第49話:混沌
人間が、なんだ。
なんなのだ。
我は神。
原初の一つ。
秩序より依然にありしもの。
我を理解しない愚かな愚息どもがこの命を絶とうとも、神であることも、我が絶対なるものであることも変わらない。
見ろ。
見てみろ。
人間を。
人間どもを。
秩序などない。
人間どもは積極的に混沌を求めている。秩序ではない。
それを望んだものたちによって呼び出され、依代たるものを使い顕現した我を否定するなどできぬ。
させるわけにはいかぬ。
だが、あの人間は何か違う。他の人間どもと何かが決定的に違う。
今の手足では、この肉体では殺せない。
死の国の王を名乗る愚かなものだけならば問題ない。
いくら斬ろうとも我を殺すに能わず。
しかし……、あいつは何かをする。
何かをする前に殺さねばならぬ。障りになる。これより先の我が混沌の世を作る上で。
殺すにはどうすればいい。
この腕では殺しきれない。避けられる。
あれは速度ではない。
闇を渡っている。だが、渡るには何か条件が必要なのだろう。移動はあくまで我の肉体が作る影に終始している。
ならば、どうする。
影だ。我が影を作らねばよい。
ではどうする。
簡単なこと。
消してしまえばいいのだ。
人間。
人間の中から生まれた怪物め。
神を殺すなどという愚行、させるものか。
混沌が、混沌に殺されるものかよ。
✘✘✘
直衛が行動を決めると同時にカオスもまた行動を決定した。
先に動いたのはカオスだった。
自らの肉体にあるスクラップを、天使もどきのように体から飛び立たせる。それらはまるで空に浮く喇叭の如きもの。
それらは先端に強烈な光を持っていてそこかしこを照らし始めた。
それだけではない。
『熱だ。熱を溜めているぞ』
「ビームでも放つつもりか?
だったら、比べ合いだ。行くぞ、グウィンッ」
直衛が無手のままに剣を持っているかのように構える。
それに操られるようにしてグウィンも構えを取らされた。いやな気持ちはしない。完全な同調がそこにあった。
カオスが叫ぶ。
「赤色奔騰ッッ!!」
自らの力に名を与える。名は実を持ち、実は在を与え、在は理となり、理はこの世界に影響を与える。
もたらされたのはあらゆるものを破壊する圧倒的な熱だった。炎が光に昇華されたものが光条となって直衛へと向かう。
「天墜ッッ!!」
プロミネンスと完全に同時に放たれるのは直衛が振り下ろした無手と見えざる剣の一撃。
空間が歪曲し、あらゆる光を飲み込んでいく。
あらゆる全ての可能性を否定する、死の一撃。冥府の王たるグウィンの、全身全霊に、直衛の全力全開が重なった。
全てを照らし、焼き潰していく赤。
全てを散らし、塗り潰していく黒。
二つが衝突した。
光が幾重にも発生し、その全てが黒に浸食されて消えていった。
やがて黒が結人の亡骸へと当たり、そこで巨大な歪みが巻き起こる。
全てをその内側へと追いやり、消し去る葬送たる衝撃だった。
「じゃあな……、結人」
亡骸に別れを告げる。
それが表情を動かすことはない。だが、吸われていく中で見えた結人の顔が満足げに微笑んだようにも見えた。それでも少しだけ直衛は救われた気がした。許された気がしていた。いや、とうに結人は彼を許している。頼みにしていた。だからこそ、自らの亡骸とともにカオスを葬ろうと一撃を放ったことを魂が喜んでいた。微笑みに見えたものが錯覚だとしても、その思惟は明確に直衛へと伝わっていた。
一方のカオスは依代の盾とそこに隠していたカオスそのものの心魂を崩されたことでもがき苦しんでいた。
痛覚がある存在ではない。生物ではないからだ。
だが、魂そのものを引き裂かれるのは肉の器では絶対に受けることのない至上にして最悪の痛みを生む。
「がああああああああッ!!!!」
痛みがカオスの持つ常軌の全てを失わせる。
それだけではない。
「人間如きがああああああッッ」
神。
明確に人間の上に存在するもの。存在せねばならぬもの。そうした自覚と自認こそがカオスにはあった。
それが、人間如きに弑逆されたのだ。
名誉と誇りの粉砕が心魂を引き裂かれる痛みを何倍にも高める。
「許さぬ、許さぬ許さぬ許さぬ!!」
「お前だけは」
「絶対に」
「殺すッッ」
もはや肉体はそこには存在しない。
だが、そこかしこに漂うカオスの散逸した意識の全てが、最後の力を振り絞る。
スクラップが動き出す。先ほどプロミネンスを発したものよりも遙かにチープな作りになっているが、それでもそれらは浮かび上がり、光を一瞬で溜める。
大仰な形は要らない。神の威光を知らせるための形状である必要もない。ただ機能だけがあればいい。
あの男を。
直衛を殺せるだけの機能があれば、それでいい。
殺意の光が収束していく。
直衛は迎撃しようとするも、膝を突いた。
気力も体力も精神力も使い果たしていた。
光が放たれた。
✘✘✘
終わりか。
そう覚悟はした。
激しい光の衝突とそれによる音。
甲高い爆音が直衛、その側で発した。
だが、その光が直衛を殺すことはなかった。
「直衛ーっ!!」
「直衛さんっ!!」
二人の少女だった。
直衛を守ったのはアンナの盾とシーサーの肉体だった。
「立って、直衛!
おねがい。終わらせて!」
「終わらせましょう、この夜を!
あなただから、できることなんですよね?」
トーコの願いが。
詩織の期待が。
気力も体力も完全に払底しているはずの直衛に無限大の力を与えていく。
「ああ。そうだよな」
結人とも約束した。
ここで膝を突いてなどいられない。
「AAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHH」
カオスの神意は既に人間の世界にあることを辞めて、
言語も意志も、その全てを振り絞った最後の一撃に込める。
もはや発射する装置も必要ない。神の魂を燃やして生み出された炎が矢の如くにして放たれる。
「こいつで終わりだッ!! カオスッッッ!!!」
直衛が再び無手で剣を振り下ろす。
再び、全てを終局させる一撃が放たれた。
神の魂を焚べて放たれた炎は、直衛の一撃と衝突して、爆発した。
カオスの無念が三人を焼き殺すことはなかった。
空に伸びていた光がゆっくりと解けていき、粒子へと変わり、散逸していく。
それらはまるで全てを覆い尽くす雪のようにも見えた。




