第46話:おそらく祭儀
誰かを一人にすることが今は恐ろしい。
詩織も。トーコも。……不安だ。
選択肢が失敗でも、間違いを取り返すことができるところへ狙って死に戻れるわけではない。
心が引っ張られる心地だった。
それぞれの状況で意固地になって一つ一つを解決していった結果、時間切れになって、取り返しのつかないことになったとして、やはりそれも巻き戻れるかどうかの保証もない。
結局のところ、選択をするしかない。
オレは選んだ。
眼前に巨大な光の柱が見える。
これを見たときにはまだ観覧車から立ち上っているように見える程度だったが、光の流量は多くなっていて、いまでは観覧車の全てが包まれてしまっていた。
その光が壁のように立ちふさがる。
だが、オレは知っている。この光を。
MQLで、この光は壁か、場所を隔てるヴェールのように存在していた。
向こう側にボスがいるよと伝えている制作陣からのかすかな慈悲。
そして、大抵の場合はこのヴェールが存在しているような場所とボスの強さと悪辣さにおいて、製作陣から与えられた慈悲に見合わない無慈悲の塊が用意されていることを、オレは知っていた。
息を整える。
それからゆっくりと足を踏み入れた。
✘✘✘
「予想よりもはるかに早い。
人間とは情に捕らわれ、拙速より確実を取ろうとするものだったと認識していたが」
光の向こう側には空間が広がっている。観覧車の前だった。
平時の遊園地のそれと違うであろうことがわかるのは、周囲にはスクラップがそこかしこに置かれている。そういう出し物というわけではないだろう。
明らかに危険な形状のまま転がる車の破片であったり、鉄筋コンクリートの残骸、オレより年上であろうパソコンだとか、そういったものが転がっていた。だが、それらは転がってはいても散らかってはいないように思えた。
なぜかそれらが神殿や祭儀場を思わせるような配置を持っているように思えた。
どうあれ、オレはどこかに飛ばされたわけではない。本当にただ観覧車前の広がりとそれ以外を区切っていただけ。
観覧車から立ち上る光そのものは何かへと向かっているのは間違いないのだろう。予感でしかないが、それでもその予感が外れている気はしなかった。
「その顔には似合わない口振りだな」
「そうか」
立っていたのは結人だった。
いや、結人の姿をした別の何か。
オレの知る限り、静間結人という青年がボスになるようなルートはない。
観戦モードになるような状況があったとしても、それは彼が別のものに置き換わってしまうようなものでもない。
オレの知らない物語。
オレの知らない悲劇。
知っているつもりで、世界の何もかもを知らない。
ここが現実であり、虚構の世界に入り込んだわけではないことを痛烈に感じていた。
能力をいかに得て、それを振り回せようとも。
知識をベースとして、徹底的に敵対者への対抗策を用意しようと。
それでも、世界そのものを変えられるほどオレは偉大でもなければ、超越者でもない。
「オレはお前を結人と呼ぶ気はないぜ。だから教えてくれよ。なんて呼べばいいかを」
「呼ばれるべき名、か。教えるのはやぶさかではない。だが、その前に」
「あー、なるほど。そりゃいい」
オレは少しだけ安堵した。
だが、の続きが──
「名を名乗らせる前に、名乗るのが礼儀って言いたいわけか」
「ああ。そうだ」
望んでいたものだったから。
もしも結人の記憶や……心なんかを持っていたとしたなら、どうすればいいかわからなくなっていたから。
「オレは直衛。ちょっと顔立ちが人様に近づきがたい印象を与えがちな学生だ」
目の前のそれは「直衛か」と記憶するように復唱する。
「では、直衛よ。『ひれ伏せ』。神の御前に相応しくもない」
傲慢な口振りだった。
だが、体は怒りを覚えるよりも先にひれ伏していた。上から重いものを押し当てられたように。
「ぎっ」
なめるなよ。オレがひれ伏せ、はいわかりましたなんて風に対応するのは配信プラットフォームの運営相手だけなんだよ。
いや、今はもう配信もしてねえんだ。
それじゃあどこの誰にもひれ伏す言われもねえ。
腕に、背に、腹に、腰に、足に気合を入れて強引に立ち上がる。
「神威を前にして耐えるだけではなく、立ち上がるとは」
褒められるかと思いきや、次の瞬間には蹴り飛ばされていた。
「下等が、傲慢だ」
人間をまるでサッカーボールのように蹴り飛ばす。軽々とオレの体が跳び、光のヴェールに叩きつけられる。
「ひれ伏せ、肉塊。我が名は混沌。この世界の整然を乱し砕くために光臨したもの」
「カオス、だあ」
結人のことを思い出しても、まるでその単語にはピンと来るものがなかった。静間なんて静寂っぽい名前の人間に入り込むには随分と対極に位置してそうな名前だ。
「カオス様は人間如きに呼ばれてほいほいと仕事しにきたってわけか。わざわざ他人様の大切な人間の肉体まで使って」
「彼奴らの願いなど知ったことかよ。我はただ、この世界において神としての権能を振るうために動くだけ」
「あーあ。かわいそ。復活させてもらったってのにリスペクトもないのか」
「勝手に呼び出したものにどうしてそのような感情を向ける必要がある」
「礼儀を語るくせに、そっちにはないんだな」
「人間如きが」
「権能を振るうためって言ったけど、何ができるってんだ」
相手のペースを握らせやしねえ。
見てろよ、リスナー諸氏。
お前らと培った対話ぢからってのをここで披露してやるぜ。
「それは無論」
「この世界の整然を乱して壊す、だっけか?」
「ああ、そうだ」
「なぜすぐにそれをしない? ……ああー。悪い悪い。できねえのか。そりゃそうだよな。復活したての赤ちゃん同然だもんな。
おまけに雛鳥を育ててくれる連中はお外でオレの仲間に今頃はったおされてる。
蹴りはそれなりに効いたけど、神様がやるにしちゃチンケな一発だ」
「侮るか、下郎ッ」
手を前に構えると黒と青の不気味な光が放たれる。
咄嗟に避けた。オレがいた場所は溶けて抉れていた。
「あぶねーあぶねー」
エグい威力なのを確認し、それでもオレは言葉を吐き出すのを止めない。
だけど、対話ぢからはそろそろ売り切れになりそうだな。
「でも、やっぱ神様って拝むにはちょっとばかり力不足じゃねえか?
