episode 11 事務所にて
「うぃーす、ただいまでーす」
「……あいも変わらず舐めたガキだな」
事務所に帰るなり、使用した配信道具を所定の置き場へ戻した俺は、事務室で動画の編集作業をしていた赤城さんへ声を掛けた。
「舐めてないですって。寧ろ、俺は赤城さんのことはちゃんと尊敬してますよ?」
「なら、ちゃんと挨拶くらいしやがれクソガキ」
「えー、風通しの良い事務所が良いので却下でーす」
「このガキっ……!」
こめかみに青筋を浮かべた赤城さんが、手に握っていたエナジードリンクの空き缶を、そのままこちらへぶん投げてくる。
「ちょっと汚いですって」
「うるせぇ! 俺はお前が毎日配信するせいで、編集が馬鹿ほど忙しいんだっ! 本来なら俺は若と一緒に、あちこちでブイブイ言わせてる予定だったのによぉ……!」
……『ブイブイ言わせる』とか初めてリアルで聞いた。本当に言う人居るんだ。
「__そもそも、お前何なんだよ!?」
「何なんだよって言われても。俺はノワールスタジオの稼ぎ頭で、借金返しに精を出す一般学生としか」
「嘘つけぇ! 四層の魔物をあんなちゃちなナイフで倒せる『薬師』が、この世の何処にいるってんだぁ!?」
「目の前に居るじゃないですか。それと、あの程度なら練習すれば誰だって出来ますよ」
「出来ねーよっ!」
投げつけられた空き缶を拾い、備え付けのシンクで軽く洗ってから透明なゴミ袋へ入れようとすると、今度は別の意味で赤城さんの怒鳴り声が飛んできた。
「おい、テメェ! 水ちゃんと切ってねぇのに捨ててんじゃねぇよ! と言うか、それはペットボトル用の袋だから一緒に捨てんな!」
チンピラみたいな見た目の癖に、意外と細かい人である。
「赤城さん、意外と綺麗好きですよね」
「テメーがガサツ過ぎるんだよ。__ったく、配信機も毎度毎度泥だらけにしやがって……」
そう言いながら、俺が今さっきまで使っていた配信機を布で丁寧に磨き始める。
息子と娘に借金を押し付けて逃げた、社会のゴミみたいな親父を相手にしている金融業の人間なので、もしかすると根本的に汚いものを綺麗にする仕事が性に合っているのかもしれない。
「それじゃあ、俺そろそろ帰りますね。迷宮に長居し過ぎたせいで、日も暮れてきてますし」
「おう。__じゃなかった。お前、ちょっとそこで待ってろ」
配信機を磨き終え、今度は俺が使った衣装でも洗うつもりなのか、手洗い場の方へ向かっていた赤城さんが、何かを思い出したように事務室へ戻っていく。
「ほら、若からだ」
戻ってきた赤城さんから手渡されたのは、一枚の茶封筒だった。
勝手に開けていいものなのか分からず、一度だけ赤城さんの方へ視線を向けると、顎で『開けろ』とばかりに示されたので封を切る。
「こ、コレは__!?」
「予想の何倍も視聴者が集まってるからな。給料とは別のお駄賃だとよ」
茶封筒の中には、一万円札が五枚入っていた。
……た、たった五回の配信で、これだけのお給料が貰えるなんて……!
向こうの世界では、最終的にこっちへ帰ってくるつもりだったこともあって報酬をそこまで気にしたことがなかったが、やっぱり迷宮配信って死ぬほど稼げるんだな。
……む?
