第48話:死の徴
「去ね、肉塊」
そう言い放ったとき。
ざららとワイヤーが光となって消える。
「なにっ」
心臓を貫いていたはずのワイヤーが、締め潰したはずのそれが胎動していた。傷口はすっかりと塞がっている。結人のもたらした奇跡か足掻きか。あるいは強烈な執念が神の持つ強力な力を利用して心臓を作り直してしまった。
何に奇蹟を祈り、何がそれを聞き届けたのかと、カオスが周辺を見渡し、自分以外の神の恣意があるかと探ろうとする。
「ねえよ。なにも。お前以外の神様のご意志でも、不思議な手品でもなんでもない」
直衛の手には遊園地のチケットが握られていた。
それがあの部屋やワイヤーと同じように光の粒子に変わり、すぐさま形を作り直した。
それは紙片だった。
直衛はそっとそれを自らの胸に仕舞い込むようにすると、物理的な壁がないかのように体へと入り、消える。
刹那。爆発的な力が吹き出す。
カオスは即座に判断した。目の前にいるのは先ほど自分が殺したものとは性質の違う何かだと。
周囲に存在する、片良瀬たちに集めさせた供物を呼び寄せ、腕以外を構築していく。胴を、脚を、外装を。その鎧を操るようにしてワイヤーいくつも結人の亡骸に入り込み、カオスの意識を依代から外装へと移す。肉の柔い体では自分を守れるわけがない。そう判断した。それでも結人の肉体を捨てきれなかったのはそれだけ結人の肉体の有用さを直感的に理解していたからか。未練がましく捨てない亡骸はまるで、半端に磔刑にされたようにして外装の胸元に組み込まれる。あるいは肉の盾として機能するかもしれないと判断したのか。
『我が魂の片割れよ。
叫び、望み、願う我が半身の輩よ──』
声。
そして直衛の側に現れたる、一つの幻影。
『汝らが願いによって我は顕現する。
我が名はグウィン。死の徴に定められしもの』
本来、結人という主人公が物語の終盤にその身に下ろす夜と死の王の姿がそこにあった。
✘✘✘
莫大な力が流れ込む。
同時に、何かが大いに削れている感覚があった。
体力、精神力、あるいはほかの何かも。
『我は静間 結人そのものの魂。汝との波長は合わぬ故』
「強引に動くためにオレから何かしら持って行っているってことか」
『然り』
「申し訳なさそうにしないでくれよ。力を貸してくれるんだ、その無茶には無茶で、無謀には無謀で応えるさ」
自らの幻影として操る。
どのようにして動くべきか。どのようにして命じるべきか。
その全てが手に取るようにわかる。
カオスが叫び上げながら巨大質量の拳を地面に叩きつける。
正確には直衛を狙った一撃だったが、その姿は既にそこには存在しない。高速、いやさ、神速か。
それですらない。
「どこにッ」
行ったかと言葉を続けるよりも先に逆側の腕が切り落とされた。
いるはずもない場所に直衛とグウィンが立っていた。
武人たちを束ねる王の如き姿をしたグウィン。その手には夜の闇を形にしたような剣が握られている。
「片腕如きをォ」
カオスが再び攻撃をせんと腕を使うために構えようとする。
再び消えた。
高速ではなかった。
グウィンは夜と闇、冥府の王。それが往く道はやはり日の当たる場所ではない。夜を、闇を、死を、それを感じさせる場所の全てが通路である。
傍目から見れば瞬間移動。
だが、直衛にとってはふらりと横道に入る程度の気持ちで相手の『死』角へと移動していた。
「斬れ」
直衛のたった一言。技ですらない。
王の斬撃が振るわれ、残った腕が落とされる。
「無駄なことだ!」
落としたはずの片腕が再び接合されていた。
虫か蛇のごとくにワイヤーが伸び、接続部分に絡まって繋ぎ直されている。
『宿主の知る生物とは理の違う怪物。怪異でありながらも、生命でもない。あのものを殺すには』
「殺し方がわかるのか」
『我はグウィン。冥府の王。死については誰よりも譜んじている』
「どうすりゃいい」
『手足や顔に見えるものは全て外殻でしかない。
殺すにはカオスの、その心魂そのものを破壊する必要がある』
「心魂、ね」
それがどこにあるか。
言わずともわかった。
結人の亡骸の中だろう。
その心中を察したようにグウィンは『他を試すか』と問いかけた。
「アイツはそこにいない。
結人は、ここにいる」
自分の胸を軽く叩く。心臓の位置だった。
自らの血潮以外の熱さがをまだ感じていた。
「グウィン。やるぞ」
『承知した。我が半身の朋友よ』
明日が最終更新となります!
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