episode10 迷宮LABOの配信 第五回
「はーい、今日も『迷宮LABO』の配信、始めていきますよー」
何だかんだで少しずつ視聴者も増え、俺の配信は大体百人前後で安定するようになっていた。
まぁ、まだまだ迷宮配信そのものの競争相手が少ない時期なので、この程度の数字なら独自の強みを持っている配信者としては当然らしい。
とはいえ、黒羽さん達からすれば、まだまだ事務所の赤字を埋められるような数字ではないだろうし、これからもぼちぼち増やしていかないと何を言われるか分からない。
「今日は何から話そうか__あっ、そうだ。折角だし、質問ボックスから答えていくことにしまーす。ほい、まず一つ目は……」
スマホを操作し、事前に質問フォームへ送られていた文章を読み上げる。
「『何故、別の階層に魔物が移動しないのか、詳しく説明して欲しい』ですか。……ふむふむ、良いでしょう。最近、これに関連する話でちょっとした噂もあるので、折角ですし詳しく説明していきましょうか」
俺はそう言いながら、道中で襲い掛かってきた魔物__スライムと並べられるくらいにはメジャーで、最も弱いモンスターの一つに数えられるゴブリンの胸をナイフで一閃する。
動かなくなったゴブリンは、無色透明の小さな水晶にも似た魔石だけを残し、チリとなって消えていった。
「皆さんは、魔物の心臓であるこの『魔石』について、どこまで知っていますか?」
コメント欄には『魔力を持った石』と読んで字の如く答える人や、『大厄災からエネルギー不足に陥った世界を救った、神が与えたもうた奇跡の石』などと、若干怖い答えを返してくる人まで、多種多様なコメントが流れてくる。
「確かに、魔石は我々にとって奇跡の石と言っても差し支えないでしょう。何せ、実に__効率的だ」
魔物を倒せば、恒久的なエネルギー不足に陥っている我が国において、非常に重要視されているエネルギー源が手に入る。
大厄災以降、魔物が世界中に溢れている現代では、まともな林業なんてものは昔ほど機能していないし、新しい大規模発電施設を何処にでも好き勝手建てられるほど、安全な土地が余っている訳でもない。
というか、そんなことをしなくても不足分の多くを魔石によって補えているのだから、危険を冒してまで無理に従来型の発電施設を増設する必要性そのものが薄くなっている。
「魔石は我々の生活になくてはならないものです。それは皆さんもご存知の通りでしょう。では__魔物にとって魔石は、どの部分に当たるでしょうか? そうです、心臓です」
コメント欄も同じ答えで埋め尽くされる。
当然だ。
魔力で活動する魔物達にとって、魔力は身体を動かすために必要なエネルギーであり、その源となっている魔石は心臓そのものと言ってもいい。
基本的には、内部に含まれる魔力の質や量によって、魔石の色や濃さも変化する。
だから、迷宮から溢れ出し、地上で繁殖するようになったとされている魔物が持つ魔石は、迷宮生まれの魔物が残す魔石よりも色が薄い。
つまるところ、同じ大きさで比較すれば、エネルギー源としての効率が悪いのだ。
しかし、その代わりに地上の魔物には、俺達と同じような生物としての『心臓』がある。
そのため迷宮の魔物とは違い、必ずしも『魔石』だけが弱点になる訳ではない。奴らは魔石と心臓のどちらかが機能している限り、多少の損傷では普通に生き続けることが出来る。
その代わり、同種で比較するなら迷宮産の魔物より戦闘力が低い傾向にあるのだが。
「迷宮で生まれた魔物には、生物としての『心臓』がない。……ですが、不思議に思いませんか? 迷宮産の魔物は倒されると、心臓たる『魔石』だけを残して魔力の残滓となって消えます。まぁ、運が良ければドロップアイテムも落ちますが、コレはこの際無視しましょう」
今重要なのは、何故倒した魔物から必ず魔石が残されるのかという点だ。
「確か先程、コメントをしてくださった方の中に、神が与えてくれた『奇跡の石』だと言っていた方が居ましたね。えぇ、えぇ、僕もその通りだと思います!」
俺は先程倒したゴブリンから手に入れた無色透明の魔石を取り出すと、配信機のカメラへズイッと近付ける。
「魔石は魔物にとって心臓であると同時に、迷宮の大気中に充満する魔力を取り込むバッテリーとして使われているともされています。__なんて多機能なんでしょう! 正に__『奇跡の石』!」
色んな人へ自分の好きな分野を説明出来るのが嬉しくて、思った以上に言葉へ熱が籠もっているのが自分でも分かる。
……うん、ちょっとだけ落ち着こう。
一度深呼吸を挟んでから、改めて説明を続ける。
「……こほん。つまり、魔石は我々にとっても、魔物にとっても欠かすことの出来ないものなんです。我々が迷宮で生計を立てる上ではなくてはならないものであり、魔物が生命活動を続ける上でもなくてはならないもの。故に、迷宮が我々を誘い込むために必ず残すようにしている『撒き餌』ではないか__というのが、私の意見です」
そこまで説明したところで、コメント欄に『さっきから魔石がどれだけ凄いか説明してるだけで、質問の答えになってない』という至極真っ当な指摘が飛んできた。
「……長々とした説明、失礼しました。ですが、コレは私が今から語る新説を説明する上で、とっても大切な前提知識なんです」
長くなってしまったことを素直に謝罪した後、俺はぐるりと辺りを見渡す。
「さて、皆さんは此処が何処か分かりますか?」
『三層?』
『いや、四層じゃね? ……と言うか、主、階層攻略クッソ早くね? 普通、四層まで行くなら半年くらいはかかると思うんだが……』
『まぁ、本人は言ってないけど、それなりの上位層なんだろ。スキルも使ってるところ見たこと無いし、ランカーかもよ?』
……不味い。
自分ではかなりゆっくり攻略しているつもりだったのだが、どうやらコレでも迷宮の攻略速度は早過ぎたらしい。
配信活動が思っていた以上に楽しくて、毎日欠かさず迷宮へ潜ったせいだ。
おのれ、黒羽組!
