第31話:上から目線のイヤなヤツ
「お見事です。あの天使は特別なものだったはずですが、若人があそこまで見事な勝利を掴めるとは、未来は明るい」
男の声。
やや渋みがかったそれは聞き取りやすいもの。
だが、オレの知らない人物だ。
この廃教会に住んでいる人間はおらず、管理者もいない。それゆえの『廃院』。
しかし、その声はオレ同様の闖入者であるとは思えない落ちつきぶりだった。
時間と施設の暗がりによってその姿はまだ見えていない。
「お褒めいただき嬉しい限りだ」
ま、褒められたからには返礼はするさ。
「で、どこのどなた様だ?
この場所には関係者なんていなかったはずだが」
「おや、この土地にお詳しいのですかな」
藪蛇だったか。
「ま、事情通ってとこさ」
「お若いのに、なんとも。情報に対して勤勉なのも素晴らしい。
だがやはり、何よりもその手並み。どこで学んだのですかな。あの天使をそこまで見事に撃退するとなれば相応の経験がなければ難しいとも思いますが」
いやあ、経験ばかりはね。そりゃあ多いよ。
この人生じゃないところで散々狩ったからな。けど、そういうことを言ったところで意味もない。この会話を適当に切り上げない理由もある。
表から裏まで目を皿にして、舐め回すように見回したオレが知らない人物。
それも怪異──彼の言うところの天使を目撃し、同様もない。解体の手並みを誉める余裕すらある。明らかにあっち側、いや、戦う力がオレと同じ領域だってならこっち側か? ……そんな細かいことはどっちでもいいか。
とにかく、ご同輩である可能性が高い。
問題なのはオレが知らないってことだ。
片良瀬のときもそうだったが、オレが知らない挙動をするヤツってのはそれだけで脅威だ。
なにせ運命の導きと言うべきか、主人公補正というべきか、そういったものはオレには与えられていない。怪異ひしめくこの世界で凡人のオレがやっていけているのはこの世界の誰よりこの世界に精通しているという自信あってのもの。
それが崩されてしまえば、オレのアドバンテージはない。年齢相応の凡人。あるいはそれ未満のヘッポコ。それがオレだ。
ただ、アドバンテージを失ったから諦めて逃げ帰るなんてことはできない。
結人を失った以上、オレはもう逃げる選択肢はない。
主人公補正があるであろう存在があっさり死ぬなら、他のみんなだって条件が同じ。
想いを通じてしまった二人の少女。守れなかった結人。
それらを無為にできやしない。
となれば、こいつから可能な限り情報を引っ張って、敵であれば相応の対応をする。
……勿論、この怪しげな状況ではあるが案外味方だったり中立だったりしないものかと願ってもいる。だから無用な敵対的な反応はしないように心がける。
「こんなところでこんな時間に、アンタこそどんなご用件でいらっしゃるんだ。
関係者でもないなら、どうして。見たところ廃墟に住んでいるって身なりでもない」
「友人との待ち合わせでしてね」
「こんなところで?」
「ええ、こんなところで、ですよ」
話しながら姿を注視する。ゆっくりとこちらへと歩いてくるのが見えた。月光によって透かされたステンドグラス。その明かりが声の主を照らす。
壮年の男。声の感じに似合う痩躯で整った顔立ち。引っかかるものはある。顔立ちについてではない。外見に似ているものが引っかかった。片良瀬だ。自家中毒の二つ名を持つあの男は妙な宗教を奉じていた。
この教会のものともまた違うホーリーシンボルを持ち、質素ながらも特徴的なデザインを取り入れたカソックを纏ったあの男と同じ服装をしていた。
観察していたのが露見してしまった。あんまり人をジロジロ見るもんじゃないって教えられているはずなのにな。失敬失敬。
……と、謝って許してもらえる雰囲気ではない。
「何か、お考えのようですが」
「あー……」
「いえ、無理にお話ししていただかなくとも大丈夫ですよ」
「そりゃあ助か」
「むしろ下手に自我などあれば人間というものはあっさりと嘘を吐く。愚かなものです。神は虚偽を禁止している。正しきことを求めている。真実を。そしてその真実は夜と闇の帳の中にしか存在しない。深き眠りの淵で見る夢こそが一矢纏わぬ真実であるように、自我なき魂こそが至上の無垢」
多弁だ。
ほとんどオレの耳には右から左に通過していって何も残らない。
「つまりは、あなたには死んでいただきたい」
結論は出た。
残念。中立中庸ではなかった。
その結論からわかることは明確。
味方でもない。
様子のおかしい男だった。
オレの十八番の多弁さはコイツに取られてしまった。
それならこっちはシンプルに答えを出すとしよう。
つまりは、こいつはオレの敵だ。
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