第38話:夜の終わりに
爆発音。炸裂音。
仮に、いまここにある天の全て覆うほどの雷雲と嵐があったとして、それをまるごと一束に纏めて、それを落とした音のような。
正確な表現は難しい。端的に言えばどこの誰も聞いたこともない凄まじい衝突音が響いた。
天使食らいの半身が消し飛んでいた。
その前には拳を握り込んで構えていたトーコ。側にはヴェールを纏った女が佇んでいる。
「直衛」
その瞳は覚悟と、期待の現れがあった。
「約束、ありがとね」
統合意志の記憶もまた、彼女に宿っているようだった。
直衛は言葉を振り返る。
『この身を支えよ』
拳を握っていたその手に触れる。
支え方など直衛にはわからない、人の心のありようを知るにはまだ大人になりきれない。
『差し回し』の力を操り、未だ不安定な彼女の力を整えていく。
「まだまだ、約束は果たしきっちゃいないさ」
「……うん。でも、今日はこれで大丈夫」
トーコはそっと直衛から離れ、天使食らいに向き直る。
「見ていて。
約束を果たし続ける価値、それが私にあるかを──」
統合意志と名乗ったものがトーコの意を受けて、彼女が持っていた杖と一つになった。
そしてその杖が変形し、トーコの手に収まった。
姿の変えたそれは、剣と槍の二つを兼ね合わせた武器であり、トーコの片目と同じ澄んだ空色の刀身を備えたものだった。
トーコはそれを握った。
「ここでッ」
肩に担ぐように剣槍を構える。
「表現するッッ」
両手で振り抜こうとする。刹那、刀身から眩い光が溢れる。
「《ロージアン・ザッパー》ッ!!」
振るわれた剣槍が光の奔流となって天使食らいを焼く。
それでも足掻こうとする天使食らいに横合いから噛み付いたのは詩織のシーサーだった。
噛みつくだけではない。そのまま咬合力と全身の力を使って強引に光の中に諸共に飛び込んだ。
凄まじい叫び声。それが断末魔であることを直衛たちが認識する頃には光は消え、そこには天使食らいの跡形もなく、平然とシーサーだけが立っていた。
✘✘✘
勝った。
天使食らいに。
レベル差も、攻略難易度だって無茶もいいところの相手を。
「トーコ! 詩織!! すげえよ!!」
駆け寄って手を上に。
二人もまたそれぞれに手を挙げてハイタッチ。
それくらいしてもいい相手だ。
強大な天使食らいを問答無用で焼き潰したトーコのアヴァタールの無比の強さ。
そして、詩織だ。瞬時に自らのアヴァタールがトーコが生み出した攻撃が何であってもシーサーが無効化できると判断して飛び込ませた。アヴァタールが損害を受ければ当人にもそれなりのフィードバックがあるというのにそれを恐れず、いや、自らの推察に絶対の自信があったのだろう。末恐ろしい女の子だ……。
「直衛こそ、ありがと。
……約束しちゃってよかった?」
「流石にトーコの心の中でした約束は当人にも聞こえてたか」
少しどころではなく恥ずかしい。
だが、
「本心だ。統合意志さんにガッカリされないようにしっかり頑張るさ」
オレの言葉に頷こうとしたトーコ。
だが、
「どのような約束か、興味がありますな。天使食らいを打ち破りしもの」
「そして、我らが同胞たる斗坂の命を奪いしものよ」
声が聞こえた。
しかし、それがどこから来ているものか全くわからない。
オレも詩織もトーコも周囲を警戒し、しかし気配や影のかけらすら見当たらない。
「気配も読めぬ素人に殺されるとは、二人とも油断していたのですかね」
今度は声を察知する。
それは物陰。音が反響するような場所。声の出し方次第でどこにいるかわからなくするような技術でもあるのだろう。なるほどと思うと同時にオレもトーコも攻撃を実行する。
だが、真逆の位置から、
「ハズレですよ」
別の物陰が膨らみ爆ぜる。
そこから現れたのはカソック姿の男。視認だけはできた。
だが、それ以上の行動はできない。MQLではお目にかかったことのないもの。だが、現実世界であれば隠密に特化した技が編み出されるのは当然のことだと、遅まきながらに気がつく。
狙いは明らかにトーコだった。
カソック姿が手を伸ばそうとするが、それがトーコを掴むことはなかった。
ばつん、と音がした。その後に、ごりりと石が噛み合う音。
「私の家族です、触らないでください」
詩織の瞳が爛々と輝き、シーサーを自在に操ってその手を噛み砕かんとしていた。
腕が噛みちぎられている。
凄惨な光景であっても詩織の心には一点の澱みもない。
彼女の愛がエロスであれ、アガペーであれ、その深さはマリアナ海溝よりも深く、無闇に触れようとすればその水圧で叩き潰す。潰れることがまるで天然自然の現象であると考えるかのように、自らの行いに澱みを持つことなどあろうはずもない。
オレも見ているばかりではない。
トーコを守る姿勢に切り替える。彼女もすぐに状況を理解して警戒をする。
「我々の負けですよ、梁尾」
「そのようですねえ、片良瀬」
呼ばれた名に直衛とトーコが睨むようにして視認しようとする。
二つのうちの一つの声は相変わらず同じ位置で聞こえる。
腕を噛みちぎられた男も影に逃げ込み、仲間の隣に現れた。
「本当であれば、我らが王と酷似した魂を持つそちらの女性にご協力いただきたかったのですが、それは難しいようです」
「我らが王?」
「異分子の少年。あなたの知っている人間ですよ。そして、あなたが守れなかった人間でもある」
「それは」
「近々、王の目は開かれよう。そのときにはあなたたちの知る瑣末な人間ではなくなり、偉大な王の帰還となりましょう。
王のお力になりたくあるのなら、再誕の儀式に是非お越しを。勿論、自らの力でお越しになれるのなら、ですがね」
カソック姿二人が再び闇に消える。
勝利の余韻は消え去る。
気配のなくなった闇の中、風の音が不気味な声音のように響いていた。
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