第47話:心の繋がりはヒロインの嗜み
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意識が浮上した。
ゆっくりと目を開ける。
いつものあの部屋かと視界を明瞭にするように努力する。
「おはよう、直衛」
声。
視界が晴れる。
部屋だった。だが、あの部屋ではない。来たことのある場所。
静間家のリビングだった。
「ここは」
「ごめんね、直衛」
「結人……?」
姿形は先ほどのカオスと同じ。
だが、その発声も、瞳の向け方も、何もかもが違うと断じることが直衛にはできる。
目の前にいるのは、紛れもなく静間 結人その人だった。
「ああ。そうか。見えない残機制だったのかよ、オレの死に戻りは。
右上にオレの顔と一緒にxなんぼって書いといてくれよ。
死ぬ度に愉快な音も立ててくれ。神様が聞いてるかは知らんが。
で、結人はお迎えの天使様か?
天使のコスプレにしちゃ普段着すぎるが」
早口で多弁。
脳内視聴者諸氏にと言うときにも似ているが、こうした多弁さは本来、彼の緊張隠しとごまかしから来ている。
運良く軽妙なトークに聞こえることもあるからこそ、配信に転用できただけだ。
そんな直衛を区切りがよくなるまで静かに見ている。
普段着とはいえユニセックスな服装の彼はファンからすれば天使のように麗しいとも言えるか。
「天使じゃないよ。輪っかも羽もないでしょ」
「確かに。まあ、生前のオレの行いを考えれば地獄か。不審者同然の行動たくさんしたし、自分の欲求のために大量に都市伝説はったおしてるし、罪数多なり。裁かれるのか。ってことは地獄の使い? 悪魔? そういうのか?」
「悪魔でもないってば。しっぽも羽もないでしょ」
「それも確かに。虫歯菌が持ってるでっかいフォークもないし」
「なんで虫歯ってああいうイメージで通ってるんだろうね……じゃなくてさ」
ようやく鎮めるように結人が会話のイニシアチブを取る。
「ここはどっちでもないんだ、直衛」
「わるい。わかってやってた」
「余計にわるいよ」
「ごめん」
苦笑する。
結人は少しだけ安堵した。彼は変わってない。
顔立ちは怖いが、話が上手くていい奴だという評価は一つも変わっていない。
「ここはね、君の心だ。いま、君と俺は繋がっている」
「……繋がって、って」
「あのワイヤーだよ。痛かったよね、ごめん」
「痛かったけど、ああ、もしかして」
カオスが言っていた。依代の脳を使えばあれこれとお思いつくと。
「利用したのか」
「利用だなんて人聞きの悪い。あれは俺の肉体だよ、元々」
「それもそうだけど」
「ただ、うん。死んだ人間が、その死体を動かしている神様に文句を言う筋合いもないとは思う。
だから、こっそり利用させてもらった」
結人の口から出る死んだ人間という言葉は直衛にはワイヤーよりも痛い言葉だった。
結人もわかってやっているのだ。
目の前にいる自分は死者なのだと。それを忘れるなと、彼は言外に言っている。直衛なら受け取れるだろうと理解しているから。
「いい性格してるよ、ホント。
で、『有線接続』は成功したわけだ。けど、多分オレは死ぬぜ。あるいはもう死んでるかも」
けど、そんなことは些事なのだろう。直衛は理解しているからこそ、言葉を続けた。
「結人とここでずっと暮らすってわけでもないんだよな。それでもまあ、悪くはないけど」
「俺だって気の置けない男友達と過ごすのは悪い気はしないけどね。でも、直衛にはトーコを守ってもらわないと」
「……だな」
胸の辺りを軽く撫でてから、直衛が続けた。
「結人はオレの何を知ってる?」
「君が知っていることは、それなりに理解したつもり。それこそ接続したお陰だろうね」
「それなら話は早いか。
……正直、ここから戻ったところで手がない。
死に戻りのタイミング次第だけど、神を名乗るような相手に対してやろうとするならよっぽど前に巻き戻らないと。
でも、それも多分、無理だ」
戻れるタイミングは選べない。特定の時間よりも前に戻ることを望んだとて戻ることはできなかった。
それができるなら、結人はまだ生きているのだから。
「オレの知識の中でもカオスだなんて名前の怪異は知らない。
未実装データにもなかったはずだし。
つまり、有効な解決策が思いつけない」
「君が触れてきた俺たちの世界の歴史は一部分。実際の世界となれば手に取れない神様の話も、存在も、力もあるだろうから」
ああ、と結人が続けて。
「大丈夫。直衛がゲーム気分でこの世界で生きているわけじゃないことは、ちゃんと理解しているから」
少し安堵した表情をこぼしてしまう直衛。
正直なことを言えば、無意識の中でそう自分が考えていたならいやだと思っていた。どれだけ生きている場所が現実だと理解しようとしても、心のどこかにゲーム気分でいたならと思うと、自分が嫌いになりそうだった。
けれど、結人は客観としてそうではないと否定してくれた。
それは一つの救いと言えた。
「だから、可能性を拾おう、直衛」
結人は自分の胸に触れるようにして。
「君の手札にないのなら、新たに引けばいい。
直衛にはその力があるだろう。
人の心から取り出す、不思議な力が」
「心髄外科……」
「君が追体験した俺の物語のなかに可能性があるかもしれない。だから」
「……結人」
「オレはさ、トーコと遊園地に行くのが楽しみだったんだ。舞い上がったよ、チケットもらったときに」
「うん」
「でもな、オレはお前とも行きたかったんだ。
憧れの世界の、大好きな主人公のお前と、その世界で生きているってたくさん実感したかったんだ」
「俺もだよ、もっとたくさん思い出を作れたならばよかったのに」
「守れなくて、ごめん」
そう言いながら、直衛の手が結人の胸に触れる。するりと指が入る。無限の広がりを感じる。主人公たる静間 結人が持つ、アヴァタールの才能が、そこに広がっていた。
何かを掴む。そっと手を引いた。
リビングの風景が光へと変わっていった。
「直衛。ごめんよりも欲しい言葉があるよ」
「そうだよな。今際の際にごめんなさいじゃあ格好つかねえよな」
世界とともに消えゆく結人がじっと直衛を見る。敵意ではない、射抜くような視線だった。心を射抜く、そうしたものだった。
「神様を倒そう」
結人のまっすぐな視線を受け入れて、直衛も頷く。
「ああ。そうだな。行くか。結人」
「行こう、直衛」
約束が成った。