「はーい、違いますよー。俺は__じゃなかった、私は上位組じゃないですよー」
『嘘乙』
『バカ乙』
『ガワ剥がれてますよ』
……まだ配信を始めて五回目なのに、既に視聴者からナメられている。
いつもならこの辺りで俺のことを庇ってくれる、ただ一人のエセお嬢様視聴者が居るはずなのだが、今日は珍しく姿が見えない。
「……先程の答えですが、ここは四階層と三階層の間です」
『話逸らした』
『あーあ、今日は庇ってくれる人居なくてカワウソ』
「はいはい、うるさいうるさい。信じてくれなくても別にいいですよーだ」
若干不貞腐れながらも、とある説の検証に使える相手がいないか辺りを見渡していると、丁度良く四階層側の入口付近を彷徨いている緑色のスライムを見つけた。
「__ほいっ、捕まえた」
緑スライムは三階層から六階層付近に生息している種だ。
俺は事前に用意していた厚手のビニール袋を被せるようにして捕まえると、即効性のある麻酔薬を中へ放り込み、そのまま動きを止めさせる。
『はい、出た。意味分からん捕獲方法』
『それで上位勢じゃないは無理があるwww』
『普通はビニール袋とか速攻で溶かされるから』
……おかしい。
こっちはちゃんと偽装した低階層帯のステータスでも出来る程度の動きしかしていないつもりなのに、妙に疑われている。
現実でもトップ層はもっと訳の分からない動きをしているのだから、こんなのは大したことないと思うのだが……まぁ、わざわざ俺の配信を見に来てくれている視聴者達だし、多少持ち上げてくれているだけなのかもしれない。
「さて、皆さん。ちょっとここからは刺激が強いので、苦手な方は注意をお願いします」
『ビニール袋で魔物を捕まえるより刺激的なことってなんだ?』
『新しい魔物でも生み出すんじゃね?』
失礼な。
俺は至って真面目に質問へ答えようとしているだけなのに。
「先程の質問を実践してみようと思いまして。ほら、魔物達は自分達が生まれた階層から移動しないって話です。__では何故移動しないのか、その理由を実際にお見せします」
俺は少しだけ駆け足で階層同士を繋ぐ大階段を上り、三階層の入口手前まで移動する。
「そぅっれ!」
そして、配信機がきちんと全体を捉えられる位置へ移動したことを確認してから、スライムが入ったビニール袋を三階層側へぶん投げた。
『なにしてんのぉ!?』
『緑スライムちゃん可哀想……』
「ほら、よく見ててください」
暫くすると、眠っていたはずのスライムがビクンッと身体を跳ね上がらせ、麻酔が切れるには明らかに早過ぎる時間で意識を覚醒させる。
最初は現状を全く把握出来ていないのか、困惑したようにその場をぐるぐると回っていた。
『迷子になってる?』
『__違う』
どうやら、勘の良い視聴者は既に異変へ気付いたらしい。
「はい、ブラウザバックする最後の機会ですからねー」
目覚めて以降、スライムはずっと身体を細かく震わせていた。
普段のスライム特有の、ぷよんぷよんとした弾力のある揺れではない。
まるで突然呼吸の出来ない場所へ放り込まれた人間が、何が起きたのかも分からないまま必死に身体を動かしているような、明らかに苦しんでいる震え方だった。
その震えは次第に大きくなり、やがて外から見ても分かるほど身体全体が激しく揺れ始めた末__スライムは突然、その場で爆発した。
『えぇ……』
『ひぇ』
俺は魔力の残滓となって消えていくスライムへ近寄り、普段なら綺麗な形で残るはずの魔石を配信機へ映す。
「ほら、見てください。魔石が砕けてます。……怖いですよね」
『平然と解説してるアンタが一番怖いよ』
自分で投げ込んだので、そこに関してはぐうの音も出ない。
このままだと話題がどんどん俺の倫理観へ移っていきそうなので、さっさと本題へ戻した方が良さそうだ。
「実は、階層が変わると迷宮内に満ちている魔力の質も変化するんです」
『火山階層とか浜辺階層みたいに、地形ごと変わるような変化が無くても、魔力自体は明確に違うってこと?』
「その通りです。花丸満点、あげちゃいます」
