第32話:死ぬがよい
計画は動き出した。しかし、戻ってこない。共に残った数少ない同胞、片良瀬が戻らないのは何事か。
カソック姿の男──斗坂は思考する。
『断片』は見つからなかったのか。それとも見つかったが返り討ちにあったのか。
いや、あの男ほどの実力者が倒されるのは想像できない。
そもそもとして、殺すとしても片良瀬が備えた力はほとんどの力をいなすもの。
簡単に倒せるものではない。
自分も大概、他人には信じられないと言われてきた人生だが、片良瀬においてはその比ではなかろう。同じ神を奉じ、同じ教えを守る立場であっても心の底から信じることはできないのだから。
だからこそ、いつか来るかもしれない裏切りに備えて撃退の準備を考えないわけでもなかったが、そうした考えの全ては無意味だった。それほどまでに片良瀬の持つ守りは完璧だったのだ。
片良瀬との関係性はあくまで同じ信仰を持つもの。
互いに歩んできた人生を語り合うこともない。
彼らにとって過去の出来事など今の信仰において重要ではない。
だからこそ、互いの個人的なことについて何も知らない。
友人とは言えない。
知人ですらない。
だが、教義を共にする仲だ。それは一般的な友情よりもより篤く、より深い。
その深さはときに超常的な感覚をもたらすこともある。
(片良瀬が現れないことには事情があろう。そして、私にはわかる。
彼だ。この青年と片良瀬の間に何かがあった。その波及結果が片良瀬が来ないことに繋がっている)
正確な推理など必要ない。直感あるべし。そしてそれは正答である。
(器は手に入ったのか。それとも問題があったのかもわからぬ。となれば、私が実行しようとした祭祀の笛の獲得も意味があるかもわからないが)
直感とは閃きである。
ある神学者は閃きは神託であり、閃きの存在こそが神の実存証明だと語ったものがいた。
ならば。嗚呼。この男が得た直感とは即ち──
(神は言っている。ここでこの男を逃がすべきではないと)
術式を練り上げる。
身体中に刻んだ回路が起動し、もちえる全ての力に心血を注ぐ。
(直感が告げている。目的に至るべき道は潰えていないのだと。
ならば、この身の全てをかけてでも。魂の一片すらも捧げることになろうとも、勝利を志向しよう。
どうあれ、片良瀬と戦い、生き延びたというのなら彼の実力は透けて見える。全てを賭けねば敗北は必至)
周囲に魔法陣が浮かび上がる。肉体に刻まれた術式とそれを現世に反映するための回路が映し出す幻影。多くのオカルティストが基本の術として備えていた召喚術、その変異種。
「──つまりは、あなたには死んでいただきたい」
魔法陣からぬるりと現れるものたちがいた。
それは先ほど直衛が倒した天使たちであった。
✘✘✘
この状況で冷静と混乱のはざまにいたのは斗坂だけではない。
直衛も冷静に対応しているようで、追い詰められていた。
(誰だ、このオッサンは。片良瀬のお仲間って服装だが、アイツは様子のおかしい単独宗教野郎だったはず。作品中で誰かと協働しているシーンも戦闘もない)
思考を巡らせる。
(読本なんかにも仲間の記述はなかったはずだ。だとしたら、こいつはなんだ?
自然発生した不審者か?
……いや、自然発生はありえない。この世界が連綿と続いているものであれば、ぽっと出のオレ一人の行動で世界に変異があるわけがない。
そうだ。こいつは元々いた。だが、インゲームには存在しない。あるいはしていたが、事情があって実装はされていない)
ヒントを探る。
脳内の検索範囲を広げた。対象は片良瀬だけではない。たとえば、そうだ、この場所ならどうか。MQLのヒント機能にはありとあらゆるヒントやTipsという名のフレーバーテキストが用意されている。
(『棄翼の廃院にはかつて複数の神学者たちが詰めていた。そのほとんどは自らの思考の結論に絶望して命を捨てたが、その死を乗り越えたものがいた。かつて席が埋まっていた円卓に座するのは三つの肉と十の怨念のみである』……とか、そんなだったはずだ)
覚えているのは単純に直衛が病的なMQLオタクだからというのもあるが、大抵のユニークエネミーの出現の、ヒントとしてフレーバーテキストが関係している。
天使の出現条件には特定の時間やら、その代わりにアイテムの並び順で表現するなどが答えにされる。
今回であればここに来るべき時間については円卓をアナログ時計になぞらえたものに従う、などだ。この出現のための謎解きに参加していたからこそ直衛はフレーバーテキストを記憶していた。
(『三つの肉』についてのフレバーテキストは片良瀬のドロップ品にも記述されていなかったか?)
今回は残念ながらそのドロップ品は手に入らずということもあって、すっかりと記憶から抜け落ちていた。
『この教義を信じるものは彼のみではなかった。
神を愛するがゆえにその側にあることを望み、ほとんどは地上から去った。
残されたものたちは神の存在を人々に知らしめるために行動する。
あなたが手に入れたこの書物には活動の記録が事細かに書かれている。だが、正気ではないものの文字を解読することは難しく、それができたとしても理解できる内容でもないのだろう』
その全文をまるまる思い出すことはできなかったものの、『残されたもの』つまりは片良瀬一人を指すのではなく、『残されたものたち』と片良瀬以外を示唆するような書き方がされていたことだけはうっすらと覚えていた。
それが急に意識へと浮上する。
(クソッ。やっぱこの世界はしっかりと実存しているってことか。フレテキはただのオマケなんかじゃないのを目の当たりにするとは)
警戒を強める。
状況が状況でなければ笑いが漏れていただろう。
この世界の実存性をまた一つ知れたのだから。
ただ、現状ではそうはならない。片良瀬は結人を殺した人間であり、目の前の男は片良瀬の仲間であろうことが暫定的にわかっている。
ならば、やるべきことは一つ。
「──つまりは、あなたには死んでいただきたい」
斗坂が言葉を吐き、
「奇遇だな。オレも同じことを言おうとしてたんだ」
直衛もまたそれに応じた。
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