side 新米祈祷師価値を知る
別室へと案内された私達は、先にパーティー登録を手早く済ませると、改めて三日前に自分の身に起きた出来事を、出来る限り詳しく思い出しながら説明していた。
「はぇー……なるほど。聞けば聞くほど不思議な体験だねぇー」
「は、はい……私も何度も夢だったんじゃないかと思ったんですけど、手元にはドロップアイテムも残ってますし」
そう言いながら、私は持ってきていた石蜥蜴の外皮をテーブルの上へ置く。
黒ローブの人が石蜥蜴を倒した後、魔石と一緒に残されていた物だ。
あの時は必死だったので何とも思わなかったが、改めて近くで見ると、岩のように分厚い外皮には独特の光沢があり、触れてみても普通の魔物の皮とは明らかに質感が違う。
「このレベルのモンスターを一太刀で倒せる冒険者なんて、トップランカーでもザラには居ませんわ。私はそれなりに冒険者には詳しいですけれど、そんな珍妙__ぴぃ!?」
「珍妙じゃありません。カッコイイ格好です。あのフォルムといい、佇まいといい、何処をとってもそれ以外の言葉なんて浮かんでこないと思うんですけど、一体何処を見て珍妙な姿だと思ったのか教えて欲しいで__」
「ご、ごめんなさいですわ」
「__あっ、ごめんなさい、ごめんなさい!!! つ、つい……」
気付けば、紫苑院先輩へ詰め寄るような体勢になってしまっていた。
自分が何をしたのか理解した瞬間、顔へ一気に熱が集まるのを感じて、慌てて頭を下げる。
「あははー、これ確実に本人だー」
琴香さんの楽しそうな声が聞こえてきたが、ひとまず聞かなかったことにする。
「まぁ、噂の亡霊とやらが何者なのかはさておき、だ」
功刀先輩が、机の上に置かれた外皮を指先で軽く叩く。
「私達は、この厄介な石蜥蜴の皮をどうするか考えなければならん」
「まぁーねー。パッと見ただけでも、トップクランが目ん玉かっ開いて『売ってくれ』って懇願してくるレベルの素材だろうしー」
「そ、そんなに、ですか?」
「元々、石蜥蜴自体が滅多に狩られない魔物だからね。二十二階層付近に生息してるBランク帯の魔物なんだけど、物理防御に関してだけなら同ランクでも最上位って言われるくらい硬いんだよ」
「その代わり、一般的な石蜥蜴は魔法への抵抗力が低いとされています」
それまで黙っていたメイドさんが、静かな声で補足してくれる。
「ですが、白鳥様を襲った個体は__あろうことか魔法を行使した」
「その時点で、少なくとも通常個体と全く同じものとして扱うのは危険だろうな」
魔法を使えない魔物自体は珍しくない。
魔物は大なり小なり魔力を宿しているものの、その全てが体外へ魔力を放出し、魔法として利用出来る訳ではない。身体能力の強化や、肉体そのものを変質させるために魔力の大半を利用する種も多く、石蜥蜴はその典型だ。
鉱物を好んで食べる石蜥蜴は、身体へ取り込んだ鉱物と魔力を利用し、極端に硬い外皮を形成する。
その反面、魔力を外部へ放出するための器官はほとんど退化しており、強靭な肉体からは想像出来ないほど魔法攻撃への抵抗力が低い。そのため、石蜥蜴が生息する二十二階層付近へ潜る場合、魔法使いや攻撃用の魔道具を用意することが推奨されている。
「特殊な鉱物を長期間食べ続けることで、その弱点を克服した上位種も確認されてるんだけどね。ただ、そっちは見ればすぐ分かる」
「見れば、ですか?」
「うん。皮膚の色や光沢が通常個体とは明確に変わるんだよ。だけど、君が持ってきた外皮を見る限り、三日前の個体はどう見ても普通の石蜥蜴なんだよね」
琴香さんは私が持ってきた外皮を手袋越しに持ち上げ、光へ透かすように眺めた後、静かに元の場所へ戻す。
「だから、コイツは__『変異種』に間違いない」
「……やはり、そうでしたか」
その言葉を聞いた私以外の三人が、一斉に嫌そうな顔をした。
紫苑院先輩まで普段の明るい表情を消しているところを見ると、どうやらその『変異種』とやらは、私が思っている以上に厄介な存在らしい。
「……白鳥。死にかけたお前に言うのはアレかもしれないが、本当に運が良かったな」
「ええっと、その変異種っていうのは……?」
