第34話:つながり
「トーコちゃん、これ着てみてちょうだい!
さ、詩織も。うん、似合ってるわ!」
「ありがとうございます、おばさま」
「お母さん、その……ううん、なんでもない」
トーコは詩織と共にちょっとしたファッションショー状態になっていた。
主催は詩織の母。
詩織の説得から最初は人助け程度に思った居候だったが、トーコの身の上やその性格を知り、大切な肉親を失った彼女と自分の娘を重ねてしまう。
母親は元々、行き過ぎたといえるくらいの教育熱心者だった。
それは自らの何かのコンプレックスから来るものではなく、きわめてシンプルに、娘が生きるのに困らないためにどうすればいいのかと思ったのが始まりだった。
はじまりは愛だった。
その愛が行きすぎて、やがてテストの点数に対して執心するようになってしまったのは明確な不幸と言えるだろうが。
しかし、トーコの存在がそれを晴らした。
本当の幸せとは分かりあうべきときに分かりあうことだと。
母親は今までの教育方針を詩織に心から謝罪し、それからは人が変わったように文字通りの溺愛を始めた。
詩織だけではない。トーコに対してはまるで元からいた詩織の妹かのように扱う。
真心から来ているからこそトーコも無碍にはできない、というかその爆発的な愛情は結人を失ったトーコにとってその悲しみを思い出させないだけのパワーがあった。それがありがたかった。
夜ご飯をいただき、夜には詩織と共に勉強をしてよき時間に寝る。
明日からは直衛のところにお邪魔する。
直衛に関しての説得についてはよく通ったものだとトーコも思うが、その辺りはやはり詩織が自分をこの立場に置いたように上手く説得したのだろうと思う以外にはできなかった。
今はただ、安らぎがあった。
だからこそか。
床に着いた途端に何かを受け取る。生来のものというよりもアヴァタールとして目覚めた感覚と、新たに得た安息の地を守りたいという無意識的なものか。
眠気が去り、危機感が心中に警鐘を鳴らす。
トーコは詩織を起こさぬようにそっと立ちあがろうとする。
「トーコ」
「起こしちゃった?」
「いえ、その、同じものを感じたのかなと思いまして」
「……みたい、だね」
まるで共鳴したかのような感覚が緊急事態を知らせているというのにどこか嬉しいような。
「私、守りたいんだ。今度こそ」
「それはわたくしもです。トーコ。一緒に行きましょう。でもその前に」
「直衛に連絡だね」
0874を使って連絡をするトーコ。既読はすぐにはつかなかった。
二人分の外着を出す詩織。
いつの間にやら二人の連携は仕上がっている。
それは強い共通点があるからだ。
その共通点は、直衛に強い想いを向けているという一点に強く結びついていた。
直衛からの返信を知らせる通知が来た。それを二人は見ると、やるべきことを改めて定めて、頷きあった。
✘✘✘
◆トーコ:何か近づいてきた。詩織の家に迷惑かけられないし、打って出る。GPS付けとく。
◆トーコ:(トーコが入力中です)
◆トーコ:(トーコが入力中です)
◆トーコ:助けに来てくれるよね、王子様?
◆直衛:当たり前だ。
✘✘✘
外に出る。気配はもうすぐそこまで近づいているのが二人にはわかった。
直衛はレベリングが終われば毎度、トーコにはアンナを、詩織には別の怪異を渡し直していた。有事の際にコボルトでは太刀打ちができないからだ。
飛頭蛮との戦いでレベル──実際の世界、特に異能や超常的能力を持つ存在の言うところの霊格や魂力、存在力といったものは向上している。
ゲームで言えば時期は序盤、彼女たちのレベルは中盤に差し掛かる頃になる程度までは成長している。本来なら荒業や功徳、儀式の参加などを経てようやく少しずつ上がるそうしたものを彼女たちは一段飛ばし二段飛ばしで駆け上がった。
だが、レベルとは別の部分のもの。戦いに関しての精神の置き方、覚悟の決め方についてはどうか。
──眼前に人型の何かが現れた。かろうじて人の姿、というよりは外殻のみが人の姿と言える程度。街灯などの光に当たればそれが異形の存在であることに気がつくのは容易だった。
それはいくつもの天使をミキサーにぶち込んで、破片を飛沫で塗り固めたおぞましい肉塊だった。
平時の、あるいはかつての二人であれば声も上げられないほどに竦んだろう。しかし、今は違う。
真っ直ぐに見据えていた。
「詩織。時間を稼ごう」
「はい……!」
ごく自然にトーコが前に立つ。アンナがその背にゆらりと幻影として現れた。
詩織もまたいつでも動けるように構える。
「おお。器。器の気配を、感じる」
肉塊は蠢き、語るための器官を作り出す。不細工な音だが、それははっきりとした言語としてアウトプットされている。
「器……?」
「器。器ではないのか。その肉は。まさしく。我らが神。の。の。つわ。わ。わ? 試。す。器かを」
壊れかけた思考と音は、それとは裏腹に鋭い踏み込みを見せる。翼だった部分は変化し、糸のようにほつれたと思えば次の瞬間には骨の腕に変化して元あった両手を含めての多腕によるラッシュを仕掛ける。
トーコは応じるように前に出る。空中に盾を作り出すと多腕の連撃をことごとく防ぐ。
一撃が相当に重く鋭いのがわかる。作り出した盾が次々と破壊される。
だが、飛頭蛮との戦いにより育成が為されている彼女は盾を作り、守ることに意識を集中させるのであれば息切れはしない。いわゆるMP切れの不安はない。
もちろん一昼夜戦い続けることはできはしないが、この戦いには終了条件がある。直衛の到着だ。
それまで持てばいい。返事はあったのだ。そう長い時間は掛からない。
──アイツは絶対に来てくれる。その信頼と自信が確かにトーコにはあった。
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