第45話:ニンジャ
オレはシーサーを作るための作業をしながら、並行でもう一つの作業をしていた。
決戦に備えての準備に一切の手ぬかりは許されない。
準備不足が敗北に繋がる相手なのを理解している。自分で言うのもなんだが、歴戦のMQLerであるところのオレはそれだけ霊体や、そこにまつわるものを危険視している。
まずもって高レベルの霊体ってだけでも面倒なのだ。
面倒さに拍車をかけているのは肉体の存在。
MQLは対人ゲー要素が一切ない。だから環境デッキだの対人Tierリストだのは存在しない。
だが、それでもいわゆる対人を主題とする作品における害悪ビルドとも言えるものは存在する。
MQLの制作陣は結構な数の、僕の考えた最強のビルドとも言えそうな敵キャラを出してくる。制作条件をあえてプレイヤーでも作れそうな土俵にしてお出ししてくるわけだ。
その中の一つが片良瀬が持っている特性と合致していた。
通称、『PPループ』。
霊体スキルは依然軽く触れたとおり、特定のダメージに対して強烈な有利効果を持つ。
……っと。
リスナー諸氏の中にはオタクの早語りが嫌いな人もいるだろうし、そういうのは飛ばしてかまわない。
オタクは早口にならないと時々おかしくなっちまうもんなんだ。
で、
更にそれを持つことを条件として得られるスキルが幾つかある。
一つ目は肉体を得て、物質的な装備ができるようになる《降霊術》。
次に、本体のダメージを肉体側に肩代わりさせる《ファントムペイン》。
そして、肉体ダメージを持続的に治癒する自動治癒系のスキルを大量に持つ。
つまり、本体のダメージを肉体で引き受けさせ、それを自動的に回復する効果で持続的に戦える耐久ビルド。
それだけなら問題はない。
害悪と呼ばれるのはここからだ。
素手によるダメージと特定の固定値によって自らがスキルに使用するポイントに還元する《ソウルスティール》。
これにより、本来は先にガス欠になって回復が止まって耐久できなくなるという負け筋を完全に殺している。
このビルドの害悪さは素手による攻撃の副次的な効果で発生するソウルスティール。
素手による格闘ビルドと噛み合って、ダメージを出しつつ回復をする。更に素手には連続で発動できる攻撃だの、先手を取りやすい技だのが多く用意されている。
武器を持っているものに対してダメージに見劣りする部分を補填するためだ。
連続攻撃で固定値でもりもりと回復し、緊急時には先手攻撃で先に回復する。
あの手この手で耐え続けてリソース枯れを待つ。
勝利まで遠いのも含めて害悪ビルドだと言われるのがこれである。
はい。
オタクの早語り終わり。
端的に言うとこの作品には相手を殴って回復して肉体の損失を補填する野郎がいるってことだけ覚えておいてくれ。
で、霊体を持つ片良瀬がこのビルドかどうかはわからない。
ただ、霊体で驚異になるとするならこのビルド以外にあり得ない。それだけは断言できる。
相手がどうかはさておいても、準備はしておく。
なあに。
こちとらMQLの廃プレイヤーを自称してる痛いオタクなんだ。
多くの同胞たちと共に築き上げた攻略法はまだ頭にきっちり染みついている。
「トーコ、いいか」
「なに?」
「ちょっと準備につきあってほしくて──……」
✘✘✘
「あと一歩ォ!!」
触れることさえできれば、あとは終わり。
片良瀬は自らが備える技に自信があった。
神に与えられた、聖なる徒として与えられた職務の大きさから得た力だと考えていた。
つまりは、この世界を閉じるための力なのだと。
「届かないよ、絶対に」
断言するトーコ。
戯れ言を、実際に距離は縮まっている。盾が砕かれていく。一枚。二枚。残りはもうない。片良瀬が勝利宣言にも似た言葉を言おうとしたときだった。
あきらめたのか、エイドロンの姿が消える。
往生際の良さはすばらしい。片良瀬は誉めたくなった。
拳が当たる。
当たったはずだった。
ふわりとした感触だけがあった。まるで空を漂う布を殴ったかのような。
「そこまで必死になるってことは、直衛の言うとおりだったってわけだね」
『これって?』
『保険だよ。保険。回数制限はあるけど、身代わりになってくれる』
アンナの代わりに現れたのは文字通り、忍びのような姿をしたものだった。性別は定かならない。
都市伝説系の低レベル怪異、《車窓の忍者》。
多くの人間がどうしてか電車の車窓を眺めるときに忍者が屋根を飛び跳ねて進む妄想をしがちなものが受肉した取るに足らないレベルのザコ。
ただ、これは特別なスキルを有している。
空蝉と呼ばれるスキルで、発動時に物理攻撃を一度無効化できるもの。
車窓の忍者は呼び出された瞬間にこの空蝉を自動的に発動する特性を持っている。これが唯一無二の性能だった。
もっとも、MQLがゲームの時には無敵のバリアではない。はじめて見たときにプレイヤーに「こういうのもあるのか」と思わせるための教材のようなものでしかない。
だが、このビルドに対しては絶大な力があった。
連続攻撃以外の全ての外部からの供給がこれ一つで止まってしまう。
連続攻撃に対してはそれ専用の準備もあったが、今回は必要がなかった。
片良瀬の驚いた表情が偽りのものではないことをトーコは見抜いていた。
「最期に聞く。
結人を殺したとき、何を思った」
最期、最期だと?
まだ詰んでなどいない。命がある限り、肉体の一片がある限り、必ず生き延びてみせる。
片良瀬はその傲慢もあって、質問に対して真摯に答えた。
「決まっているとも。
殺されるために存在してくれて、ありがとう」
体力ある限り、欠片でも命がある限り、片良瀬は再生する。
生半可なダメージは霊体のスキルが徹底的に防ぎ切る。
彼が思う通り、肉体の一片からでも生き延びてやろうと思えるだけのしぶとさがあった。
その答えで十分だった。
許す気などはなからなかったが、戦意を完全に燃え上がらせるに十分な答えだった。
「お前は……ッ」
オッドアイの片方。空色の瞳がアンナと共鳴するように輝く。
「これでッ!」
叫ぶ。
それに呼応するようにアンナの姿が消えて、彼女の手に剣槍が現出する。
統合意志と名乗った存在が手渡したものであった。空色の刀身を持つ、エイドロンとしての力の結晶でもある。
「終わりだッ!!」
剣槍を構えるようにした幻影と共に力を放つようにして腕を払う。
「《ロージアン・ザッパー》ッッ!!」
刀身と同じ、空色の光の奔流が片良瀬を飲み込む。
平時であれば耐えられたかもしれない。肉体の一部でも残ったかもしれない。
だが、徹底的に対策され、削られきった今、不死性めいたものは消え入る寸前にあった。
肉体の一片も、魂の塵すらも残さない最大の火力の前に片良瀬は断末魔を上げる余裕すらなく消し潰された。
復讐を果たした先にあったものは喜びでも虚しさでもなかった。
眼の前に高い塔のように、あるいは片良瀬の言葉で言うのなら象牙の塔が空に伸びている。
まだ何も終わっていない。
トーコは再び踏み出した。
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