迷宮についてはそれなりに勉強しているつもりだった。
けれど、『変異種』なんて言葉は授業でも教科書でも一度として聞いたことがない。
「まー、変異種に関してはギルドが情報統制してるしねー。レッドとか、違法探索者達に悪用されたら堪んないし」
「だが、今回その情報を出していないせいで死人が出かけたんじゃないのか?」
「厳しいこと言うけど、変異種の情報なんか知ってても知らなくても、死亡率なんてほとんど変わらないって。何せ変異種ってのは神出鬼没だし、何をしてくるのかも個体ごとに違うからね」
「だからといって__」
「楓、そこまでですわ。今はその議論よりも、白鳥さんに変異種について説明する方が先ですわ」
「むっ……それもそうか」
不満そうではあったものの、功刀先輩は紫苑院先輩の言葉に従って大人しく引き下がる。
琴香さんもそんな功刀先輩を少し困ったように見た後、気を取り直すようにこちらへ向き直った。
「まず最初に、『異常個体』と『変異種』は別物だって覚えといてね」
「違うものなんですか?」
「うん。『異常個体』っていうのは、本来いるはずのない階層に現れたり、普通とは違う行動を取ったりする魔物全般を指す、かなり広い呼び方なの。中層の魔物が低階層まで上がってきた場合なんかも、ひとまずは異常個体として扱われる」
三日前までの私も、石蜥蜴はその『異常個体』なのだと思っていた。
本来なら二十二階層付近にいるはずの魔物が、何かしらの理由で四階層まで上がってきてしまった。
それだけなら、最近増えていると言われている異常個体の一種として説明がつく。
「でも、変異種は違う。同じ種類、同じ見た目なのに、その種が本来持つはずのない能力や生態を持っている個体を、こっちではそう呼んでる」
「じゃあ、私を襲った石蜥蜴は……」
「見た目は普通の石蜥蜴なのに、使えるはずのない魔法を使った。しかも君の話が正しいなら、ただ岩を飛ばしただけじゃなく、逃げ道を塞ぎながら君を袋小路まで追い込む程度の知能も持ってた」
そこで初めて、三日前に自分を追っていた石蜥蜴の異常さを改めて理解する。
ただ強い魔物に偶然出会ったのではない。
あの石蜥蜴は、明確に私を追い詰めようと考えて行動していた。
「……それを知ってたとしても、私に何か出来たとは思えません」
「でしょ? だからギルドも大々的に情報を出してないんだよ。変異種は見た目で判断出来ない場合が多いし、遭遇してから『こいつ変異種だ』って気付いた頃には、大抵もう戦闘が始まってる」
「その上、能力まで個体によって違うとなれば、対策の立てようもないか」
「そーいうこと」
琴香さんが椅子の背もたれへ体重を預けながら、小さく息を吐く。
「まぁ、それでも情報を全部隠していいのかって話は別問題だけどね。そこはギルド内部でもずっと揉めてる」
功刀先輩が先程食い下がっていた理由も、何となく理解出来た。
三日前の私自身がそうだったように、何も知らずに遭遇した側からすれば、事前に知識さえあれば何か違ったのではないかと思ってしまう。
けれど、知っていたところで石蜥蜴へ勝てたかと聞かれれば、答えは間違いなく否だ。
「ところで、琴香さん」
「んー?」
「そもそも石蜥蜴って、どうやって四階層まで上がってきたんですか?」
「おっ」
琴香さんが、少しだけ嬉しそうに笑った。
「良いところに気付いたねー」
「普通の魔物は、生まれた階層からあまり移動しないんですよね?」
授業で習った知識を思い出しながら尋ねる。
「うん。迷宮で生まれた魔物っていうのは、『異常個体』を除いて、大体は生まれた階層からほとんど移動しない。そこまでは知ってるかな?」
「はい……確か、他の階層に立ち入ると、普通の魔物は弱ってしまう……と聞いたことがあります」
「うんうん、流石は優等生ちゃんだ。意外と皆ぼんやりとは知ってるんだけど、原理までちゃんと覚えてる人は少ないんだよね。折角だし、もうちょっと詳しく教えたげる。……どうせルミちゃんも忘れてるだろうし」
「し、失礼ですわ! これでも人の話はちゃんと聞いてますし、学力も学年上位ですわよ!?」
