第44話:その箱は閉じられるべきなのか
片良瀬は未来が見えるわけではない。
ただ、これまでの人生経験と幾ばくかの知恵で未来をある程度望むように形作ることができるだけ。
才能というよりは努力であった。
努力によって作り出された現状は、まさしく彼の望みがあと一歩というところまで迫っていた。
(静間 結人という青年を見つけられたのは幸運でした。肉の楔の中に眠る強大なエネルギーはまさしく、大いなる神に繋がる鍵と門そのもの)
肉の楔を砕き、その心魂を贄とする。
何故か。
神が必要だったから。それ以上に理由などない。
ただ、その神がどのようなものかについては拘りがあった。
(神は多く存在すれども、始まりや終わりに位置する神はそう多くない)
大抵の主神は始まりや終わりを司るものではない。
むしろ終末に抗うか、その後の──あるいは次の世界を生きようとするものだ。
(我らが望むのは永遠の統治や莫大な降伏ではない。
そうしたものがあるからこそ、あらゆる不正義が生み出されることになるのだ。
人間にはあらゆるものが過ぎたるもの)
必要となるものは単純だった。
終わりだ。
終わりをもたらしてくれる神が必要だった。
だが、そうした神は多くは存在しない。
それを求め訴える宗教もまた、彼らの求める基準には至らないものだった。
だからこそ、
(教えも神も作り出してしまえばいい、というのは短絡的な答えではありますが結局はそれしかないという結論に至るしかなかったのは我らの不徳のいたすところ)
神を作り出すために、彼らは人間を研究した。
神に祈る生物は人間だけだからだ。
様子のおかしい研究の果てに彼らは一つの真理を得た。
人間の祈りによって呼び出せるような存在は、その研究をしていた『彼ら』の神にとっての望みにかなうものなど存在しないのだと。
(ですが、同時に最大の答えも得ました。
人間は──)
人間の、その魂は神に通じるものがある。
秩序がいまのように整っていなかった時代、贄が神に捧げられていた時代。
人を捧げる儀式の意味はそこにあった。
(あれは人間を捧げるのではない。
体と命を開くことで人間の内側にあるもの、つまりは魂とも呼ばれるものを取り出しているのだ)
それから彼らの研究は更にエスカレートした。
人間の体を、魂を縫い止めている肉の楔と称して破壊する。
彼らが血と肉と断末魔以外に、死にゆく被害者から魂を知覚できるようになったのは最近だった。
ようやく物事が動き出した。
彼らはそれまでの知見を利用して神を生み出しうる魂の持ち主を捜し、
(そして我らは彼に辿り着いた。
静間 結人。
彼の魂は闇と死を支配する冥府の武者であり王、グウィンをエイドロンとする運命にある存在。そして、死とは物質世界にのみ魂を由来する我らにとっての、絶対の秩序。
それこそが、我らの求めていたものだった)
結人を彼らが望む神へと昇華させる。
完全で完璧な、彼らの望む神そのものを作り出すことはやはり、人間には難しい。
だが、既に存在する神に方向性を明示し、目的を合致させることはできる。
だが、神の材料、あるいは依り代とも言える存在がそれを拒否するかもしれない。
そのときにこそ聖女が有用となる。
なだめすかし、あるいは脅し。人としての感情があればこそ大切な人間が鍵となることもある。だからこそ、重要な聖女であった。
重要ではあるが、必須ではない。
だからこそ、戦いとなっても彼らは焦ったりもしない。
──そも、彼らが望んだもの。
(対極の存在を捧げ、我らが神を顕現させる。
そうすることで、我らの教義は結論へと至る)
彼らの教義の果てにあるのは終わりであった。
意味もなく、答えもない。純粋な終わりこそが望みであった。
直衛のみが知る、一つのルート。
『バッドエンドルート/
汎用END No.14:そして箱は閉じられた』
あらゆる全てのフラグを中途半端な状態にして迎える特殊エンディング。
中途半端にするのはサブクエストやキャラ個人のクエストだけではない。
相当強引な手段を使ってメインシナリオのフラグすら中途半端な状態にすることで進行と達成が不可能な状態に至らせる。
動作不良の際にのみ踏むことができる、稀少エンディング。
彼らの教義の果てこそが、そこにあった。
この物語は本来ありえないはずの主人公の死亡。
話を進めるべきものが不在になったことで、直衛の言うところの物語が、多くの人間にとって生きる世界そのものが終わりへと向かっていた
✘✘✘
「釣られたってわけじゃないなら安心した。
手のひらの上ってのはそれでもおもしろくないけど」
「ではどうします。簡単には筋書きは変えられませんよ。
どうあがいても逃げられないのにあがく姿は聖女としての風格を一気に猿のレベルまで落とすことになります。おすすめはしませんがねえ」
「お釈迦様じゃないんでしょ。なら」
アンナがトーコの側に立つ。
生み出された盾が回転を始めた。
「どうにでもなるでしょ」
「斉天大聖を気取るおつもりですか」
「まさか。でもね、アンタたちの聖女になるくらいなら野山のおさるさんになる方が──」
回転した盾が一つ二つとその最大回転数に至る。
「よっぽどマシッ!!」
戒めが解かれるようにして盾が片良瀬に向かっていく。
予想よりも速い。
そして、それだけではない。
「ッ!」
肉体という物理的な縛りを片良瀬は霊体というスキルで外している。
まるで人形遣いが人形に本来できない動きを糸でさせるように、片良瀬も自らの肉体を限界以上に行使し、酷使する。
だが、それでもなお。
「ごああぁッ」
盾は直線的に動いたと思った。だからこそ回避ができた。
だが、それらは急に意志を持ったかのようにして動き、変化球のようにして片良瀬に当たる。凄まじい回転が片良瀬の肉体を削ぎ切りにした。
痛みはないが衝撃はある。
そして、痛みなくとも損傷が死に近づく感触もある。
それが彼に叫び声を上げさせた。
「やっぱりお釈迦様の手のひらじゃないみたいだね」
にたりと笑うトーコ。
「おさるさんでも騙せる程度の神様ってわけだ」
「こざかしいぃッ!」
肉体のリミットを制御し、盾を素手で砕く。
削がれた肉体は物質的な損失ではあっても、霊体のスキルが文明社会からかけ離れた現象と事象によって補填していく。
第五元素だの魔力だのマナだのオドだのと多くの言葉がある。そうしたものが現実的な損傷を即座に治癒していた。
踏み込み、拳を扱う。回転する盾の弱点を狙い澄まして砕いていく。実戦経験が生きていた。
彼が過ごした人生経験の殆どは物質社会からかけ離れたオカルトが支配する、裏の世界での暴力。
来る日も来る日も殺しを続けて、ついに殺しの意味を見いだした。それは常軌を逸したがゆえに到達する独覚とも言えた。
彼の不幸はそうした同病者はそれなりに界隈にいて、それが宗教のようになっていったこと。
救いは世界の終わりにしかないのだという妄想だけを救いに、他者の命を奪い続ける。
その経験は現在、あらゆるものを破壊するための弱点を看破する眼力を与えていた。
幾つもの盾がそれぞれの挙動をして片良瀬を徹底的に迎撃している。
だが、その眼力と沸騰する脳内物質によって片良瀬とトーコの距離は縮まっていった。
「混沌の終わりが、あなたを包まれますようにィィィ!!」
独自宗教の聖句を叫びながら、一歩、また一歩と彼女の命に近づいていく片良瀬。
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