第23話:彼の手料理
数日後。
約束の日になった。
名称不明炒めものを含む手料理を振る舞うその日が来たのだ。
だが、
「……遅いな」
日がゆっくりと傾き始めている。
オレは思わず独り言を呟く。
約束の時間になっても、待ち合わせ場所に来ない。
最短距離を行くねと送られてきた地図アプリのルート情報は確かに表通りではなかったが、結人も一緒であれば変な輩に絡まれることもないはず。
覚醒イベントとてまだ先だ。
それでも、何かイレギュラーがないとも限らない。
入れ違いになるのも怖いが0874で何かあったかを問うても返信はこなかったのでルートを逆打ちするように移動することにした。
そのときだった。
ゆら、と影から現れた何者かがいた。
「……ッ」
思わずオレは反応してしまった。
「おや。おやおや。どうしましたかな。体を強張らせて。それよりも重要なのは、ええ。ええ。私が見えるということは常人ではない、そういうことでしょうね」
どうしてコイツがここに。
いやさ、オレだけ納得しても仕方ねえよな。
ああ。思考整理のためにちゃんと考えるさ。愛すべき脳内視聴者のためにもな。
「いや、悪かったな。考え事していて人にぶつかりそうになったから息を呑んだだけさ」
「ぶつかりそうに? それにしては随分と距離があると思いますが」
こいつは自家中毒片良瀬。
見た目は四十代そこそこの痩躯のオッサン。髪の半分が白く、無気力に下ろされている。もう片方は黒髪でそちらはきっちりと後ろへと流されている。
見た目からしてサイケデリックだが、サイコなのは見た目だけじゃない。
片良瀬はメインルートから外れたところで出現するクエストボスだ。
元々は霊感商法だの何だので悪どく稼いでいたが、独自のやり方が運悪く『ホンモノ』のやり方になっていたせいで降霊をし、体を乗っ取られ、精神がグッチャグチャになっちまったんだとか。
グッチャグチャといっても気がどうにかなったわけじゃない。
思想や思考が別の存在と混ざった結果、人間のコイツはいなくなっただけだが、問題は──
「そんなことより、この先にオレの友達がいるんだが、アンタ知らないか」
どうしてこいつが二人が来るであろう道から歩いてきた。
偶然……と言えばそうかもしれない。そういうこともあるかもしれない。
だが、それはかつてのオレが生きていたような世界においてのみ。
ここはMQLの世界であり、MQLは犬も歩けばフラグに当たると言われる世界。
そんなところで役割持ちが歩いていれば疑わざるを得ない。特に、この先に物語の主人公とヒロインがいたかもしれないなら。
「友達。はて、……この先に、ですか」
ふむ、と悩むように。わざとらしい態度。
「この先に居られたのは偉大な神の、その肉の楔だけ。その楔には少しばかり──」
言葉の途中。
オレは即座に放った。何を? 決まっている。
「スパルタクスッ」
力ある名を呼べばふわりとオレの傍らに現れる長い髪をたなびかせる剛力の女闘士。
片手に持つグラディウスを振るう。今までのザコ狩りやレベリングとは違う。明確に殺すつもりの一撃。あとに何があろうとも構わない。
一撃が地面をえぐる。
片腕は確実に奪った。咄嗟に引いたものの、避けきれていない片良瀬。
ぼとりと腕が落ちるか、ぐちゃりとひき肉が弾け飛ぶはずだったが、
「おお。素晴らしい。平和ボケしたこの都市においてそのような蛮人めいたマネができる方がいらっしゃるとは。なんとも、素晴らしい。素晴らしい夜です」
片腕が途切れたところからもやが現れるようにして再びなくなったはずのものが復元していく。
「……霊体」
「我が身にある力を、神の御業をも存じ上げておられるのですね!」
スキル:霊体。
文字通り、肉の器から霊の肉体へと転じたことを示すもの。
見えている姿はアイツの思考が作り出した幻影か陽炎でしかない。本体とも言える部分は中核に存在するであろう魂の部分。オレの目で視認できずとも、頭か胸の辺りにそれは存在しているだろう。
「素晴らしい。そして、危険な人だッ」
くわ、と笑うようにすると同時に手を前に突き出すと固形化した魔力が吐き出されていく。
霊体を削るようにしながら飛び出したのは隼を形どったようなものだったが、鳥というよりはそれは空を跳ねる刃そのもの。路地の壁、配管、室外機が切り裂かれながら『刃』がオレへと迫った。
あっさりと死ぬわけにはいかない。
スパルタクスに防御姿勢を取らせる。耐久には自信があるぜ。
実際にその刃の嵐を過ぎ去るのを待つことができた。同時に再び踏み込ませ、切り裂こうとするが、
「霊体をどう倒すべきかを知っているような動きですね! おお、恐ろしい人だ!」
振るわれた一撃を人間的動作ではなく、まるで霧の塊が爆発するようにして消えては短い距離を転移するようにして攻撃を躱していく。時折、魂に近い部分に触れかけるが、傷一つ付けられる感触がない。
ナイトアブダクションといい、コイツといい、物理アタッカーに厳しすぎるだろう。
……そもそも、どうしてコイツが霊体なんて持っているんだ。MQLでどのモードにだって敵対したコイツが霊体を持つことはない。
あるとしたなら、特定のルートでコイツを味方にして育てた場合だ。しかし、どうして。
──育ったのか?
