episode 2 膨大な借金は父親の手紙と共に
「やっと帰れる……!」
授業をすべて終えた俺は、逸る気持ちをどうにか抑えつつ、極力不自然に見えないよう――スキップしながら下駄箱へ向かった。
『__速っ!?』
『……あれ、どこのクラスの生徒?』
……ちょっとはしゃぎ過ぎたらしい。何人もの視線が刺さったが、気にしない。この程度なら偽造ステータスの範囲内だ。別に怪しまれたりはしない――たぶん。
……いや、念のため自重しよう。妙なところでヘマをして将来設計をおじゃんにするのはごめんだ。
(……いかんいかん。久しぶりに妹に会えると思うと、顔がニヤけてきた)
我ながら若干キモいが、妹は俺にとって、たった二人しかいない大切な家族の一人だ。母親は早くに亡くなり、父は会社経営で忙しい。そんな中、必死に面倒を見た肉親で――目に入れても痛くないほど可愛い。
名前は八島 澪。俺の二つ下で十五歳。……精神年齢は十九歳なんだけどな、俺は。
澪もまた、俺が異世界から帰ることを選んだ理由の一つだ。彼女を残して異世界を満喫するなんて、俺には考えられなかった。
元々物静かな子だったが、転移する直前あたりから反抗期が来たのか、言葉に少し棘が混じり始めた。だが俺からすれば、それすら可愛い。
……あと、一応。親父にも久々に会う。向こうからすれば久々でもなんでもないだろうが、それはそれで、ちょっとだけ楽しみだった。
「……よし、誰もいないな」
近くの路地裏に入り、自宅の近所をイメージして一言。
「『ゲート』」
その瞬間、空間がひずみ、空間と空間が繋がる。俺は躊躇なく通り抜け――慣れ親しんだ家の前に立っていた。
妙に緊張しながらドアノブに手を掛ける。
……落ち着け、俺。大事なのは平常心だ。変なほころびを見せたら、やけに聡い澪には絶対バレる。
「__ただいまー」
家に入ると、澪の靴がきっちり揃えて置かれていた。澪は俺より早く帰ってくることが多い。想定通りだ。
「……落ち着け、俺。まずはいつも通り――ぴょっ!?」
「__おっ、お兄ちゃん……!」
靴を脱いで手洗い場へ向かおうとした瞬間、リビングの扉が勢いよく開いた。飛び出してきたのは、もちろん澪だ。
「どどどどうしたっ!? お兄ちゃん、別に隠し事とかしてないぞっ!?__って、お兄ちゃん?」
……中学に上がってからは『兄さん』と呼んでいたはずだが。
「……どうした、澪」
「こ、これ……」
明らかに様子がおかしい。俺が駆け寄ると、澪は一枚の手紙を差し出してきた。
「なになに……『愛しい息子と娘へ。んちゅ』」
気色の悪いタイトルを無視して、中身に目を通す。
『突然ですまないが、父さんの会社は倒産した。……おっと、失礼。あまりにも面白いダジャレを生み出してしまったようだ。きっと手紙の前のお前たちも笑顔になったことだろう。
さて、少し空気も和んだところで現状の説明をしよう。
実は会社を立て直すために結構な額を借りたんだが、返済が終わっていない。……もし父さんが捕まってしまった場合、問答無用でバラされてしまうが、ほぼ無関係のお前たちならきっとバラされないはずだ。こっちも色々頑張ってみるから、お前たちも頑張ってほしい。以上、解散っ!』
……。
「は?」
「家、帰ってきたらこの手紙だけが置かれてて……」
「成程」
つまり、ウチの親父は――蒸発した。
「……しょうがない。一旦リビングでどうするかを――」
__ピンポーン。
『どうもぉ。黒鳥金融ですけどぉー!』
考える暇など与えるかと言わんばかりにインターホンが鳴り響く。……どうやら、一歩遅かったらしい。
『居留守使っても、居るのは分かってんぞ!』
『今すぐ出てこないんなら、扉蹴り飛ばして開けるぞコラァっ!!!』
「……澪。俺が話つけるから、自分の部屋に戻ってろ」
涙目の澪は、首を横に振った。
……うーん。一旦ぶちのめして記憶を消して帰らせようとしてたんだが、この状態で一人にするのはまずい。
……いや、手の届く範囲にいてくれた方が守りやすいか。
「……俺の後ろかキッチンから動くなよ」
「うん……」
『はよ開けろやゴラァっ!』
……随分と騒がしいお客人だ。全く、少しは礼節というものを――いや、期待するだけ無駄か。
「はいはい、今開けます」
澪をリビングに待機させ、玄関へ向かう。扉を開けると、柄の悪い下っ端っぽい男が三人。さらに――明らかに格が違う、細身の眼鏡男と、よく鍛えられた大柄な男が立っていた。
「__おっ、やけに素直じゃねぇか。それじゃ邪魔する――」
「……悪いけど、話ができる人以外は外で待っててくれ。ウチ、手狭なんだ」
下っ端三人は何を言われたのか分からず固まっていたが、真っ先に家へ踏み込もうとした赤髪の男が、俺の胸倉を掴んだ。
「アァ? テメェ、誰にもの言ってんだ!」
「いいから。その一番奥の人か、大柄の人と話させてくれ」
俺は胸倉を掴まれたまま言う。
「わざわざ上の人が出張ってきてるってことは、なんか別の話があるんだろ」
「__へぇ。俺のこと知っとるんかいな」
「……え? いや、知らないけど」
細身の眼鏡男が目を見開き、隣の大柄男をちらりと見る。大柄男は、その視線に大きく頷いた。
「分かった。話は俺と灰野が聞いたる。それと――赤城、お前も来いや」
「へっ、へい! でも若っ、良いんですか!?」
「なに、大丈夫や。こっちは契約の話しに来ただけやし、事を荒立てる気は元々あらへん。なぁ、灰野」
「はい」
灰野と呼ばれた大柄男は一言だけ答え、眼鏡男の一歩前に出る。
「ほな、上がらせてもらうわ。……緑茶くらいは出してもらえるやんな?」
「ウチ、コーヒーとココアと紅茶しか置いてないです」
「かー、あかんわ。ラインナップが終わっとる。なぁ、灰野」
「私はココアで頼む」
「「普通に飲むんかい!!!」」
俺と眼鏡男のツッコミが住宅街に響いたのだった。




