side 新米祈祷師、新パーティー(仮)とギルドへ行く
他のパーティーメンバーである、紫苑院先輩の付き人を務める無口なメイドさんとの顔合わせを済ませた私達は、その日の放課後、全員で冒険者協会へ向かうことになった。
「では早速、私達と共に冒険者協会へ向かうとしようか。他の細かい誓約書については白鳥の親御さんも交えて少しずつ進めていくとしても、パーティー情報の登録だけはしっかり済ませておかなければならんからな」
「……最近、行方不明者も増えてますしね」
「あぁ。近々スタンピードが起こるという話も出ている。無闇に戦力を減らすのは、ギルドも国も望むところではないのだろう」
冒険者協会へのパーティー情報の登録は強制ではないものの、学生間やトップランカー達の間では、登録しておくのが当たり前になっている。
「本当に酔狂な人達ですわよね。登録しておくだけで遭難した時に手早く救助隊を出してもらえますし、何より依頼も受けやすくなりますのに」
「自分達より下のレベル帯の階層に潜っている人達が面倒がるのは、私は少し分かっちゃいますけどね……」
大抵の場合、申請内容を変更する必要があるのはパーティーメンバーの入れ替えが起きた時くらいなので、固定パーティーを組んでいる人達なら全員登録しておいた方が良いとは私も思う。
けれど、登録を面倒がる人達の言い分も分からなくはない。
迷宮という場所では、どれだけ慎重に探索していても、どうしようもない状況に巻き込まれてあっけなく死んでしまうことがある。『復活』なんて到底利用出来ない一般的な冒険者からすれば、最悪の場合には骨を拾ってもらうためだけになるかもしれない書類へ、わざわざ手間を掛けてサインすることを億劫に感じる人がいても不思議ではない。
しかも、正式にパーティー申請をすると、パーティー内で手に入れた価値の高いドロップアイテムや魔石について、ギルドへ報告する義務も発生する。
元々は、入手した物をチーム内で公平に分配したり、後々の揉め事を防いだりするために作られた制度なのだが、一部の冒険者達は、自分達が何を手に入れたのかをギルド側に把握されることそのものを嫌っていた。
そういう人達の中には、ドロップアイテムをギルドへ持ち込まず、直接仲介業者へ売却する者もいる。そうすれば仲介手数料の分だけ利益は増えるものの、当然ギルド側からの信用は落ち、指名依頼なども回してもらいにくくなる。
完全な違法行為という訳ではないにせよ、ギルドからすれば決して歓迎出来る行為ではないのだ。
「__あっ」
「どうした?」
「い、いえ……そういえば、ギルドに鑑定してもらいたいドロップアイテムがあったことを思い出しまして……」
何気なく口にした私に、功刀先輩達が一斉に視線を向ける。
少し迷ったものの、隠しておく理由もなかったので、三日前に迷宮で自分の身に起こった出来事を、最初から説明することにした。
パーティーに置いていかれたこと。
本来なら低階層に出るはずのない石蜥蜴に追い回されたこと。
逃げ道まで塞がれ、足を折られて、最後には袋小路へ追い詰められたこと。
そして、そこへ現れた黒ローブの人に助けてもらったこと。
話し終える頃には、三人とも信じられないものを見るような顔をしていた。
「しかし、なるほど……白鳥はそれで私達のパーティーに入ってくれたのか」
合点がいったとばかりに頷いた功刀先輩の言葉に、私は慌てて顔を上げる。
「えっと、それだけという訳では……いえ、でも、そう見えちゃいますよね。ごめんなさい……」
上手く弁明出来なかった私は、打算的な思いでこのパーティーへ入ったと思われてしまったような気がして、少しだけ罪悪感を覚えながら視線を落とした。
「白鳥様。功刀様は別に、白鳥様を責めようと思っている訳ではありませんよ」
「え?」
そんな私に声を掛けてくれたのは、それまでほとんど無言で私達の後ろを歩いていたメイドさんだった。
「寧ろ、私達は欲があることを好ましいと考えます。何せ『迷宮探索』とは未知への探求そのもの。欲が無ければ、新たな発見もありません。それに__このパーティーは全員、各々の欲が強いですから」
「……そうなんですか?」
私の言葉に、メイドさんは恭しく頷いた。
「私はただでさえ良いお給金が、更に良くなるのでこのパーティーで活動しているだけですよ」
無表情のまま、すっとピースポーズを決めるメイドさん。
先程の道中でも思ったが、顔と身体と心のテンションが全く一致していないせいで少し頭が混乱することを除けば、意外と明るくて面白い人らしい。
