side 新米祈祷師、新たなパーティーに誘われる
「__お茶ですの!」
「ありがとうございます」
生徒会室へ案内された私は、紫苑院先輩から差し出された紅茶を両手で受け取った。
「昼休み中に突然呼び出してしまってすまなかったな、白鳥」
「大丈夫です。お気になさらないでください。むしろ、助けてくださったお二方にお礼も出来ない私の方こそ、謝りたいくらいです。何か頼みたいことがあるのでしたら、遠慮なく仰ってください。私に出来ることであれば、何でも聞き届けます」
そう言って頭を下げると、功刀先輩は少し困ったように笑いながらも、どこか感心したような表情を浮かべていた。
「相変わらず真面目だな。まぁ、私達としてはそこも含めて君を評価しているんだが……ルミ」
「……ええ、分かっていますわ」
そう言った紫苑院先輩が、何故か少しだけ落ち着かない様子でこちらを見る。
何か大切な話があるのだと思い、背筋を伸ばして待っていたのだが、先輩の口から出てきたのは予想とは随分違う質問だった。
「え、えぇと、そのぅ……あの殿方と貴方は、一体どういうご関係で……?」
「え?」
あの殿方と言われて、一瞬誰のことか分からなかった。
けれど、今日の昼休みに一緒にいた男子なんて一人しか居ない。
「八島君のこと、ですか?」
「そ、そうですわ!」
「う、うーん……なんだかウマが合う友達、でしょうか?」
「そ、そうですの……!」
何故か露骨に安心された。
しかも、さっきまで少し強張っていた表情まで明るくなっている。
……何でしょう。ものすごく引っかかります。
「……ルミ、話が違うぞ?」
「あっ! い、いやっ、わ、分かっていますわ! で、でも、少しくらい気になることを聞いても良いではありませんの!」
「時間は有限だ。そして、私達よりも客人である白鳥の時間は貴重だ。この意味が分かるな?」
「わ、分かりましたわよ! 本題に入りますわ!」
功刀先輩に急かされ、紫苑院先輩は咳払いを一つしてから、改めて私の方へ向き直る。
今度こそ何か重要な話なのだろうと考えていた私に対して、紫苑院先輩はにこりと笑った。
「白鳥さん。貴方、私達のパーティーに入ってみる気はありませんの?」
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「わ、私がですか?」
「ええ、貴方ですわ」
「でも、どうして……? 一年生なら、私よりステータスの高い人は他にも居ますし、私のジョブだって『祈祷師』です。前衛職みたいに戦える訳でもありませんし……」
「私達は別に、強いだけの前衛職を探している訳ではないんだ」
功刀先輩がそう言いながら、机へ軽く腰を預ける。
「そもそも、私達のパーティーは普通の攻略パーティーとは少し事情が違う。パーティー構成の問題もあるが、それ以上に如何せんウチには……ルミが居る」
「ちょっと楓? その言い方だと、まるで私が問題児みたいではありませんの?」
「ははは、違うと思っているのか」
「えぇ!」
笑顔の裏に隠しきれない圧力を秘めている功刀先輩と、それを気にする様子もなく胸を張っている紫苑院先輩にハラハラしつつ、私は何となく話の意図を察し始めていた。
紫苑院先輩は生徒会長であると同時に、有名な迷宮配信者でもある。
つまり、彼女達に必要なのは、迷宮攻略が出来るだけの人間ではない。
「……強いだけの人を入れる訳にはいかない、ってことですか?」
「その通りですわ!」
紫苑院先輩が、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。
「確かに、迷宮探索という見える部分だけに焦点を当てれば、貴方よりも強い人間なんて沢山居るかもしれませんわ。でも、想像してみて欲しいのですわ。__先程の生徒を私のパーティーに入れた場合の未来を」
「燃えカスになるだろうな」
「想像したくもないですわっ! ようやく視聴者数も安定してきた上、ランカーとの対談も多数入って来てるんですのよ!? ……あんな見え透いたトラップなんか踏みたくないですの!」
「言い方はともかく、こういうことだ。見栄え的な強さで言えば、三年にも二年にも候補は山ほどいるだろう。だが、実力があるのは当然として、私達は私達が信頼を置ける人間とパーティーを組みたい」