何かの理由で。いや、ない話じゃない。この世界が『現実』であれば自分の力を理解した奴が現状に満足せずに修行することは考えられる。
世界の一部だって、そうやってレベリングをしていたんだ。
どこかの誰かに、
『直衛くん、君は特別なんだよ』
などと言われたわけじゃない。オレが特別じゃないってなら、その可能性は十分にあり得る話だろう。
だとするなら、こいつはかなり厄介な状況になっている。
オレのメイン火力じゃこいつを突破できない。つまりどういうことかっていえば、詰み。
……な、わけがない。ナメるなよ。こちとら廃人だぜ。前の人生じゃあ何もかもを犠牲にしたって構わないとMQLにのめり込んでいたんだ。
ゆらり。
スパルタクスがゆっくりとオレの横に侍り、盾を構えるようにする。
「おや? 防戦一方に? よもや我が神の力がすぐに尽きる乾いた川のようだとでもお思いで?」
黙っていやがれ。
掌に意識を集める。スパルタクスに隠されたオレが何をしているかは見えまい。
✘✘✘
「隠れていても」
再び片良瀬が魔力を放とうとする。
それと同時にオレはスパルタクスに全力で前進せよと念じ、盾を構えて突っ走る彼女の後ろをオレも走る。
「無駄ですよッ!」
冷静であれば何かの策を疑ったかもしれないが、片良瀬は高揚していた。彼の精神を犯す何かによって熱に浮かされている。
そのうえ、力を得てからここまで、その『力』によって解決できなかったことはなにもない。
(防御が固い。『生肉用』のものでは突破できないですねえ。
どうしてかこちらの霊体を知られている。この世界には私が考えるよりも多くの力あるものがいる、ということですか。
今後はもう少し気をつけて不意打ちをしましょう。その学びがある。が、今回はその学びではない形で突破しなければ。相手がこちらの手を知っていればこそ、意外な一手というものが効くはずです)
思考を回す。
片良瀬は熱に浮かされていても、戦闘のための思考は冷やしていた。
踏み込まれた。スパルタクスが懐に入る。
何度か見せた、霊体のスキルから得られる恩恵である短距離の転移。
見せている以上は対応策を考えているのに決まっている。転移可能な距離を見切られたか。
盾による打撃はグラディウスより威力は下。霊体の効果で十分に受けきれる。
転移直後をグラディウスに狙われたときのほうが威力は上。霊体の効果で受けきってもジリ貧になりかねない。
ならば、
「千切れて収まりなさあぁい!!!」
転移ではなく攻撃を。
前に突き出していた両手を更に横へと広げる。
次にその手を閉じるように、自分を抱きしめるようにする動作を勢いよく行った。
それと殆ど同時に、魔力で象られた壷か瓶のようなものが現れる。大きさは人の上半身くらいならすっぽりと入るほどのもの。
その速度と質量が人体に当たればたとえ鋭利な断面ではないそれであっても、片良瀬の言う通りに千切ってその容器に納められてしまうだろう。千切られて生き残れる人間など存在しない。致命の一撃であった。
スパルタクスが盾と剣でそれを片方ずつ防ぐ。出力はこちらが上だ、そう言いたげに片良瀬はにたりと笑う。
だが、直衛はスパルタクスの股をスライディングでくぐり抜けるようにして不意に現れると、手に持っていた紙片を向ける。
「焼き殺せ、ヘルハウンドッ!」
紙片から黒い毛皮の犬がぬるりと現れる。
直衛が手に入れた力の一つ、雑種強勢。
所有している紙片をかけ合わせ、まったく別の怪異を作り出す力。
ヒサルキの紙片と人面犬の紙片をかけ合わせて作られたものこそがこの地獄の番犬であった。
口腔を開く。そこに赤々と燃える炎があった。
霊体による移動をする間もなくヘルハウンドと呼ばれた黒犬が吐き出した炎が片良瀬を飲み込む。
「ど、どうしてです、我が神よ! お助けにならな──ぎあああああ!!」
断末魔が響く。
それでも誰も反応しないのは、すでにここが戦いの場になって久しく、怪異と呼ばれる怪物どもが戦うための舞台として半ば異世界へと片足を突っ込んでいるからこそ他人に彼ら二人の戦いを認識できない境界へと押しやっているからであった。
だが、その空間の変化が解けない。
戦いが終われば晴れるはずのそれが消えなかった。
「おい、頼むよ」
気弱な声を上げながらスパルタクスとヘルハウンドを紙片へと戻して直衛は駆け出した。
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