「……なになに、『PS.色々あってんから、妹ちゃんと出掛けてこい』? ……色々あった原因、黒羽組ですけどね」
「馬鹿言え。俺は詳しいことは知らねぇけど、ウチは金貸しの部分はオモテの家業の一つだから、そんなに法外じゃねぇ」
成程。
つまり、悪いのは全面的に俺の親父ということらしい。
「でも、いいんですか? 俺、こんなに貰ったら暫く配信しませんよ?」
「……こっちとしては、むしろその方が助かるんだよ。さっきも言ったが動画の編集も間に合ってねぇし……何より__お前、配信者をやらすにはちょっとネットリテラシーが足りなさ過ぎる」
「うぐっ……!?」
自分の配信を後から見返せない理由でもある部分を正面から突かれ、思わず呻いてしまう。
向こうの世界では全員が顔面フルオープンで活動していたし、むしろ名前を覚えてもらうために積極的に売り出していくような文化だったので、今更こっちのネット社会特有の感覚を求められても困るのだ。
「お前が一生配信者をやっていきたいなら、それでもいいけどな……お前、そうじゃ無いんだろ?」
「う、うす」
「まだ俺らも、お前らのプライベートを守れるほど仕組みが整って無いんだ。……妹ちゃんに迷惑掛けたくなかったら、もうちょっと自制するこった」
くぅ、正論だ……!
何でこの人、こんなにチンピラみたいな格好をしているのに、俺よりちゃんとしてるんだ!?
「若からは三日くらい休みやってもいいって許可は貰ってるから、妹ちゃんのご機嫌取りが終わったら、他の顔出ししてない配信者を見て勉強しろ」
「さー、いえっさー!」
「お前、やっぱりちょっと舐めてんな……」
「そんな、まさかー__あっ、そうだ。そう言えば、今日ドロップアイテム出たんだった」
「何っ、マジかっ!? 野菜か!?」
「四階層はもっと奥まで行かないと野菜系は出ないんで違います」
露骨に目を輝かせていた赤城さんだったが、俺が鞄から取り出すように見せかけながら『アイテムボックス』から取り出した物を見せると、ガックリと肩を落とした。
「ポーションかよ」
「そうです。まぁ、ポーションはポーションでも『スタミナポーション』なので、ちょっとレアですよ」
「……お前、作れるんだろ?」
「材料さえあればですけどね」
俺から黄色い液体の入った小さな瓶を受け取った赤城さんは、それを魔石入れと同じように戦利品ボックスへ収める。
「……そういや、お前。さっきの配信の最後で、人間が何で普通に階層移動出来るのかってコメント来てただろ?」
「あぁ、ありましたね」
「俺もそこが気になった。魔物は階層が変わるだけで魔石がぶっ壊れるのに、俺達は下へ降りようが上へ戻ろうが平気ってのは、何でなんだ?」
どうやら赤城さんは、俺が思っていた以上に真剣に配信を見てくれていたらしい。
折角なので、配信中には止めておいた続きを話してみることにする。
「実を言うと、俺もそこが一番面白いところだと思ってるんですよ」
「勿体ぶらずに言え」
「はいはい。__まず一つ、前提として知っておいて欲しいんですけど、地上で生まれた魔物って、迷宮に連れて行っても普通に生きられるんです」
「……階層を跨いでもか?」
「えぇ。手懐けた地上産のスライムを、小さな迷宮の十二階層まで連れて行った研究記録もあります。しかも、死ぬどころか下へ行くほど動きが活発になったそうですよ」
「じゃあ、そいつらも異常個体と同じような耐性を持ってるってことじゃねぇのか?」
「普通はそう考えますよね。実際、地上の魔物は迷宮から出ることに成功した『異常個体』の末裔だって説が今でも有力です」
「なら、それで終わりじゃねぇか」
「ところが、地上産の魔物が持つ魔石には、異常個体に見られるような『濁り』が無いんです」
「繁殖していくうちに消えたんじゃねぇの?」
「その可能性も否定出来ません。だから今の説を完全にひっくり返せる証拠もまだ無いんですけど__俺は少し違うんじゃないかと思ってます」
「違う?」
学生鞄からノートを取り出し、人間と地上の魔物を簡単な図で描いていく。
「そもそも、迷宮と地上の『魔力』は、便宜上同じ名前で呼ばれているだけで、性質まで完全に同じではないんじゃないかと思ってるんです」