功刀先輩の言葉に納得する。
確かに、私が元々所属していたパーティーは強さこそあれど、他者への配慮やリスペクトは欠けている。
うち二人はまだマシだったのかもしれないが、他のメンバーが私を軽んじる態度を取っていても何も言わずにいた時点で、彼らも同罪だ。
「元々、君は候補の一人だったんだ」
「私が……?」
「ああ。ただ、君には既に入っていたパーティーがあっただろう? しかも将来の生徒会入り候補として名前が挙がる程度には有望なパーティーだった。流石にそこから無理に引き抜くようなことは出来なかったからな」
「……そうだったんですね」
「ですが、今は事情が変わりましたわ」
紫苑院先輩はそう言ったあと、少しだけ言いにくそうに視線を逸らす。
「実は私達のパーティー、今ちょうどヒーラーが足りていませんの」
「あれ? 確か、前までは外部の白魔道士の方が居ましたよね?」
「ああ。センバという、ルミの家の執事長だ」
以前、配信で見たことがある。
年配の男性で、派手さはないものの、戦闘中もほとんど乱れることなく全員を支援していた人だ。何気に私も、及ばないながらお手本にさせてもらっている人の一人だった。
「執事長は元々最前線で戦っていた人間だからな。ステータスだけを見れば突出して高い訳ではないが、立ち回りに関しては私達より遥かに上だった」
「何も、初めからセンバと同じことを求めている訳ではありませんわ」
紫苑院先輩が、少し慌てるように付け加える。
「それに、私達も執事長が抜けて初めて、自分達がどれだけヒーラーに助けられていたのか分かりましたもの」
「十五階層で苦戦したのは流石に堪えたな。何度も踏破している階層だったというのに」
「低階層故に、どうにか視聴者には誤魔化せましたけれど……このままでは、その内バレますわ」
私は手元の紅茶を見つめる。
ヒーラー。
その役割について、私は昔から何度も考えてきた。
別に自分のジョブが嫌いな訳ではない。
誰かを助けられる力だし、傷付いた人を治せることに誇りもある。
それでも、世間からの評価が決して高くないことも知っていた。私達の活躍は目に見えにくく、上手く立ち回れば立ち回るほど、何も起きなかったように戦闘が終わってしまう。
スポンサーが付くような上位パーティーなら高級な回復薬を大量に用意することも出来るため、わざわざ一枠をヒーラーに使う必要はないと言う人達もいる。
それでも、必要ないと言われる度に腹が立った。
だったら私が必要だと思わせてやると、ずっとそう思ってきた筈だった。
「……白鳥。君はもしかして、回復職否定派かい?」
「えっ?」
功刀先輩にそう聞かれ、慌てて首を横に振る。
「いえ、違います。自分のジョブは好きです。ただ……私なんかが皆さんに付いていけるのかな、と」
口にしてから、少しだけ自分で嫌になった。
また『私なんか』と言っている。
三日前までは、こんな言い方はしなかった筈なのに、迷宮で死にかけて、自分が積み上げてきたものまで全部否定されたような気分になってから、どうしても以前のように自信を持つことが出来なくなっていた。
「そこは心配しなくていい」
功刀先輩は迷いなく答えた。
「最初から同じ速度で動けとは言わないし、君の役割は私達と同じように前へ出て戦うことでもない。必要なのは、君が今まで通り食らいついてきてくれるか、だ」
「今まで通り……?」
「えぇ! そうですわ!」
私にガッと近寄り、その手を両手で包み込んでくる紫苑院先輩。
その瞳は、まるで大切な宝物でも見つけたかのようにキラキラと輝いている。
「私、貴方の戦闘訓練の記録も、『探索報告書』も全部全部読ませていただきましたの!」
「__え?」
この学校では、戦闘訓練の記録や『探索報告書』と呼ばれる迷宮の攻略状況を報告する為の書類を、学校側に提出する義務がある。
まぁ、義務とは名ばかりで、ほとんどの人は真面目に書いてはいないし、教師陣もまた、一部上位生徒の書類しか目を通さない。
それらはこの学園に所属する全ての生徒が閲覧出来るのだが__。
「あ、アレを見たんですか!?」
「えぇ! 計、八百ページ、しかと読ませてもらいましたわ!」
嬉しそうにそう言った彼女とは裏腹に、私の顔は燃え尽きてしまいそうなほど熱かった。
何せ、私の『探索報告書』は__!
