episode 9 生徒会
「ぐっ……!」
高校の教室内で、俺は机に突っ伏しながら悶えるしかなかった。
幸いにも、今の呻き声は周囲の生徒には聞こえなかったらしい。誰も気にした様子を見せることなく、普段通りの休み時間を過ごしている。
黒ローブ姿で突然現れては人を助け、僅かな賃金だけ受け取って消える正体不明の怪人。
昨日、白鳥さんを助けた後に少しだけ攻略を進めようと思った俺は、別の階層でも異常な魔物に襲われていたパーティーを見つけてしまい、結局そいつらまで助けることになった。
その結果、掲示板に動画まで上げられ、僅か三日で都市伝説のような扱いになった挙げ句__。
『カロン』
なんて名前まで付けられていた。
決定しました___じゃねーよ!!!
誰だよカロンって!
俺はただ正体を隠したかっただけなのに、何で勝手に厨二病全開の渾名まで付けられる羽目になったんだ!?
いや、黒ローブに機械面とかいう格好だけ見れば、それっぽいと言われればそう言う中二病野郎に見えるかもしれないけど!
今すぐ運動場へ飛び出して『ぎょぴぇぇぁぁ! 殺してぇぇぁ!!!』と叫びたい気持ちはあるが、そんなことをすれば即座に停学コースなので、我慢するしかない。
そんな感じで午前中から二時間ほど、今も尚議論が続いている掲示板を眺め続け、継続的な精神ダメージを受けたまま昼休みを迎えた。
「……ジュースでも買いに行こう……そうしよう」
昼食を食べる場所へ移動するついでに、一階の自販機スペースへ向かった。
「……だから、私は貴方達と話すことなんてありません」
そして、聞き覚えのある声に足を止める。
見ると、白鳥さんが自販機の前で数人の生徒に囲まれていた。
先日、彼女を置いて逃げたパーティーメンバー達だろうか?
「俺達だって、あんなことしたくてしたわけじゃないんだよ。あの時は、そうしなきゃ全員が__」
「……別にもう恨んでもいません。だから、もう私に構わないでください」
「__は? 恨むとか何様?」
明るい髪色をした女子生徒が、苛立ったように口を挟む。
「置いていかれたのはアンタの足が遅いからじゃん。こっちは前衛でずっと頑張ってたのに、白鳥だけ足引っ張ってたでしょ?」
「……なら尚のこと、もう私に構わないでください」
「俺は別に、軟弱で役立たずな回復役なんざ抜けても構わねぇ。だがリーダーともう一人のアタッカーが反対してんだ。きちんと話付けてから抜けろ。常識だろ」
大柄な短髪の男が、白鳥さんの腕を掴む。
回復役を置いて逃げ出した奴らが、何を言ってるんだろう。
異世界では、回復役を守りきれないメンバーの方が役立たず扱いされるし、ましてや見捨てようものなら、まともなパーティーなど二度と組めなくなるのが常識だった。
まぁ、学生だし、ぬくぬく迷宮攻略してきたのなら仕方ない……のか?
正直、彼らの言い分は聞いているだけでも腹が立ってくるが、それ以前に自販機の前を塞がれていて飲み物が買えない。
「ねぇ、そろそろ自販機使ってもいい?」
「……え?」
全員が一斉に俺を見たので、そのまま集団の横を通り抜け、自販機へ小銭を入れる。
買うのは勿論ブラックコーヒーと、もう一本。
「__委員長、カフェオレでいい?」
「……え? __はい!?」
「おっけー。じゃあ早く屋上行こうよ。急がないと昼飯の時間なくなっちゃうし」
取り出したカフェオレを白鳥さんの空いている方の手へ持たせ、そのまま彼女の腕を掴んでいる男を見る。
「__ってな訳で、その手離して貰える? これから俺と委員長は、屋上で優雅にランチタイムを楽しむ予定なんだ」
「……誰、アンタ」
さっきの女子が睨んでくる。
「ただのクラスメイトだよ。と言うか、君達こそ誰? 僕の大切な友達に絡まないでくれる?」
