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第36話:獣面凶相の王子様

 トーコ。

 静間 遠子という少女はMQLにおいてメインヒロインとしての立場がある。

 MQLが人と人の繋がりと、人間模様をメインに据えた場合のラベルとして、メインヒロインという格がある。


 MQLを別の側面、これを物語性の強い作品として見る場合は彼女はメインヒロインという括りとは別の役割を見るべき存在である。


 彼女はDLCの主人公として抜擢されている。

 本来であれば主人公である静間 結人が世界を包む滅びへと挑む物語を補佐する彼女が、DLCでは『その物語を断片的に、未来を見たかのようにして理解し、愛する兄を守るために先回りして物語に介入する』というもの。


 本来のストーリーにおいても時折鋭い考察や、一足飛びに正確な結論を切り出すこともある彼女だが、それを含めて本筋でそれが明かされることはなかった。

 つくづくMQLの製作陣はプレイヤーに考察をさせたいらしい。いや、考察しているのを見て楽しみたい、というのが本当のところなのだろう。


 例えば、DLCの彼女はいずれかのルートによって観戦モードに至った後に戻ってきたか、その意識や記憶や感情を別の道を進む自分に渡すことができるのではないか、といった予想が立てられていた。


 例えばそれは彼女の専用エイドロンからも推察ができた。エイドロンはいずれも『やがて国を滅ぼすか支配はすれど、過去に願っていた結末には至れない存在』ばかりだった。

 願えども自らが歩む道に求めるものはない。


 だが、道が結実する前に行動させたなら?


 無念を抱えたままのエイドロンたちが、別のトーコが介入しようとするのは自然な結果ではないのか。


 ──そうした推察が、いつのまにかあたかも答えかのようにユーザーたちに語られている。

 MQLを生み出した会社が消えるまで、消えた後も公式は答えをもたらすことはない。

 彼女についての真実は葬られたまま。


 そのはずだった。

 だが、ここに真実がある。


(何、この……記憶、映像……?)


 目の前には詩織の惨たらしい死が並ぶ。一つ二つではない。数多の死が並んでいた。


(違う。これは、……)


 結人を失ってから、トーコは努めて自分らしくあろうとした。努めて陰鬱さを出さないようにしていた。感情とは発奮しないことを選べば選ぶほどに楽しい方向には転がらない。

 トーコの場合、その形として現れたのが幻覚だった。

 身近な人間の死を想像してしまう。結人という彼女にとっての大きな存在の死が彼女のありようを歪めようとしている。


(このままだったら)


 死が、来る。

 死が、現実になる。


 トーコは見えているものが幻覚だと断じながら、しかし、それは来るべき次の現実だと受け取る。


(詩織が、死んじゃう。だめだ。そんなこと、そんなことはあっちゃダメだ)


 普通ならば足が竦むことだろう。大切な人間の死がフラッシュバックして身を縮こまらせるだろう。行き場のない感情が肉体を破壊していくような衝撃に膝をつかせるだろう。


 だが、静間トーコという女は違う。


(もう二度と、失ってたまるもんか。二度と……この残酷な世界から大事なものを奪われてたまるもんか!!)


 死が彼女を歪めようとしている。それは間違いのないことだった。

 だが、それで歪むほど彼女は弱くもない。儚くもない。

 彼女という強固な精神が、折れることを拒否していた。


「来い、バケモノッ!!

 お前の相手は──私だッ!!」


 トーコが未来視を持っている、あるいは未来の自身がこの世界の彼女に知識を与えている。

 そうした考察がファンの中で語れることもあったが、MQLのスタッフはそのいずれもに答えを出さなかった。


 理由は単純だ。

 その考察は間違っているが、考察として楽しむ分には素晴らしいと彼らは考えていたから。

 水を差すのがつまらないと彼らが感じたから。


 ──トーコの持つ力とは、未来視や預言ではない。未来を知るから立ち向かおうとしているのでもない。


 全ては意志力と行動力だった。

 彼女はそれのみで、数多の不幸をなぎ倒そうとする。

 ただ、それだけなのだ。

 迫りくる脅威に対して予測し、備える。現れた脅威に対して要撃し、排撃する。

 未来を知っているかのようにではなく、あらゆる未来に備えて構える気概。強さ。それが未来視のようにも見える立ち居振る舞いの正体だった。


 天使食らいが詩織をスルーし、トーコへと襲いかかる。

 肉が別れ、コンクリートすら易々と切り裂き、抉る威力を持つ触腕が暴風の如くに振るわれた。


 トーコの瞳が見開かれる。アンナの生み出した盾が次々と破壊され、だが即座に生み出される。直接防ぐというよりは攻撃を逸らすようにして。常識はずれの攻防が詩織の目の前で行われていた。


 だが、それも長くは続かない。


 集中力には限界がある。その一方で天使食らいは文字通りの怪物。例え過集中の果てに血管がはち切れようとも気にも止めない。そもそも、この怪物に血が流れているかもわからないのだが。

 アンナの作り出す盾に一瞬の隙ができる。トーコが自らの失敗を悟り、天使食らいが勝機に気がつく。

 それと同時に、叫び声が大気を震わせた。


「トーコぉぉ!! 詩織ぃぃ!!」


 巨大な猟犬に跨った直衛がコンクリートの壁を犬に走り、跳ねさせて最短ルートを突っ切って彼女の横に着地する。


 毎日一話ずつ更新させていただきます!


 お楽しみいただけましたら是非、評価やお気に入り登録などしていただけますと人生の喜びになります!


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