第30話:巡礼
狩りってのは一度倒しただけでは終わらない。
手順を踏んで再登場願う。
そして戦ってもらう。この繰り返し。
二人には元々備えていた幻影ではないものを使ってもらっている。
心髄外科などと共に拾った三つの能力の一つ、『差し回し』。
自分以外の仲間に自分が使っていない怪異を渡し、使ってもらう能力。
『使う』の定義は様々だが、詩織とトーコの場合は彼女たちがアヴァタールということもあって、本来持っているものの代わりに与えられたものを使う、という方向で運用される。
渡しているのは犬鬼と呼ばれる低級怪異。
二人を戦わせるための場所決めのロケハンでは幾つかの怪異と戦って、手札に変えている。コボルトはその一匹だ。まったく特別な存在じゃない。ザコモンスターと言い換えたっていい。
なんでそんなのを渡しているかというと、理由は単純。
コイツの攻撃手段が殴ることしかないからだ。
これからの戦いを考えれば、命を奪わねばならない状況は出てくるだろう。
人間を殺せるように、というわけではない。だが、怪異のような怪物でも命を持っているかのように振る舞う連中は多い。
倒した手応えと、倒した結果見える光の粒子とその拡散を見て覚えれば下手な躊躇はなくなるだろうと考えたのだ。
複雑な能力を持たないからアヴァタールとして得た四肢に並ぶ感覚器である幻影を動かすための感覚を磨くのにはうってつけだ。
というか、現状は殆ど自分と重ねるようにして使っている。半ば生身で戦っているのに近い状態だ。
その上で躊躇はない。容赦も。
彼女たちの敢闘に負けていられない。
オレも二人がいない曜日で自主練に励む。
やはり、というか、当然というか。
夜。
MQLは作品としては学生たちによるジュブナイルを描きつつ、他作の伝奇モノの類に漏れずにバトルも楽しんでいただくってシロモノ。
学生の本文が学業……とは口が裂けてもいけないが、それでも学生生活を送るというのが重要なところ。
そうなると『伝奇』の部分は夜に任せることになる。
夜にばかり戦いが起こるのは世界観的に定められている。
昼には中天に陽光が瞬き、若き命が輝くことで自動的に邪を払う。
しかし、夕刻を過ぎ、夜陰を都市が抱えていくとそれらは消え去り、残るのは昼の光で昇華しきれなかった想念の残滓たちが意志と欲求を持って足掻き始める。
故に、夜に怪異たちは活発化する──というものだ。
効率主義の権化たるオレは飛頭蛮を狩ったりはしない。というか、詩織とトーコの戦闘結果を見るとあんな見事な収得をもたらせる気がしない。
とはいえ、高効率の人面犬、安定度のヒサルキは充分に狩った。実際的な戦闘の勘というか、ゲームの数値的な意味ではない経験値を得るためにはもう少し戦闘の種類の方を増やしておきたい。
幾つかの候補を出す。
いずれ詩織やトーコも通る道であるべきだろう。であればロケハン代わりにもなる。
そうして出した結論と、そして到着したのは郊外にある使われなくなって久しい廃教会。
白綾十字会と呼ばれる、この世界的には西側で大いに信仰されている宗教が運営していた教会だが、幾つかの不気味な事件などが起きてから縁起が悪いというのと、新しい教会が都心に作られたからという理由から廃棄されて久しい。
ゲームのロケーションとしては『棄翼の廃院』という名で登録され、その名称の中心となるのは施設の正面に置かれた片翼が砕け折れてしまっている天使の像に由来している。
名前から推察するなら砕け折れているというよりも自ら砕き折った、と解釈するべきかのかもしれないが、あいにくと天使像がオレに語りかけてくることはない。
閑静な場所、名前の象徴性、元の持ち主のバックボーンの広さなどからイベントが過密する廃教会の癖に連日大盛況などと揶揄される。
効率厨たるオレが来ているということはここには稼ぎのギミックがあるということ。
イベントに絡まれるのは厄介だが、過密スケジュールの合間を縫うように入り込めば出会えるのだ。
「Laaa...... Lhaarhhh......」
廃教会の中。
朽ち果てつつある室内とは対照的な、月の明かりを受けてステンドグラスが鮮やかな色を褪色し切ったこの場所を色付かせていた。
そして、何より鮮やかなであったのは声とも音ともつかないものを発するものの存在。
実った穂波のような黄金の長い毛髪。
目を隠すようなバンドが顔に巻かれ、それでも覚醒ない整った──整いすぎた人形めいた貌。女性的な特徴を備えながらもその肢体そのものは男女定かならないもの。
一般的にこうした存在を天使と呼ぶ。
ただ、この教会において現れるのはロケーションと同じ名前を持つもの。
つまり、棄翼の天使とも呼ばれる独自性を持つ怪異と呼ばれるもの。
人面犬やヒサルキとは違い、仲間になることはなく、ゲームシステムで担保されている合体や創造といった怪異の制作プランにおいても作り出せない特別な個体。
元々この棄翼の廃院はゲームが作り出された初期からある、一種のコンセプトアート的な場所だった。
前述したとおり、この場所の名前とその象徴性からアップデートや追加コンテンツ、ナンバリングの追加などによりイベントが詰め込まれるようになった。
だが、元々は意味ありげな場所でしかなく、何のイベントも、敵すら配置されていないのだという。そのため、とりあえず来た人がガッカリしないためにと置かれたのがこの天使。
しかし、実装されていく多数のイベントによってその場所の情報や予定が過密になっていくとむしろこの天使の登場そのものがレアになっていくという逆転現象が起きてしまったわけだ。
そもそも出現するのも月の満ち欠けとここに来るべき時間も関係していたり、キャラクターが持つマスクデータであるアライメントも影響する。
前者はしっかり見定めて、後者においては大雑把に見積もった。
もしかしたら空振りになるかと思ったがどうやらオレの目論見はスカさずに済んだようだった。
こうして出会えて何より、ってところだろう。
天使がゆらと踊るように動き、高らかな歌声を披露する。
それが空間そのものを揺らし、地面や壁に亀裂を走らせた。
音による衝撃波。
オレはそれに反応するようにスパルタクスを盾にして動く。
突如増えたもう一つの気配に天使は迷うではなくより強力で危険な気配を持つスパルタクスに意識を向ける。
だが、スパルタクスはオレの心中の意を受けて天使の『判断をする』というその動作と同時に一撃を放っていた。
巨大な砂か、あるいは塩の塊にハンマーを叩きつけたかのような音と反応。天使の体は半ばから飛ぶ。
今までは物理に対しての抵抗だの無効だのを持っていた敵が多かったが、本来的に言えばスパルタクスは序盤ではオーバースペックの存在。
防御・生存性能を持たない相手にクリーンヒットさせることができたならユニークであろうと一撃で粉砕できる。
体のほとんどをスパルタクスの持つグラディウスによる刺突で消し飛ばされた天使は幾つかのもがきこそ見せたが、やがてそれも消えた。
残ったのは紙片。
大抵のユニークは倒すことで何かしらを与えてくれる。いわゆる確定ドロップってヤツだ。大抵のユニークはその性質から一周回に一体しかいない。それゆえの唯一種である。
紙片を拾ったところで──
ぱち、ぱち、ぱち。
乾いた拍手の音が響いた。
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