砕けた魔石を新しいビニール袋へ入れ、他の魔石と混ざらないよう分けて収納しておく。
「基本的には、下の階層であればあるほど大気中に満ちる魔力は濃くなります。そして各々の魔物は、生まれた時点で『どの階層の魔力を取り込み、効率良くエネルギーへ変換出来るか』が、魔石によってある程度決まっているんです」
『つまり、アイツ窒息したってこと?』
「……まぁ、少し違いますが、ニュアンスとしては近いものがあります。想像してみてください。さっきまで自分に丁度いい大気の中で普通に呼吸していたのに、突然、酸素や他の成分の割合が全く違う場所へ放り込まれたようなものです」
魔物達は自由に迷宮を歩き回っているように見えて、実際にはかなり明確なルールに縛られている。
生まれた階層の魔力に最適化された魔石を持っている以上、そこから離れれば離れるほど、生命活動そのものに支障を来たす可能性が高くなる。
そう考えると、地上にいる魔物達が『迷宮から飛び出した』と言われていることに疑問が生まれるのも当然だ。
『__じゃあ、なんで今外の世界には魔物が居るんだ?』
「おっ、鋭い指摘です。そして、それが先程話したいと言っていた新説にも関わってきます」
俺は配信機へ向かって、ピッと指を二本立てる。
「そもそも最近までの通説では、『迷宮から魔物が外へ出て、地上環境へ適応するよう独自に進化した』とされてきました。ただ、この説に対しては研究者の間でも否定的な意見が結構多かったんです。だってそうですよね? そんなホイホイ階層を自由に行き来出来る『異常個体』が、一気に大量発生するなんて普通は考えにくいじゃないですか」
しかも、一匹や二匹では繁殖出来ない。
地上で同種の魔物が個体数を維持出来るほど増えている以上、近い時期に複数の同種個体が階層移動への耐性を獲得し、そのまま地上へ出たことになる。
偶然にしては出来過ぎている。
……だが、もしそれを可能にする何らかの条件が存在するのなら、話は変わってくる。
「コレはまだ確固たる証拠が出ている訳ではありませんが__魔石を大量に取り込んだ一部の魔物は、自身の魔石そのものが『濁る』ことがあるそうです。そして、その濁りを持った個体には、通常個体とは異なる性質が現れることがあるとか……ないとか__」
そこまで話したところで、コメント欄の流れる速度が明らかに先程までより速くなった。
『それ本当なら結構ヤバい説じゃない?』
『魔石食わせまくったら異常個体作れるってこと?』
『地上の魔物の祖先がそれだったとか?』
『じゃあ人間は? 人間は何で普通に階層移動出来るんだ?』
最後に流れてきたコメントへ、一瞬だけ目が止まる。
当然、そこへ疑問を持つ人間も出てくるか。
「そこについても一応考えていることはあるんですけど……今日は長くなり過ぎたので、また次の機会にしましょうか」
『逃げた』
『絶対なんか知ってるだろ』
「逃げてないですよー。話し始めたら、また長くなるだけです」
というより、この先の話は今の段階で何処まで配信に乗せていいのか、俺自身まだ判断がついていなかった。
地上の魔物と異常個体の関係だけなら、少し変わった迷宮研究の仮説で済む。
だが、人間が何故あらゆる階層へ適応出来るのかまで踏み込めば、自然と『ジョブ』や『レベル』が何のために存在するのかという話へ繋がってくる。
流石にその辺りは、思いついたことをそのまま垂れ流すには少し危ない気がする。
「そんな訳で、今日はここまでにしまーす。質問はまた質問ボックスに入れといてください。それじゃ、また次回!」
配信を切ってから、俺は先程回収した砕けた魔石の入った袋をもう一度確認する。
今のところ、俺が喋った内容だけなら大した問題にはならないと思う。
精々、少し変わった仮説を話す配信者がいると、一部の研究好きに注目される程度だろう。
ただ、人間が階層を自由に移動出来る理由については、一度誰か別の人間の意見を聞いてみた方が良いかもしれない。
そう考えながら配信機や白衣を片付け、その日の分の魔石とドロップアイテムを回収し終えた頃には、迷宮の外も随分と暗くなり始めていた。




