episode12 妹とのデート
「明日は休日だけど、澪は暇?」
「……何、急に」
事務所から帰宅して夕食を済ませた後、リビングのソファでスマホを弄っていた澪に声を掛けると、画面から顔を上げた妹が露骨に怪訝そうな顔をした。
酷い反応である。
確かにここ最近、親父が借金を残して逃亡したり、その取り立てに黒羽組が押しかけてきたり、何故かその流れで俺が迷宮配信者になったりと、普通の高校生兄妹なら一生経験しなくても良さそうな出来事が立て続けに起こっているので、唐突に話し掛けられて警戒する気持ちは分からなくもない。
それにしたって、実の兄から休日の予定を聞かれただけでその顔は酷い。お兄ちゃん泣いてしまいそうだ。
「いや、お兄ちゃん明日から三日間休み貰ったからさ。久しぶりに二人で出掛けない?」
「……何で?」
「妹と遊びに行くのに理由は必要ない!」
「必要だから、普通。……と言うか、兄さん最近まで私が買い物誘っても『人混み疲れるから嫌だ』とか言ってたじゃん」
「あー……」
そういえば、そうだった。
俺自身の感覚では二年以上前の話なので、完全に忘れていた。向こうの世界へ飛ばされる前の俺は今以上に出不精だったし、休日はスライムの観察をするか、迷宮関連の資料や論文を読んでいることが多かった。
澪に買い物へ誘われても、荷物持ちが必要な時くらいしか一緒に行かなかった記憶がある。
……思い返してみれば、距離が出来た原因って俺じゃん。
「聞きなさい、我が妹……人は成長するものなのです」
「数日で?」
「男子三日会わざれば刮目してなんとやらって言うだろ?」
「毎日顔合わせてたけど全然変わってない。身長も気遣いも、クソダサいTシャツも変わってない」
「細かいこと気にしてると大きくなれないぞー。……待って、今俺の特注Tシャツ馬鹿にした!?」
「うるさい」
そう言いながらクッションを投げてきた澪から顔を守りつつ、鞄の中から例の茶封筒を取り出してテーブルへ置く。
「実は配信が思ったより上手くいってるらしくて、黒羽さんから給料とは別にボーナス貰ったんだよ。『色々あってんから、妹ちゃんと出掛けてこい』って」
「……その『色々』を起こした人から貰ったお金で?」
「詳細は知らないけど、俺達に押し付けた親父が元凶じゃない?」
「それはそう」
即答だった。
そこに関しては俺も全く異論がないので、お互いに一度だけ頷き合う。
「それで五万円の使い道なんだけどさ? 流石に全部使うつもりはないけど、澪も最近色々あって疲れてるだろうし、明日は服でも買って、美味いもんでも食いに行こうよ」
「……お金なら貯めた方がいいんじゃない? 三千万も借金あるんでしょ」
「契約上は三年間働けばチャラになるんだから、俺達が生活費まで切り詰めて三千万貯める必要ないって。それに全部使う訳じゃないから! 使わなかった分はちゃんと貯金する!」
「でも……」
「言うなればこれは俺の初任給なんだ。正直、今は何もかもが意味分かんないと思うし、俺を心配してくれてるのも分かる。でも、我慢して苦しい思いをする三年間を澪に過ごさせるとか、俺が嫌だし」
澪はまだ何か言いたそうにしていたが、五万円の入った封筒と俺の顔を交互に見た後、諦めたように小さく息を吐いた。
「……じゃあ、行く」
「よし決まり。朝十時くらいでいい?」
「うん」
「行きたい所ある?」
「別に。兄さんが誘ったんだから兄さんが決めて」
「えー、そう言われると困るなぁ。妹とのデートスポットなんて調べたことないぞ」
「デートって言わないで、気持ち悪い。吐き気がする。悪寒が走る。虫唾が走る」
「酷い!? そんなに言うことなくない!?」
「冗談……でもないかも?」
……昔は『お兄ちゃんと結婚する』とか言ってくれてたのに、妹というものは大きくなると冷たくなるらしい。
悲しい世の中だ。
なんて世の中を悲観していると、澪は久方振りに楽しそうに笑ってみせた。お兄ちゃんを手玉に取るとは、将来有望な妹である。
*
「__お待たせ」