そういうのはさ」
カオスの背後から炎。
吹き上げたのはヘルハウンドだった。
蹴り飛ばされると同時に物陰に呼び出しておいた。
「こっちだってできるんだよ!」
「ぬぅあッ」
炎がその肉を焼くことはないが、それでも痛みはあるのか、もがきながら再び黒青の炎を呼び出し、ヘルハウンドに投げつける。
それと同時にオレはヘルハウンドを回収。
怪異を使役するために呼び出すなら、仕事が終わったのを回収することだってできる。
ちょっとテクいが、状況を読み切ってりゃ攻撃をスカさせることもできるんだよ。
「この依代──」
何かを言い掛けていてもオレは気にもしない。カットシーンじゃない。こいつはリアルなんだ。
「スパルタクスッ」
名を呼び、何もない空間から現れたスパルタクスが疾風のようにカオスへと切りかかる。
それを何とか後ろに跳んで避けるカオスだが、避け切れはしなかったのだろう。血しぶきの代わりに黒い粘体が漏れ出る。
「才能あらば我が祭祀者にでもしてやろうと思ったが、ここまでされてはなあ!!」
バックステップしたと思った途端に前に突き出る。
残像が生まれるほどの速度でスパルタクスに近付く。
スパルタクスも応じて、手四つの状態となった。武器が取り落ちて、そのまま力比べに。結人の体ではないことを示すように現実世界としては慮外とすら言えるだろうスパルタクスの剛力にカオスは拮抗する。
そして、
「肉塊如きがッ」
そう叫ぶと周囲に転がっていたスクラップが早回しのように動き、構築されていく。
カオスの背面に巨大な腕を模したものが作られた。
手四つ状態のスパルタクスからすっと離れたカオス。刹那、スクラップの巨腕がスパルタクスを殴りつけて派手に吹き飛ばした。
どこか祭儀場めいた作りをしていたスクラップに叩きつけられると、そのデザイン性はすぐに失われる。
「整然を乱す? 粗大ゴミ処理場が精々だろッ」
再びヘルハウンドを呼び出して攻撃を行おうとしたとき。
鈍い痛みが胸を貫いている。
「粗大ゴミ? 処理場? なるほど、確かにお前を処理するものであるというなら、ああ、その機能をこのカオスは有しているとも」
ワイヤーで組まれた触腕がいつのまにかオレを貫いていた。
「この依代の脳を使えばあれこれと思いつくものよ。利用価値はまだあったようだ」
「クソが。お前には勿体ねえんだよ、結人の爪の先ですらな」
「ハハハッ!! ワイヤーを掴んでなんとか立ち上がろとしている滑稽な姿を晒しながら言うことか?」
死ぬほど痛い。
だが、意識が消えるほどじゃない。まだだ。終わるな。
戻ってこれるかどうかの問題だけじゃない。
この調子に乗ったガラクタに一発お見舞いしてやらないと気がどうにかなりそうだ。
「だが、その道化姿ももう飽きた。去ね、肉塊」
触腕が深く体に入り込む痛みと不快感。
ぎゅちぃ、と聞いたことのない音ともにオレは血を吐いた。何が起こったかはわかった。心臓が潰されたのだろう。
スパルタクスやヘルハウンドに戦術を送る余裕がない。
できることはもうない。わかっている。せいぜいあるとするなら、あらんかぎりの憎悪を視線で投げつけるくらいだった。
意識が乱れていく。拡散していく。思考を一つに保てない。
ああ。
死ぬのか。
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