「これは私達の問題なんだけど」
「えっ、嘘でしょ? 結論が出てることに対して、ずっと駄々こねてるだけに見えたけど……もしかして、見た目によらず実年齢が幼いの?」
「……は?」
少し考えてから、わざとらしく声色を変える。
「だってそうでしょ? ___『僕らはヒーラー見捨てたけどまだ生きてたから、もう一度パーティー組んでください。___うわーん、断るなんて酷いよ〜』……って感じ?」
「テメェ……!」
額に血管を浮かばせた大柄な男が、拳を握って一歩踏み出してきたので、俺は天井を指差す。
「__防犯カメラ」
「……あ?」
「俺を殴ったら、暫く迷宮潜れなくなると思うけど良いのかな?」
「アンタが挑発したんでしょ!」
「あのさぁ、教師がカメラの映像を見た時、どっち信じると思う? 嫌がってる女子一人を集団で囲んでる人達と、自販機でジュース買いに来ただけの俺」
「……っ」
「しかもぉ? パーティーメンバーを見捨てた四人組と、実際に見捨てられた生徒……どっちを信じるかなんて分かりきってるよね?」
「__八島君、もういいですから」
白鳥さんが小声で俺を止める。
委員長はいつも他人に優しい。
三日前に自分を囮にして逃げた相手なのに、その事実を学校中へ言いふらすようなこともしないし、もし公になった時に相手がどうなるのかまで考えてしまっているのだろう。
……あの掲示板の事はさておき。
「……俺達はただ話し合いたいだけだ」
リーダーらしき男が言う。
「白鳥が抜けるって言うなら、その理由をちゃんと__」
「理由はもう言ってるじゃん」
「……俺は納得出来ない」
「馬鹿なの? 君が納得するかどうかなんて関係ないの。と言うか、委員長のお陰で後ろ指差されないで学校生活を送れてるんだし、むしろ感謝するべきじゃない?」
「流石、後ろ指を差されてる人間は詳しいわね」
このやり取りを後ろで静観していた、もう一人の気の強そうな女子生徒が、俺を見ながら鼻で笑った。
「おっ、何? 俺のこと知ってるの? 有名人って辛いなー」
「そういや、お前……探索嫌いのチキン__」
「やだなぁ。そんなモテなさそうな呼び名、やめてよ。ちょっと中二臭いけど、どうせならもう一つの“架空論者”の方で呼んで__」
「もういい」
リーダーが女を止める。
「俺達はただ、もう一度ちゃんと白鳥と話したいだけだ」
……ここまで言っても分からないとか、頭大丈夫なのだろうか?
仕方ない。ここは無理矢理にでも突破しよう。
そう思った、その時だった。
「___『そこまで』ですわ! とぅ!」
突然、上の方から声が降ってきた。
反射的に見上げると__眩いばかりの金髪が、こちらへ向かって降ってきているのが見えた。
窓から飛び出したとは思えないほど軽やかな身のこなしに感心しつつ、その動きから目を離さない。
俺は……いや、この学校に所属する生徒なら、ほとんどの人間が彼女の名前を知っている。
眩いばかりの金髪に、美しい紫紺の瞳。
彼女を構築する要素はどれも特徴的で、初対面の相手にも強烈な印象を与える。
「私は生徒会長兼『有名配信者』兼『未来のトップランカー』の____『紫苑院 ルミ』ですわぁっ! オーホッホッホッ__!」
この学校において、生徒会長は『学園最強』と呼ばれる者だけが手に入れることの出来る称号でもある。
だが、彼女が有名な理由は、今しがた本人が語った通り、それだけではない。
「『迷宮お茶会チャンネル』だ___!」
「___そうそう、私、迷宮でお茶をこう、ズズいっと楽し……って、違いますわー! 私のチャンネル名は『紫苑院 ルミの華麗なる冒険者トップランカーへの道!〜お紅茶とお茶菓子を添えて〜』ですわっ!?」
(((長いっ!)))