「おぉ」
翌日の午前十時。
玄関で靴を履きながら待っていると、自室から出てきた澪の姿を見て、思わずその場で固まってしまった。
白いシャツに黒っぽいスカート、その上から薄手のカーディガンを羽織っただけの比較的シンプルな服装なのだが、普段学校の制服姿ばかり見ている俺からすると妙に新鮮に見える。
「……何?」
「可愛い!!!」
「……そう」
褒めたのに反応が薄い。
……なんか若干照れてる気もするが、この程度では妹の自己肯定感を爆上げすることなど出来ないだろう。仕方あるまい。
「おしゃれ! 清楚! キュート! いよっ、日本一!!!」
「……」
「街を歩けば視線は釘付け! カフェでフラペチーノを頼めばイメージモデルに大抜擢! ハリウッドスターがレッドカーペットを譲るレベ__ごめんなひゃい」
「……近所迷惑でしょ」
見ると若干頬を赤くしながらも、呆れ顔の澪が俺の頬を引っ張り、そのまま外に出る。
「あらぁ、澪ちゃんじゃない。こんにちは」
「こんにちは」
家を出ると、隣の家の明美さんが軒先の掃除をしていた。
澪はあまり喋る方ではないが、好きなことばかり話す俺と親父よりはコミュ強なので、御近所付き合いもちゃんとしている。
「どうも」
「あらぁ、研斗ちゃん!? 久しぶりねぇ……いやぁ、お父さんに似て男前に育ったわねぇ……!」
「ありがとうございます」
何だか今それを言われると複雑な気持ちだが、近所では俺達の父親が蒸発したことはまだバレていないので、曖昧な笑顔で対応する。
……俺の曖昧な笑顔が下手くそだったのか、澪が俺の頬をつねる力が少し強くなる。
「あらあら、相変わらず仲良しねぇ」
「えぇ、それはもう世界一仲が良いと言っても過言じゃ__」
「そんなことないですよ、明美さん。これくらい、兄妹なら普通です」
「あら、そう?」
「そ・う・で・す」
俺の言葉を途中で遮った挙げ句、力強く念を押した澪は、明美さんに一礼だけすると、ようやく俺の頬を解放し、先んじて歩き始めた。
……行き先伝えてないのに、歩き始めてどうするんだ。
「澪さんや。バス停だから道は逆ぞよ」
「……うるさい。分かってる」
「ふっ、照れてる澪も可愛い__危ない!?」
「ちっ……行くよ」
「舌打ちした!?」
俺の顔面を狙って鞄を叩きつけようとしてきたので慌てて回避したのだが、それをしでかした本人は何食わぬ顔で逆方向へ歩き始めた。
*
「兄さん、これ食べたい」
「おっ、いいね」
俺達は現在、最寄りのショッピングモールに来ていた。
因みに澪が興味を示したのは、女の子らしくクレープだった。普段はあまり間食をしない澪の歩くスピードが急に落ちたので、何事かと思ったが、こういう所は昔と変わらず可愛らしいままだ。
「私、ストロベリーチーズケーキ」
「おっ、いいね。俺は何にしようかな……」
和菓子派な俺は、クレープなんてあまり食べない。
と言うか、こんなキャピキャピした若い女の子が並ぶ店に来るのすら初めてだ。
「……おすすめはシュガーバター」
「おっ、もしかして来たことある?」
「友達と何回か来たことあるから。……多分、兄さんが好きそうな味してる」
「あっ、ついでに飲み物も買ってこうか。何がいい?」
「ミルクティーで」
助言に大人しく従ってシュガーバターを選んだ俺は、クレープとドリンクを二人分買い、そのまま屋上の広場へと移動した。
「うーん、良い風だ。このまま寝てしまいそう……」
「寝たら、置いて帰るからね」
「うーん、このコーヒー目が覚めるなぁ……きっといい豆使ってるからカフェイン多いんだろうなぁ……」
「カフェインってそういうものじゃないと思うよ。それと、会話が下手」
ついでに頼んだアイスコーヒーを飲みながら、物知り顔で格好つけてみると、ダメ出しされてしまった。
……妥当オブ妥当な評価だ。
「と言うか、兄さん、テンション高くない?」
「妹とデートだからね」
「帰るよ?」
「ふっ、泣き叫んで駄々こねるよ?」
「縁が切れるね」
「誠にごめんなさい」