「お嬢様に関して言えば__承認欲求と自己顕示欲の塊です」
「酷い言われ様ですわ!?」
思わず紫苑院先輩へ視線を向けると、本人は少しも怒った様子を見せず、それどころか『否定出来ないですわ!』と元気よく笑っていた。
「でも、私の目的はそれだけではありませんわ! 私は__」
「『トップランカーになる』だったか? ……今の技量では難しいと思うがな」
「むー! 全く、楓は夢が無いですわっ。なるったらなるんです!」
「だったら、さっさと私から一本取って欲しいものだ。……『趣味』とやらにかまけて、訓練をサボってないで、な?」
「__さぁ、さっさと行きますわよ! 時間は有限ですのよ!」
露骨に話を逸らしながら、そそくさと私達から離れていく紫苑院先輩を見て、思わず頬が緩んでしまう。
元々、取っ付きやすい性格で生徒からの人気も高い人ではあったが、こうして実際に近くで話してみると、その理由が更によく分かる。
「全く……すまんな、白鳥。彼奴はいつもあんな感じなんだ」
「いえ、寧ろ皆さんのお陰で心が楽になりました。それに、功刀先輩のそんな顔が見られたのも意外で新鮮でしたし……」
「ははは。私をここまで困らせるのは、ルミくらいのものだからな」
困り眉を浮かべながらも、どこか楽しそうに笑っている功刀先輩を見て、ふと気になった。
「……ところで、先輩にも欲__いえ、やりたいことがあったんですか?」
「……」
何気なく聞いたつもりだったのだが、功刀先輩は僅かに固まり、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
どうやら聞いてはいけないことだったという訳ではなさそうだが、今ここで答えるには少し難しい話らしい。
「またの機会にな」
そう言って困ったように笑った先輩に、それ以上聞くのは野暮だと思い、私も小さく頷いた。
*
冒険者協会。
世界的に見ても数が少ない大型ダンジョンを三つも保有し、国土の広さからは考えられないほど多くの冒険者を抱える国、日本。
今もなお増加傾向にある彼ら彼女らを支援し、その戦力や活動状況を把握するために設立された機関。それこそが冒険者協会である。
巷では『ギルド』と呼ばれて親しまれているこの機関の役目は、主に冒険者達の支援だ。
ダンジョンから持ち帰られた素材を買い取り、内部の情報を収集、販売し、一人一人の冒険者に担当の受付を付けることで、それまで未知だったものを少しずつ既知へと押し上げていく。
今では国からほとんど独立した運営体制を築き、半ば国家とは別の巨大組織として扱われるようになった冒険者協会。
その『本部』とも呼ばれているこの場所は、今日も数え切れないほどの冒険者達で賑わっていた。
「まずは白鳥が持っている件のドロップアイテムからだな」
厄介ごとは先に処理しておくに限る、とばかりに笑った功刀先輩が、広いギルド内を見渡す。
「あれ、居ないですわね……」
「そうだな。まぁ、他の冒険者の対応をしているのかもしれん。そういえば昨日、長年担当していた冒険者が急にグレたとか泣き言を言っていたな……」
「ぐ、グレる?」
最近ではあまり聞き慣れない言葉に、反射的に聞き返してしまった。
「あぁ。何でも三年ほど二階層に居たのに、急に三階層へ降りたらしくてな」
「へぇ……それがグレた、ですか?」
聞いてみると、別に何の問題もないように思える話だった。
二階層と三階層では出現するモンスターの種類こそ違うものの、難易度そのものにそこまで大きな差はない。
それこそ三年間も二階層で経験を積んできた、冒険者歴で言えば中堅に片足を突っ込みかけているような人間なら、無茶や無謀と呼べるような挑戦ではないはずだ。
レベルが低いとはいえ、迷宮は迷宮。
油断がそのまま死に繋がる場所で三年間も生き残り、生計を立てるために魔物を倒し続けてきたのなら、それなりにステータスも上がっているだろうし、もしかすると五階層くらいまで一気に進める可能性だってある。
「アイツにとっては一大事なんだとさ。何せ、その冒険者を弟のように可愛がってるらしいからな」
「その優しさを私達にも少しくらい分けて欲しいものですわ。この前だって、ちょっと画面映えを意識しただけで__」
「__へぇー、まだあの時のこと反省してないんだー。お姉さん、ショックだなー」
「ぴぃっ!?」
紫苑院先輩の口から、怯えたひよこのような声が漏れる。