「しかし、これを読んだ時は私も驚いたよ、白鳥。……君は大人しそうな見た目をして、意外と苛烈な戦術家だったんだな」
「く、功刀先輩っ!?」
私は功刀先輩が感心した様子で眺めている、見覚えのある図形が書かれた紙を慌てて奪い取ると、ギュッと胸元へ隠した。
「おいおい、そんなに恥ずかしがることも無いだろう?」
「恥ずかしいですよ! だって、私は___『祈祷師』なんですよ!?」
思わず大きな声でそう言った私は、先輩になんて口の利き方をしているのかと、すぐにハッとする。
そして、慌てて抱き寄せたせいで、くしゃくしゃになってしまった『探索報告書』へ視線を落とした。
そこには、毎日探索を終える度に、その日の反省点や改善すべき点を書き連ねた私の字があり、戦闘時に『回復役』だからこそ見えた、味方にこう動いて欲しかったという愚痴にも似た図や文章がびっしりと書き込まれている。
誰かに褒められたかった訳ではない。
同じ失敗をしたくなくて、次はもっと上手く支援したくて、前衛が怪我をするより先に危険へ気付けるようになりたくて、毎日書き続けた。
八百ページ。
自分でも正確な数なんて覚えていなかったものを、この人達は読んでくれていた。
そう思った瞬間、胸の奥でずっと押し込めていた何かが揺れた。
「___本音を言うなら、私だって、本当はヒーラーなんて嫌でしたよ!」
「……白鳥」
自分でも、どうしてそんな言葉が出てきたのか分からなかった。
目の前の二人は何も悪くない。それなのに、誰にも見てもらえていないと思っていたものを見てもらえたことが嬉しくて、だからこそ今まで押し殺してきた感情まで一緒に溢れ出してしまった。
「……強くなる為にこの学校に入ったのに、私がパーティーに入れてもらえる理由は、金欠な彼等の『回復薬』の節約になるからですよ!? ……その癖して報酬は等分だし、私はヒーラーだから、それに文句も言えませんでした……!」
戦えないから黙っていろ。
回復だけしていればいい。
報酬が等分なんだから、むしろ有難いと思え。
ヒーラーなんて替えはいくらでもいる。
今まで言われてきた言葉が、次々と思い出される。
全部、笑って流してきた。
怒ったところで面倒な奴だと思われるだけなら、自分がもっと上手くなれば良い。ジョブを理由に逃げるくらいなら、誰よりも使えるヒーラーになってやる。
そうやって頑張って、頑張って、頑張って……それでも最後には、仲間に置いていかれて死にかけた。
三日前、自分を追ってきた魔物の足音が今でも耳の奥に残っている。
最後まで何とか出来ないか考えて、それでもどうにもならなくて、頭を過ったのは『私が弱かったからだ』という言葉だった。
「お願いですから、こんな落書き無駄だったって言ってください! 誘ってくれた理由だって、こんなくだらない紙じゃなくって、偶然欠員が出たから仕方なく、別に私じゃなくたって良いって___」
本当は、そんなことを言って欲しい訳ではなかった。
無駄じゃなかったと言って欲しい。
私で良かったのだと言って欲しい。
けれど、そう言われてしまえば、もう一度期待してしまう。また頑張れば何か変わるのではないかと思ってしまう。
それが怖いから、自分から否定してしまった方が楽だった。
「それは違いますわ」
そんな私に、紫苑院先輩は凛とした声で言った。
「……白鳥さん。貴方は自分の努力を無駄なものだと、そう仰いましたわね」
「はい……だって____!?」
そう言い切った瞬間、私の頬に鋭い痛みが走った。
「____バッカモーンッ! ですわっ!!!」
自分の頬を紫苑院先輩に叩かれたのだと理解するよりも前に、私の先程の声よりも大きな説教の声が生徒会室に響く。
「……な、何を」
困惑する私の両頬をがっちりと掴んだ彼女が__瞳を潤ませた彼女が、真剣な声音で話し始める。
「……確かに、貴方の努力は貴方のパーティーメンバーから認められなかったかもしれませんわ……! でも、それでも___続けたんじゃありませんの!?」
「___!」
「他の誰に『無駄なこと』『やっても意味が無いこと』なんて嘲笑されても、貴方だけは自分の行動の正しさを信じていた筈ですわ! ソレを、自らの言葉で否定することなんて____貴方の努力に感銘を受けて、『貴方が欲しい』と思った私が許しませんわ!」
__感銘を受けた。
今、彼女はそう言った。
たかが二年間、ヒーラーとして足掻き続けただけの私を、歴代最強と呼ばれるほどに強く、未来のランカーとして期待されている彼女が。
すぐには信じられなかった。
けれど、目の前の紫苑院先輩は冗談を言っているようには見えない。それどころか、どうして本人である私よりも悔しそうなのかと思うほど、その瞳を潤ませている。
「ご、ごめんなさい」
どうして謝ったのか、自分でもよく分からなかった。