多分、初めてその場にいた全員の心が一つになった。
「……あっ、いつも作業中に聞いてます」
「これはこれはご丁寧に、どうもありがとうございますわ! ……ですがそれなら、正式名称で覚えてくださいまし!」
無茶言わないで欲しい。
あんな長い名前を口で呼ぶのは疲れてしまう。一息で言えないチャンネル名は、流石に長すぎる。
彼女は紫苑院ルミ。
この学校の生徒会長であり、有名な迷宮配信者でもある。
家の執事やメイド、生徒会役員まで含めたパーティーで迷宮を攻略しており、若い冒険者を中心にかなり人気が高い。
俺もスライムの世話をしながら、よく配信を音だけ流している。
「……何で生徒会長が」
「上の階まで聞こえる声で揉めていれば、生徒会長たる私が止めに来るのは当然ではなくって?」
「揉めてなんか__」
「誰に聞いても、さっきのは十分揉め事の範疇ですわ。話し合いを望む相手ならいざ知らず、『抜ける』と言う意志を伝えた相手を意地汚く引き止める行為など__恥と思いなさい!」
「全く、その通りだな。そもそも個人の意志を無視して脱退の意志をねじ曲げようとするなど、明確な校則違反だ」
今度は階段の方から、長い黒髪を後ろで一つに束ねた、背の高い女子生徒が現れた。
「……功刀先輩」
「やぁ、白鳥。大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます」
「ふっ、やれやれ……やっと来ましたの」
「____なーにが『やっと来ましたの』だっ!!! 生徒会長が規則を無視するんじゃない!!!」
「いだだだだっ!? か、楓! 縦ロールを引っ張るのはおやめなさい!」
さっきまで格好良く登場していた紫苑院先輩の髪を、功刀先輩が思い切り引っ張る。
「四階から飛び降りるな! 生徒会長が率先して校則破ってどうする!」
「そ、そんな校則は無いですわ!? 廊下は走ってはいけませんが、生徒手帳には四階から飛び降りるべからずとは書いてませんわー!」
「当たり前だ! 常識だ、馬鹿者!」
どうやら、かなり仲が良いらしい。
功刀先輩は、こちらまで振動が伝わってきそうなほどのゲンコツを紫苑院先輩へ落とした後、ようやく彼女を解放すると、白鳥さんの元パーティーの面々へ視線を向けた。
「今日はもう解散しろ。次に白鳥の意志を無視して付きまとうようなら、学校へ正式に報告する。__私は二度は言わんぞ」
その一言で、全員が黙った。
しばらくして、リーダーと明るい髪の女子が俺を一度だけ見る。
何か言いたそうではあったが、結局そのまま全員で立ち去っていった。
「……助かりました」
「気にするな。生徒会の仕事だ」
白鳥さんにそう言った功刀先輩が、今度は俺を見る。
「それと、君もありがとう。名前は?」
「八島研斗です」
「八島……ああ、君か」
「俺のこと知ってるんです?」
「君の祖父が残した論文を読んだことがある。一度、君とも話してみたかったんだ。機会があれば、迷宮で飼っているスライムも見せてくれないか?」
「えぇ、それはもう二人っきりで良けれ___委員長、痛い」
頭にカフェオレの缶が当たった。
しかも角だったので普通に痛い。やめてください。
「ふふっ。聞いていた通り、面白い奴だな」
「誰から聞いたんですか」
「なに、君の噂は多いから、誰に、という話でもない」
「……ははーん、さては絶対ろくな話じゃないですね」
「探索嫌いの臆病者だとか、腰抜けだとかな」
「ほら!」
「……だが、少なくともその噂は間違いだったな。何せ、一年生の中で最もステータスが高い相手に、あそこまで強気な君が腰抜けな訳がない。むしろ学校一の蛮勇者と名乗ってもいいくらいだよ」
「蛮勇って……褒めてます?」
「もちろんだとも」
絶対褒めてない。
話によると、さっきのリーダー格のイケメン率いるあのメンバーは、一年の中でもかなり有望な冒険者らしく、パーティーそのものが将来の生徒会になると言われる程度には期待されていたらしい。
「ところで、八島君。少しの間、白鳥を借りてもいいか?」
「……何で俺に聞くんですか」
「うん? 屋上で二人きりの優雅なランチを楽しむ予定だったんだろう?」
「く、功刀先輩!」
「アレは方便ですよ。俺は基本的にいつも一人で食ってますし」
白鳥さんがたまに一緒に食べてくれることはあるが、普段はパーティーの作戦会議やらで忙しかったので、基本的には一人だ。
そんな話をしている途中、さっきから妙に静かな紫苑院先輩へ視線を向けると、何故か身体を小刻みに震わせていた。
「……あの、大丈夫ですか? 手、震えてますけど」
「___だっ!? だだだだ、大丈夫ですわ!?」
近付いただけで、物凄い勢いで後退された。
「で、では皆様! ごきげんようですわー!」
そのまま逃げるように走り去っていく。
「……何だったんだ?」
「……いつにも増して変な奴だな。仕方ない、追いかけるか。すまん、白鳥。一旦付いてきてもらえるか?」
「は、はい!」
功刀先輩が首を傾げながらその後を追おうとしたところで、白鳥さんが俺を見る。
「……助けてもらったお礼も出来ずにごめんなさい。八島君が時間ある時に、また今度お礼をさせて下さい」
「いいよいいよ、気にしなくて。結局は生徒会長さんが助けてくれたようなもんだし」
「ふふっ、『それでも』ですよ。それじゃあ、また後で」
「うん、じゃあね。今度は絡まれちゃ駄目だよ?」
白鳥さんは小さく笑って、そのまま功刀先輩の後を追っていった。
一人残され、手元のブラックコーヒーの蓋を開けた俺は、昼休み終了までほとんど時間が残っていないことに気付いたのだった。




