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第43話:仇敵

 妙な焦燥感。

 動悸を伴う不快な感覚。

 それらの発生源が遊園地中央にそびえる観覧車から空へと延びる不気味な色の光であるのは間違いない。

 近づけば近づくほど制限時間を知らせるかのように光の強さは徐々に強くなっている。


「出しっぱなしの蛇口じゃないし、バルブを捻ったら解決とかそういう感じじゃないよね?」

「そうであることを祈ってるよ、オレは」


 トーコに対して、求められている水準には届いていないであろう返答をする直衛。

 だが、その気の抜けた感じが逆にトーコに安心感を与えた。

 ここでこの返しができるなら、むしろ解決策があるか、彼自身がそこで何かを閃いてくれるのだろうという奇妙な納得があった。


 そこに、


「私が考えていることがあなたと同じであるのなら、ここで二人をお止めするべきなのでしょうね。

 あるいは、最低でも横におられる私を一度は殺した彼だけでも」


 声。


 気配がなかった。

 だが、瞬間移動してきたわけでもない。

 おそらくこの場にずっといたのだ。

 入ってくる三人の行動を読んで。悠然と。自然な呼吸と居住まいは気配を殺して近づく暗殺者よりもよほど感知されない。

 多くの人間を教義のために手にかけ続けた片良瀬の持論だった。


「お前……」

「そう怖い顔をなさらないでください。あなたは聖女として我らが教えに列聖されるべき存在でもあるのですから」

「誰がお前たちと」


 表情が冷たく凍る。

 単純な怒気ではない。

 復讐心がゼロだというほど悟ってはいない。

 直衛によって、感情の向け方はある程度制御ができている。

 だからといって、仇を前にして友愛を向けられるようなものでもない。


「列聖されるべき相手が通せと言っても」

「ええ。通すわけには。申し訳ございません」

「聖女よりも尊ぶべきものがあるってことだ」

「敵いませんな。……ええ。その通りでございます。」


 聞き分けのない子供を諭すような笑顔を向ける片良瀬。


 トーコはゆらりと自らの傍らにエイドロンたるアンナを呼び出す。

 統合意志と名乗った存在の姿ではない。

 何度か統合意志の顕現を試したが、強力ながらも体力などの消費が尋常ではない。

 長期戦になるかもしれない状況で扱うわけにはいかなかった。


「直衛!」


 彼女が盾を、片良瀬の眼前に作り出した。

 視界を殺したと同時に盾が階段のように作り出され、迂回路を作る。

 強引に通ろうとしたならどんな罠があるかもわからない。

 あるいは、そもそもが通れないようになっているかもしれない。


 であれば、通路ではない場所を歩かせればいい。

 ショートカットさせて、無理なら戻ってきて援護をしてもらえればいい。

 その意志が瞬時に生み出された盾によって直衛にも伝わる。


 盾は断続的に生み出されては行動しようとする片良瀬を引き留めていた。


「トーコ、無茶だけはしないでくれよ」


 焦燥感の正体を直衛は理解している。

 だから彼女が先に自分だけを向かわせてくれるのはありがたかった。

 片良瀬と一対一にさせるのは不安だが、短期間であってもできる限りの準備はしてきた。


「わかってる。私がお姫様みたく助けを求めるなら」

「白馬はちょっと持ってないけど、駆けつけるよ」

「直衛次第じゃこっちが王子様になってあげちゃうからね」

「そりゃ頼もしいね」


 直衛が頷きながら、スパルタクスの手を借りつつ盾を登っていった。



 ✘✘✘



 二人きりになった途端に盾が砕かれる。

 視界を塞いでいたものはもうない。

 作りだそうと思えばいくらでもおかわりは用意できるが、その意味がある相手ではない。

 そもそもとして、


「待ってくれるなんて、意外だね」

「これでも必死だっただけなのですがねえ」

「で、これも策の内?」

「多少はズレましたが、大枠では術中のまま」


 じり、と構えを取りなおすトーコ。

 一方の片良瀬もまた結人を殺したときに見た彼女とはまるで違う、成長したその気配に構えを取らされる。


「一緒に来た二人も口にはしなかったけどさ、タイミングが良すぎるんだよね」

「タイミング、ですか」

「アレだよ、アレ。観覧車の」

「光ですね」

「そう。来た途端にまるで制限時間をあえて見せているみたいな」

「あの光は象牙の塔と言いましてね。原初の時代より信仰されるトーテムで、我らが祈りを」

「仕組みはいいよ。聞きたいのは」

「ああ。タイミングの話でしたか」


 トーコが即戦即決を決め込まないのを見た片良瀬は、構えを緩く解いてから、ふむと思案するように顎に指をやる。


「逆。逆ですよ」

「逆、ってなにが」

「因果が、ですよ」


 持って回った言い方に思わず睨みそうにもなるが、トーコの知性は断片的なピースを閃きと理解で答えへと到達し、睨むよりも言葉を出すことを選ぶ。


「始まるときにタイミングよく入れたんじゃない。

 ……入ったから、始まった。そう言いたいわけ?」

「なんと。ええ。ご明察の通り。やはり聖女たる格があなたにはおありだ」

「まんまと釣られた」

「そうなったらいいなという希望がこちら側に歩いてきてくださっただけですよ。

 さすがの私もそこまでの深慮遠謀を持ってはいません。

 運命は作り出すことはできませんからねえ」



 毎日一話ずつ更新させていただきます!


 お楽しみいただけましたら是非、評価やお気に入り登録などしていただけますと人生の喜びになります!


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