第50話:クエスト
遊園地での激闘が一睡の夢だったかのように日々が過ぎる。
結人の葬式や、トーコがどう暮らしていくかをはじめとして、戦後処理はMQLをゲームとしてプレイしてた頃とはまるで違う、哀傷を伴うものを少なからず経験することになった。
空港。
結人との別れを済ませた静間家は、しばらく日本に滞在するかの家族会議が行われたものの、自分を気遣うためにそうするのなら両親の仕事が待っている国外に留学する形でついて行くことを望んだ。
一人暮らしをする選択肢もあったし、草紋家がホームステイするなら歓迎するといった申し出などトーコにとって喜ばしい声が掛かったこともあった。
勿論、直衛も一緒に暮らすのもどうかとは持ちかけたものの、トーコに「感情が暴走しちゃいそうだから」と苦渋の判断を下したりも。
「トーコ、これでお別れじゃないよな」
「あったりまえじゃん。両親と……私の心が落ち着いたら必ず戻ってくるよ」
「帰ってきたら盛大に祝わないとな」
「そのときこそ食べさせてよね、直衛の料理」
「常に冷蔵庫に鍋の具材を用意して待ってるよ」
「あまりもの炒めのほうが楽しみかも、なんて」
「それなら鍋の準備をしなくたってできちまうよ。けど、お祝いにしてはなあ」
「約束したから」
その約束は二人だけのものではない。
既に虹の橋を渡った結人ともした約束。限りある、三人での思い出。
「……だな」
「そんな悲しそうな顔しないでよ」
「そっちこそ」
「我慢してるんだよ、これでも」
「オレだって」
空港内のアナウンスが流れてくる。荷物検査がまだならそろそろ進むようにというもの。これを逃したらマズいことになる。
二人が見つめ合う。再会の約束をするように。
「それじゃあ──」
「トーコ」
「なに?」
「これ、持っててくれるか」
「紙片?」
「結人の形見だ。何があろうとも、そいつがトーコを守ってくれる」
「……そっか」
紙片を受け取ると、大切そうに抱きしめる。それはゆっくりと彼女の中へと溶けていった。
「それじゃあ、直衛。私からアンナを取り出して。できるんだよね?」
「アンナを?」
「結人が私を守ってくれるなら、アンナに直衛を守ってほしいから」
少し悩む。
彼女が扱いやすいのは間違いなくアンナだろう。自らの内面と繋がったものなのだから。グウィンは強力だが、彼女に強い適正があるわけではない。
だが、先ほどすんなりと体内に消えていったのを思い出すと、そうした適正がどうのなど些細な問題であることが直感的に理解できた。
「わかった」
直衛は頷くと心髄外科によってそっと彼女の内側に触れる。
紙片の感触。アンナであることがわかった。
ゆっくりと取り出す。
「直衛の力になるなら、どんな風にだって使ってね。……アンナもきっとそれを望んでいるから」
小さく頷く。可能な限りアンナはアンナとして運用したいが、今回の戦いのようなハードな状況になれば別の選択肢として使わねばならなくなるかもしれない。たとえば、雑種強勢で別の存在に昇華させるなどである。
「そんな状況にならないのが一番だけどな」
「ま、そりゃそーだけどさ。……また守りたい人が見つかっちゃったら、きっと直衛は走り出しちゃうでしょ」
「……否定はできねえ」
アナウンスが再び。これが最終の案内だと告げていた。
トーコは惜しむように直衛の手を取り、握る。
指が絡み、熱が伝わる。
そして、迷いを振り払うようにそっと離した。
「それじゃあ、またね!」
離す瞬間に少しだけ力を入れてしまい、離すまいとしてしまいかける直衛だが、すぐに彼も手を離した。
「ああ。またな、トーコ!」
トーコが手荷物検査場へと消えていく。
その後ろ姿はすぐに雑踏の中に消えて、見えなくなった。
そこにいるわけでもないのに、直衛はしばらく立って、見ていた。
「約束は少しの間お前に預けるよ、結人」
トーコを守ってくれという約束だった。
グウィンがすんなりと彼女の中に入ったのは、直衛の預けた気持ちを受け入れたからのような気がした。
なにより、トーコは守られるばかりの少女ではない。
正しくヒーローとして立つことができるもう一人の主人公でもあることを直衛は知っている。きっと、結人も。
しばらくして、ようやく直衛も振り返り、歩いていく。
その歩みは日常へと向かっていた。
✘✘✘
日常がそこにあった。
いや、以前の直衛は他者との繋がりはもっぱら脳内視聴者とだけだった直衛からしてみればこれは非日常とも言える。
「直衛さん、その……お弁当を作ってきたんです。よかったらご一緒してくださいませんか?」
クラスまで来て誘ってくる詩織。
元々が美少女であるのに、恋をした少女はその美しさに磨きがかかるという言説を正しいものと伝えるように、今の詩織は『次のミス綱木になるんじゃないか』などと噂されるほどになっている。
それが、
「え、アイツに」
「あの強面に」
「やっぱ案外良い奴なんじゃ?」
といった具合に、クラス内での直衛の評価もその影響で改まりつつある。
「お、おう。ありがとな」
直衛は直衛でそんな美少女に声をかけられ、あまつさえ昼食まで作ってもらっている。トラディショナルなギャルゲーもかくやという状況。
それを無頼漢然と受け入れることなどできるわけもない。
緩みそうになる表情を何とかこらえながら彼女と共に屋上へ。
✘✘✘
雲一つなく、蒼穹に果てがないと思えるほどの空だった。
学園は広く、屋上は使ってもいい場所とそうでない場所が区切られているものの、開放されている屋上は昼食などにも向いている作りになされている。机や椅子があり、落下防止のフェンスもどこかおしゃれな具合にすら見える。
二人は食事を終える。
直衛は自分が煮出した紅茶をお礼代わりに出していた。元々がインドア派であるが故に、MQLと配信以外の趣味もそちらに偏っている。
二人が一息付く。
「トーコからも連絡いただいてます。元気で、それに平和だって」
「学校にも馴染めたみたいだしな。平和でいいこっちゃ」
0874にある三人用のトークルーム以外にもトーコとは話す機会はそれなりにある。それぞれが互いに持つようにしている、というべきかもしれない。
絆を確かめるような、まだ青い繋がりだった。
「平和……」
詩織が言葉を繰り返す。
「ん?」
「あ、なんでもないです」
「なんでもあるって顔だけど」
「……その、平和だって仰った直衛さんに言うのは気が引けるんですが」
直衛が直感する。
今生きるこの場所は紛れもなく今の現実。
一方で直衛の持つ知識は現実よりも自分が生きていたゲームにばかり偏っている。
MQLのみならず、いつだって『ところで、将軍』だとか、『話の途中で申し訳ないけど』だとか、そういった区切りになるような言葉があるときはいつだって、
「何か事件か」
「……はい、聞いていただけますか?」
クエストの始まりを告げる声なのだ。
直衛はそれに対して、困った風でも、いやな風でもない。
いるわけがない脳内リスナーが次のイベントに喜んですらいるように感じながら、
「当たり前だろ、聞かせてくれ」
どこかでただの日常を恐れていたのか、浮かびそうになる獣面凶相を何とか人当たりのマシな笑顔になるように表情を作る。
そうして、直衛は次の事件へと歩み始める準備をする。
トロフィーを得るために走り出したときにも似た、強い高揚感が心の中で再び燃え始めていた。
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