「いえ、お嬢様。最近、勉学を疎かにし過ぎて、それも怪しくなってきています。……理不尽にも旦那様からお叱りを受けた私の気持ちも考えて下さい」
「……」
紫苑院先輩は何も言い返せなくなったのか、そのまま静かに紅茶へ口を付けた。
そんな彼女を琴香さんは面白そうに眺めた後、テーブルの上に置かれていた紙とペンを引き寄せる。
「じゃあ、一番最初から説明しよっか。まず覚えておいて欲しいのは__同じ迷宮の中でも、階層が違えば満ちている魔力は全く同じものじゃない、ってこと」
「魔力が……違う?」
「そう。分かりやすいところだと、火山みたいな階層とか、氷に覆われた階層とか、環境そのものが露骨に変わる場所があるでしょ? でもね、あそこまで大きな変化がなくても、階層が変わる度に魔力の濃さや性質は少しずつ変化してるんだ」
琴香さんは紙の上へ簡単な階段のような図を描き、一階層、二階層、三階層と数字を書き込んでいく。
「基本的には下へ行くほど魔力は濃くなる。そして、迷宮で生まれた魔物の魔石は、生まれた階層の魔力を取り込むのに一番適した状態になってる」
「……だから、違う階層へ行くと弱るんですか?」
「その通り。近い階層ならすぐ死ぬとは限らないけど、魔力を上手く取り込めなくなって体調を崩したり、逆に濃過ぎる魔力を吸収して魔石そのものに異常が出たりする。だから普通の魔物は、本能的に自分が生まれた階層から離れたがらないの」
「では、三日前の石蜥蜴が四階層に居たということ自体が……」
「かなりおかしい。二十二階層から四階層なんて、本来ならまず無理だね」
私は、三日前に見た石蜥蜴の姿を思い浮かべる。
少なくとも、弱っているようには見えなかった。
それどころか、魔法まで使いながら私を追い回す程度には元気だった。
「普通の石蜥蜴なら、四階層まで上がってくる途中でとっくに魔石が持たない。だから、あの個体がどうやってそこまで上がってきたのか。それとも、そもそも階層を移動した訳ではなく、何か別の方法で四階層に現れたのか……そこも含めて調査が必要になる」
「……」
「まっ、これ以上はまだこっちでも分からないことばっかりだけどね」
琴香さんはそう言って苦笑する。
迷宮には、まだ知られていないことが数え切れないほど存在する。
そんな話は今までだって何度も聞いてきた。
けれど、以前の私にとってはどこか遠い話だったのだと思う。
今は違う。
私自身が、その『分からないもの』に殺されかけたばかりなのだから。
「取り敢えず、この皮と魔石はギルドで正式に預からせてもらうね。所有権自体は君にあるから、研究が終わった後に返却するか、こっちで買い取るかは改めて相談しよう」
「はい。お願いします」
「それと、黒ローブの人についても、こっちで少し探してみる。ここまでの変異種を一撃で倒せる人が、誰にも把握されてないってのも流石に怖いし」
「……悪い人ではありません」
「あはは、分かってるよ。少なくとも君を助けて、金貨一枚しか持っていかなかった人を犯罪者扱いする気はないから安心して」
それでも、ギルドとして正体を把握しておきたいということなのだろう。
それ自体は理解出来る。
けれど、何故か少しだけ複雑な気持ちになった。
あの人が何者なのか知りたいと思っているのは、私も同じなのに。
「それじゃ、今日はこの辺で終わりにしよっか。変異種については、絶対に外で言いふらさないこと。特に配信とか掲示板では駄目だからね」
「分かりました」
「ルミちゃんもね?」
「どうして私だけ名指しなんですの!?」
「前科があるから」
「ぐぬぬ……!」
紫苑院先輩の悔しそうな声を聞きながら、私はもう一度、テーブルの上に置かれている石蜥蜴の外皮へ視線を落とした。
三日前までは、ただ恐ろしい記憶を呼び起こすだけだったもの。
けれど今は、その外皮を見る度に、一瞬で石蜥蜴の首を落とした黒ローブの背中が頭に浮かんでくる。
いつか、もう一度。
今度は助けられるだけではなく、自分の足であの人のいる場所まで辿り着いてみたい。
そんな気持ちが以前よりも強くなっていることに、私はまだ気付いていなかった。