危うく開始一時間で、デートどころか兄妹の縁ごと解散されるところだった。
*
「澪、これ似合いそうじゃない?」
「……兄さんが服選ぶの?」
「その言い方だと、俺にセンスが無いみたいに聞こえるからやめない?」
「……あると思ってるの?」
「ふっ、どうかな……センスはあくまでセンスだから、他人が評価するものじゃない。自分さえ自分のセンスに誇りを持つことが出来るのなら、それは相対的にセンスがあると言えなくもないね」
「言葉の節々にセンスがないね」
俺に心無い言葉を吐くセンスに関しては、妹がピカイチのようだ。
クレープを食べ終わった俺達は、そのまま本屋やらゲームセンターやらを楽しんだが、最終的には澪の服を選ぶことになった。
今日の俺は最初から澪に何か買ってやるつもりだったので、女性服売り場に入ること自体には何の抵抗もなかったのだが、問題は何を選べばいいのか全く分からないことだろう。
とりあえずマネキンが着ていた服を見て『これ良さそう』と指差してみたところ、澪から即座に却下された。
「今日は澪の服買うつもりだったんだから、好きなの選んでいいぞ」
「別に今ので足りてる。……というか、マネキンで選ぶのやめて。ダサいのがバレる」
ダサいのがバレる!?
「そ、そう言って、俺の行動を封じて何も買わないつもりだろ! あと、マネキンは凄いんだぞ!」
「……そのマネキンに対する異様な信頼は何なの? というか、私別に服足りてるし……」
「必要かどうかじゃなくて、欲しいかどうかで選んでよ。昨日だって滅茶苦茶服選びに悩んでたの、俺知ってるからね」
「……悩んでないですけど? は?」
「い、いや……なんか隣の部屋がドッタンバッタン……」
「は? ……は? ___は?」
「うす、すんませんした」
恐ろしき眼光で「は?」の三段活用をされた俺は、大人しく引き下がるしかなかった。
……何だろう、本当に照れくさかったのだろうか。
いやいや、まさか。澪はあんまり俺のこと好きじゃないだろうし、そんなことで照れる訳ないか!
澪は昔からこうで、何か欲しい物があっても、値段を見て高いと思えばすぐに『いらない』と言う悪癖がある。
親父が金に困っていたようには見えなかった頃からそんな感じだったので、借金の話を聞いた今なら尚更言いにくくはあるのかもしれない。
そんなことを考えていると、澪がじっと俺の方を見つめる。
「……本当にいいの?」
「お兄ちゃんには二言はありません」
「それは嘘でしょ」
「信用がないっ……!」
恨むぜ、過去の俺……!
妹からの信頼を失うとか、一体これまでどれだけの悪行をやらかしたと言うんだ!
「今日は二万円くらいなら澪の服に使うって、元々決めて来てるから。その範囲なら俺の財布は一切痛まないものとして考えてください」
「意味分かんない」
「分からなくても押し通すから、受け入れなさい」
「……兄さんの稼いだ五万円から出すんでしょ?」
「違うね。俺は澪にご飯も洗濯もしてもらってるから、二人で稼いだお金だ」
コレは、言うなればお互いの正当な取り分だ。
使わなかった分については貯金するつもりだし、そもそも俺自身には今のところ大した使い道もない。
「……分かった」
「おっ、聞き分けがいい子はお兄ちゃん好きだぞ。因みに澪は生きてるだけで好___」
「__その代わり、一万円で兄さんの服も買うこと」
「__なっ、なにぃっ!?」
突然訳の分からないことを言われ、混乱してしまう。
なんだって俺の服を!?
「と言うか、兄さんは服が少な過ぎる。……着回しで三着はどうなの?」
「で、でも、俺は物持ちいいし……」
「私はもっといい」
「ぐぅっ!?」
あまりの正論に、ぐぅの音が出た。
「じ、自分の服買うくらいなら、備品買いたい__」
「この条件が呑めないなら、私も買わないから」
「く、くぅ! 卑怯なぁ!?」
「……何処が……?」
こうして、我が可愛い妹ながら卑怯な戦法を使われ、俺は大人しく引き下がり、自分の服まで買うことになったのだった。