「……続けろ」
「俺達人間や地上の魔物が元々持っている魔力は、言ってしまえば『万能』で『平凡』です。特定の階層に適した性質を持っていない代わりに、何処へ行ってもある程度はそのまま活動出来る」
一方で、迷宮の中に満ちている魔力は濃く、階層ごとに性質も異なっている。
だからこそ迷宮産の魔物は、生まれた階層の魔力に適応した『魔石』を持つ必要がある。
「でも、それなら一つ疑問が残ります。俺達人間は何で、その濃い迷宮の魔力を取り込んでも平気なんだと思います?」
「__『ジョブ』と『レベル』か」
「その通りです」
やっぱり赤城さんは飲み込みが早い。
『ジョブ』と『レベル』は、迷宮の魔物を倒すことで初めて取得出来る力だ。
地上で繁殖している魔物をいくら倒しても、自力では発現しない。
つまり、この二つが少なくとも迷宮と密接に関わる仕組みであることは間違いない。
「俺達は元々、色んな環境へある程度適応出来る魔力を持っている。その上で、迷宮側から『ジョブ』や『レベル』って呼ばれている仕組みを与えられることで、迷宮内の濃い魔力まで自分の力として取り込めるようになっているんじゃないか。今のところ俺はそう考えています」
「……じゃあ、俺達人間は最初から迷宮に適応出来るように出来てるってことか?」
「そこまでは断言出来ません。でも、性質だけ見れば、階層の制約を無視出来る『異常個体』と俺達人間って、結構似てると思いません?」
「……マジか」
赤城さんが腕を組み、露骨に嫌そうな顔をする。
まぁ、言っていることだけ聞けば、あまり気持ちの良い仮説ではない。
「もちろん、まだ証拠は足りませんよ。祖父や母が残した研究を元に少しずつ検証してる段階ですし、同じところまで考えてる学者も居るみたいですけど、正式に発表されてる訳でもありません」
「お前、コレ配信で話すなよ……」
「えっ」
「当たり前だ! こんなの『反迷宮派』が聞いたら、目の色変えて食い付くだろ!?」
「あー……『人間は迷宮に作り替えられている』とか言い出しそうですもんね」
「そういうことだよ!」
『反迷宮派』とは、迷宮攻略そのものへ反対している勢力であり、『迷宮』を攻略すると世界が滅ぶだの、人間は迷宮に操られているだのと主張している団体だ。
攻略を辞めれば、その前にエネルギー不足と食糧不足で世界が滅びると思うのだが、その辺りは彼等の中でどう折り合いを付けているのだろうか。
「まぁ、俺も今のところ配信で話す気は無いですよ。さっきの配信でも、人間の話は止めたじゃないですか」
「ならいいけどよ……」
赤城さんはまだ納得し切れていないようだったが、ひとまず配信で喋らないと分かって少しだけ安心したらしい。
ただ、俺自身は迷宮が人間へ何らかの干渉をしている可能性については、それほど突飛な話だとは思っていない。
向こうの世界では、一部の迷宮が一種の生命体として成立していることを実際に知っている。
もちろん、この世界に存在する大迷宮まで全く同じ仕組みだとは思っていないし、現時点で分かっている情報を見る限り、違う部分もかなり多い。
それでも、この世界の迷宮が人間を内部へ誘い込むような構造をしていることだけは、どうにも引っ掛かる。
「でもまぁ、仮に迷宮側に何か目的があったとしても、今は潜るしかないですからね」
「軽いな、お前……」
「だって、潜るの辞めたら魔石も素材も手に入らなくなりますし。人類が困る方が先ですよ」
「それはそうだけどよ……」
「最悪、大迷宮も普通の野良迷宮と同じなら、『ダンジョンコア』まで辿り着けば崩壊させられますし」
「……そうなったら、この都市潰れるよな?」
「あっはっは」
「否定しろよ!」
頭を抱えながらぶつくさ言い始めた赤城さんを他所に、俺は貰った五万円を大事に鞄へ仕舞う。
突然出来た三日間の休暇。
黒羽さんからの追伸通り、まずは澪を何処かへ連れて行くとして、その後は赤城さんに言われた通り、顔を出さずに活動している配信者を少し研究してみるのも悪くない。
そんなことを考えながら、久しぶりに迷宮へ潜らなくていい三日間をどう過ごすか予定を組み立てつつ、俺は事務所を後にしたのだった。




