第33話:天使
魔法陣が浮かび、ぬらりと現れた天使たち。
それと同時に直衛が発露させるスパルタクスとヘルハウンド。
スパルタクスの一薙ぎで顕現したての天使が二つ三つが横一文字にされて胴と泣き別れになる。
当たり前の話だが天使は人間ではない。
その上で、天使と呼ばれてはいるもののが、実態としては怪異であり、絶対者の遣わした存在などではない。
それらは偉大なる存在の、偉大なる御使いではない。だが、泣き別れた上半身が勢いを失わずに直衛へと襲いかかる。
それを文字通りヘルハウンドが食ってかかる。噛みつき。勢いを殺し、止めを刺す。
(天使をいとも簡単に)
斗坂は自分と同じ怪異を呼び出し戦わせる能力者であった直衛に驚きつつ、それ以上に天使をあっさりと片付けていく力の差に驚く。
物理攻撃に対する耐性を持たない相手となればスパルタクスの猛撃は圧倒的な戦力差を作り出していく。
(私と同様のリテイナーであるならば、その弱点を突かせていただく!)
天使たちを呼び出しながら斗坂が踏み込む。
腰からすらりと短刀を抜く。月光によって鍛えられた魔術小刀。これは肉と骨だけではなく肉体に流れているマナそのものを断ち切る力を持つ。
(ぬるっと何かを抜きやがった……! 絶対にヤバい何かだろ、コレ!)
一方の直衛は相手が何者かわからない、つまり攻略手段や情報は手持ちになくとも鍛え抜かれたゲーマーの勘が無力化されたわけではない。
召喚を得意とするものが前に出ることは多くないだろう。であるのにこの男は躊躇なく前に出て、服で隠していた短刀を取り出して踏み込んできた。
致命を取るための必死の戦術だと確信できる。
(ほいほいと死ぬわけには行かねえんだよ、こっちも──)
後ろに飛びながら手を構える。
斗坂はその動きに直衛が窮したと勝利を確信する。踏み込みをさらに鋭くしてナイフを走らせる。それと同時に、
「コボルトッ」
名を呼ぶと同時に斗坂の眼前に現れる犬頭人躯の怪異。
驚きつつもアセイミー・ナイフで切り裂く。直衛がコボルトに命じていたのはまさしくそれだった。コボルトはナイフで引き裂かれながらも斗坂の腕を掴む。
一方の斗坂もいたずらにナイフを振り回すだけの素人ではない。殺傷術を学び、更には柔術を会得しているからこそ肉の盾に対しての御し方も理解している。
だが、その一瞬の隙だけで直衛には充分だった。
「スパルタクス、やれッ」
グラディウスが振り払うようにして放たれる。斗坂は開始時点から現時点までが直衛によって制御された盤面であったことを理解するが、その答えに辿り着くためのコストとして自らの命で支払うことになった。
スパルタクスの剣が無常にも斗坂を切り払い、有り余った運動エネルギーによって壁に叩きつけられる。
「げふっ、み、見事」
それでも立ち上がり、ナイフを構えようとするが、もはや戦える状態ではない。
(ロケハンで手に入れたコボルトがいなかったら結構ヤバかったかもな)
直衛は勝利まであと一歩となったところでようやく自分の命に斗坂の刃が届きかねなかったことを理解して、どっと冷や汗と脂汗が流れた。
コボルトはトーコと詩織が経験を積むための場所を選定するためのロケハンで手に入れていた怪異だ。
この獣人以外にも幾つかの怪異を仕入れているが、どれも人面犬にも劣る戦力であるから使うことになるとは思っていなかった。
盾にして使ったのは思いつきだった。MQLではできなかった挙動と戦術。現実であればこそ可能な荒技。
「諦めろよ」
「諦める、何を、いや、どれをですかね。あるいは」
にたりと笑う斗坂が何かの会話を紡ごうとする。もしも直衛がこの世界に根差して長くこうした『世界の裏側』とも言える場所での暗闘を続けたプロであればその先にされることも予想できたかもしれない。
だが、直衛はあくまでただのゲーマーであり、起こった事象に対して何かと理由をつけて納得する許容量はあれども、予想する力とは別のものだ。
「──首輪よ、縄よ、尊厳と自由の交換のときは来たれりッ」
『あるいは』の続きは会話ではない。魔術の詠唱であった。
即座に斗坂の影が触手のように伸びた。向かう先は直衛ではなく、倒された天使たち。天使の体や影を『掴む』と飲み込む。
その状況にただ事ではないと判断した直衛は躊躇なくヘルハウンドにトドメを刺せと命じた。他者の命を奪うことに躊躇はない。
その躊躇が次にトーコや詩織の命を奪う可能性があるならば、躊躇の価値などいかほどもない。首に噛み付き骨が砕ける音が聞こえる。
だが、その生命が燃え尽きる直前に斗坂の影が蠢いた。
ごぽと音を立てて陰は膨らみ、破裂する。
ずるり。
卵殻を破るように陰を引き裂いて現れる。天使だった。いや、天使にも似た姿の何か。全身は黒く、瞳の色は死を映すような青褪めた色が発されている。
「天使食らい──」
斗坂に問うではなく、それは完全に直衛の独り言だった。影から現れたそれは翼を広げると次の瞬間には廃院から抜け出して、どこかへと飛んで行った。
いや、どこかではない。駆けた先にあるのは詩織の実家がある方角だった。嫌な予感というものは大抵当たるもの。転がった小刀を拾い、スパルタクスとヘルハウンドを自らの裡へと戻すと直衛は走り出す。
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