとめて出て行ってもらえると助かるねんけど――」
「――本当に、それだけですか?」
俺は話を切り上げようとした黒羽を止める。
「それだけなら、赤城さんと外に待ってる人らだけで十分でしょう。わざわざアンタらが出向いて来たってことは、そんな簡単な話じゃない」
「……ほぅ。それは例えば?」
「例えば、この家の権利が親父に無かった。だからアンタらは差し押さえできない――とか」
俺の言葉に、黒羽が笑った。……当たりか。
「諦めて帰ったらどうです? 俺らに親父の借金を払う義務はない」
「せやな。正論や」
「だったら――」
そこまで言った瞬間。
黒羽が持っていたマグカップを、俺に投げつけてきた。
「やるやん」
「お褒めに預かり光栄ですね」
「思ってもないこと言うなや」
加減して投げたのだろうマグカップを片手で受け止め、机に戻す。俺は笑いながら、空になったカップを黒羽の方へ差し出した。
「――悪いけど、こっちも面子があんねん。パンピーに金取られた挙句、それを取り返せへんってなったら困る」
「それ、俺らに関係ないです」
俺と黒羽は互いに笑う。目は笑っていないが、側から見れば仲良しだ。
「法律的に無理なんで諦めてください」
「アホか。そないな事で諦めてたら黒羽組の名が廃れるわ。……せやけど、今あんまり派手に動きたくないんも事実や」
黒羽は少し間を置いて、口角を上げた。
「せやから、この家を千五百万で買ったる。コレで引くなら以降お前らとは関わらんといたる」
「あっはっは。冗談上手いっすね」
「冗談や思うんか?」
眼鏡の奥から、鋭い瞳が俺を射抜く。肌に刺さるような威圧。向こうの世界でも、そうそう味わえない“本物”の脅しだ。
「その値段で売らなきゃ、毎日毎日しつこい嫌がらせに来るってことでしょ? その程度でこの家を手放すわけない」
それなら自分達で家を売って金持って逃げる方が賢い。 ……まあ、澪の生活もあるし、そんなことはしないが。
「ほぉ。じゃあどないしよか。お前は耐えれても、そこの妹さんは耐えれるんか?」
「ははっ。妹に手ぇ出すなら潰すぞ」
「てめぇっ、若に向かってなんて口をっ!!!」
赤城が胸ポケットから拳銃を抜き、俺のこめかみに突きつけ__
「お兄ちゃ――」
「なっ!? ――ぐっ!?」
澪の叫びが終わる前に、赤城の鳩尾に灰野の拳がめり込み、赤城は崩れ落ちた。……危ない、反射的に普通に銃ぶっ壊しそうになった。
「ご苦労、灰野。外に連れ出しといてくれるか」
「はっ。……ありがとう。美味かった」
灰野は気絶した赤城を担ぎ上げ、さっきまで使っていたマグカップをこちらに返してくる。
「――お前、おもろいなぁ。やっぱステータス偽造しとんねやろ?」
「気付いてましたか。『鑑定』持ちは灰野さんですか?」
「そっちも気づいとったんかいな。食えへんガキやで」
「そっちこそ。まだ何か手があるんでしょ?」
「なんや、バレとったんや。なら早う出せば良かったわ。――ほれ」
差し出された紙を見る。
「なになに……『私、三枝研斗はノワールスタジオと契約します』」
……なんだこれ。
「ホンマは家をパパッと売ってもろて終わらせよ思ってたけど、やめや。お前の心折るの怠そうやし、お前みたいなおもろい奴と縁切れるのが一番おもろないからな」
黒羽は笑って言った。
「――だから、契約や」
紙に書かれた内容は大きく三つ。
三年間、ノワールスタジオ――黒羽組が最近始めた表稼業、迷宮配信を主とする事務所の配信者として活動すること。
その活動で得た素材やアイテムを、上納し、借金返済に当てること。
最後に、この三年の契約をもって、親父の借金を帳消しにすること。
「……え、嫌なんすけど」
「アホ。これ以上の譲歩は無理や。生活困らん程度には給料も出したるから、学校終わりに働けや」
黒羽がニヤリとする。
「……別に俺は、お前がウチに入るって条件でも構わへんで?」
「もっと嫌です」
「そんな正直に言うなや」
……仕方ない。これ以上の譲歩は引き出せない。受けるしかなさそうだ。
「……契約成立で」
「おう。あとでメール送ったるわ。明日から、学校終わったらメールで送った住所に来ぃや」
こうして俺は、なぜか反社がバックにいる事務所に所属することになったのだった。