ただ、少なくとも今はもう、さっきと同じように『全部無駄だった』とは口に出来そうになかった。
八百ページもある報告書を全部読んで、その努力を否定するなと言ってくれた人がいる。
それだけで三日前までの傷が消える訳ではないけれど、ほんの少しだけ、自分がしてきたことを信じ直しても良いような気がした。
「………分かればいいですわ!」
フンッと頬を膨らませながら手を離した彼女は、目元をゴシゴシと拭った後、椅子に座り直す。
私も少しだけ俯いて乱れていた呼吸を整えたが、感情のままにあんなことまで口走ってしまった恥ずかしさで、今すぐ机の下にでも隠れたい。
そんな私達を見て「やれやれ」と苦笑いをした功刀先輩が、再び口を開いた。
「見ての通りだ、白鳥。ウチのリーダーは他でもない、君だからこそ欲しがった。辛い環境の中でも己を磨き、他者と向き合い、迷宮に誰よりも真剣に向き合って___しかも、配信映りも良いときた。こんな優良物件、他にはないぞ?」
「……なんですか、それ」
思わず、小さく笑ってしまった。
「えぇ、白鳥さんは真面目で少しウブで、見た目も可愛い。何より、私達と全然キャラが被っていませんわ!」
「キャ、キャラ……?」
「____ほらっ! ここがいいんですわ!」
さっきまで私の両頬を掴んで本気で怒っていた人とは思えない勢いで、紫苑院先輩がホワイトボードへ何やら書き始める。
「では、まず初めにキャラとは____」
「あぁ、この説明は無視していいぞ。因みに、ルミはこう見えて人を見る目だけはあるからな」
「“だけ”とは何ですの!? 私には他にもたくさん良いところがありますわ! というか、説明ちゃんと聞いて欲しいですの!?」
「抜けているところばかりだし、欠点ばかりのリーダーだが、そこだけは我々も信頼を置いている」
「楓ぇ!?」
再び始まった二人のやり取りを見ながら、私はもう一度小さく笑った。
この人達なら。
ふと、そんな考えが頭に浮かんだ。
私が何かを考えても笑わないのかもしれない。回復役の癖に余計なことをするな、と一言で切り捨てたりもしないのかもしれない。
もちろん、失敗すれば怒られるだろうし、足を引っ張れば叱られるだろう。それでも、私が何を考えて、どうしたいと思っているのかくらいは見てくれるような気がした。
「でも……私、配信に出たことありませんよ?」
「そこも心配いりませんわ。最初は顔も名前も出す必要はありませんわ!」
「……そうなのですか?」
「ああ。君もあんなことがあった後だ。暫くは試用期間という感じで、その間は正体を隠したまま参加してもらう予定だ」
功刀先輩が説明を引き継ぐ。
「黒いローブでも被って、素性の分からない新メンバーとして配信に出ればいい。もし君が私達と合わないと思えば、その時点で抜けてもらって構わないし、こちらが難しいと判断した場合もそこで終わりだ。正式加入するかどうかは、その後で決めればいい」
それなら、失敗した時に学校で変に注目される心配もないし、私自身もこの人達についていけるかどうかを確かめることが出来る。
条件だけを考えるのなら、かなり魅力的な話だった。
「一瞬だけ、考えてもいいですか?」
「もちろんですわ」
そう言われ、私は手元の紅茶へ視線を落とした。
不安はある。
この二人と一緒に迷宮へ潜れば、自分との実力差を嫌というほど思い知らされるだろうし、今まで以上に失敗するかもしれない。
それでも、さっきまでとは違って、怖さだけではなかった。
この人達となら、自分が回復役だからこそ見えていたものを、本当に戦術として役立てられるかもしれない。
そして、もっと強くなれたなら__いつかもう一度、あの黒ローブの人にも会えるかもしれない。
今度は助けてもらっただけの私ではなく、少しくらい胸を張れる自分になって、ちゃんとお礼を言いたい。
それなら、ここで手を伸ばさなかった方が、きっと後悔する。
「……分かりました」
私は顔を上げる。
紫苑院先輩と功刀先輩は、何も急かすことなくこちらを見ていた。
「お試しで良ければ……こちらこそ、よろしくお願いします」
「__ほんとですの!? やりましたわー!!! これからよろしくですわ!」
紫苑院先輩が嬉しそうに両手を上げる。
その勢いに少し驚きながらも、私も自然と笑っていた。
「えぇ。こちらこそ、よろしくお願いします」
三日前の怖さも、自信を無くした気持ちも、きっと簡単には消えてくれない。
それでも、自分の努力を見てくれた人達となら、もう一度頑張ってみてもいいと思えた。
強くなって、もう一度あの人に会う。
その時には、助けられるだけだったあの日の私ではなく、自分の足でそこまで辿り着いたのだと、胸を張って言えるようになりたい。
手を伸ばすことをやめかけてしまった『夢』に向かって、今度こそ自分の足で歩いていくのだ。