その声はひとまず聞かなかったことにして、背後から突然聞こえてきた声の主へ振り向くと、そこには長身で赤みがかった髪をした、片目に眼帯を付けた女性が立っていた。
「や、皆々様お揃いだねー。何、みんな揃ってこの可愛い可愛い琴香ちゃんへのデートのお誘いかな? それとも、そこの新顔のかわいこちゃんを私に紹介してくれるのかな?」
「え、ええっと……」
「おっ、困惑してるなー? いいよ、いいよ、私はウブな反応のかわい子ちゃんもタイ__」
下品な笑顔を浮かべながら、じりじりとこちらへ近付いてくる琴香さんにどう対応したものかと思っていると、その後ろへ回り込んでいた功刀先輩が、ゴンッと遠慮なく拳骨を落とした。
「そ、こ、ま、で、だ」
「アイタ」
「折角の有望新人にセクハラされては困りますわ! あと、ウブな反応も彼女の魅力の一つなので、奪われると困りますわ! 主に配信的に!」
一瞬、私を庇うように前へ出てくれた紫苑院先輩へ感謝しかけたものの、後半の言葉を聞いた途端、何とも言えない気持ちになって口元をもにゃりと歪める。
「おー、ということは、その子が待望の新人ちゃん? よくこの時期にヒーラーをゲット出来たね」
「色々あってな。……だが、ひとまずは正式加入ではなく、お試し期間からだ」
「うんうん、それが良いと思うよー。三人に付いていけるヒーラーなんて、そうは居ないだろうし」
「何も、初めからセンバのレベルを求めている訳ではありませんわ」
「おー、やっと分かってくれた? あのレベルで動けるヒーラーが居ると居ないじゃ、雲泥の差でしょ?」
「潜ってみて嫌というほど理解したよ。私達は確かに、ヒーラーの重要性を甘く見ていた」
「学生のうちに分かっただけ、まだ良かったんじゃない? 大人になってからだと、やる気のあるヒーラーなんて本当に見つからないからねー」
「そうなんですか?」
思わず尋ねると、琴香さんは先程までとは違う、少し面倒そうな表情を浮かべる。
「うん。ほら、専業で冒険者やってる人達って横の繋がりが結構大きいからさ。まだヒーラーへの偏見が抜け切ってない、古臭い昔気質の冒険者があちこちに幅利かせてたりするんだよ」
「……トップクランの『星光団』も、昔は悪質な嫌がらせを受けていたと聞きます。自分達とは違うやり方で、自分達より成果を上げているのが気に食わなかったとか」
「私も噂には聞いたことがありますわ」
「私もだ。……だが、最近はきっぱり見なくなったとも聞くが」
功刀先輩の言葉を首を振って否定した琴香さんは、心底うんざりしたような表情を浮かべ、大きく溜息を吐いた。
「それがねー? アイツら、トップランカーが忙しいのを良いことに、新人のヒーラーを篩に掛けたりしてるらしいんだよ」
「篩?」
「そ。言葉巧みにヒーラー職の冒険者へ近付いて、低階層でも少し強いモンスターと無理矢理戦わせて、自分の実力不足を思い知らせる。そして、バッチリ自信を折ったところで、薬草集めだの小間使いだの、荷物持ちとしてこき使うって訳」
「ひ、酷い……」
「ギルドでも対策はしてるんだけど……多分、何人か癒着してる奴が居るのか、表立って問題になってないんだよね。上層部も死亡率が露骨に増えてないから、そこまで本腰を入れて問題解決しようとはしてくれないし」
「唯でさえヒーラーは貴重なのに、これ以上数を減らされたら敵いませんわね」
「そうなんだよねー。アイツらが馬鹿みたいにヒーラーを押し留めてるせいで、上位組と下位組の隔たりが大きくなって、中層に潜る冒険者の数が徐々に減ってきててさぁ。そのせいで中層のモンスターが上の階まで上がってきてる、なんて報告も受けてるし……」
「__!」
最後の言葉に、私はあまりにも心当たりがあり過ぎて目を見開いた。
一瞬、ここで話してしまって良いのかと言い淀んだものの、そんな私の肩を功刀先輩が『大丈夫だ』と言うように軽く叩く。
「あ、あの……その、階層に見合わないモンスターのことなんですけど」
「おっ、もしかして君も心当たりがあったり__」
「は、はい。実は私、三日前に四階層で石蜥蜴に襲われ__」
最後まで言い切るより早く、琴香さんの手が私の口を塞いだ。
先程までの軽薄そうな笑顔は完全に消えており、今日一番と言っていいほど露骨に狼狽している。
(__ま、まさか三日前の掲示板の本人ちゃん!?)
(は、はい、そうです)
(ま、まじかー! 偶然って怖いぃ!)
私の口を押さえたまま何度か深呼吸を繰り返した琴香さんは、どうにか表情を元へ戻すと、周囲に聞こえない程度まで声を落とした。
「__ひとまず別室、行こっか」




