第22話:鍋と三人
世間には一人鍋という文化がある。
オレはそれを寂しいものだと否定しない。
だが、オレは一人鍋をしない。
理由は単純だ。一人鍋をしようとしても鍋は鍋。あれもこれもと入れすぎる。結果事象は『作りすぎた鍋』が誕生する。そしてそれはもう一人鍋などではない。
結果、結局それらを余してカレーにする宿命のもとに生まれているからだ。
オレに鍋の才能はない。とくに一人鍋の才能は。
しかし、そうなれば鍋を作り、食べるという習慣はなくなってしまう。
だからこそ、
「いただきまーす!」
「いただきます!」
「いただきまッス」
オレを含めた三人の声。
静間家の晩御飯にお邪魔している。
鍋だ。才能なきオレが作れない、鍋。程よく煮えた白滝、豆腐。火の通った色になった肉。しんなりとした白菜。菌類についてはそもそも具合がわからない。美味しそうってことはわかるが。斜めに切った長ネギは大量。鍋スープはちゃんこ。ちゃんこ味って売ってるけどちゃんこ味って具体的になに味なんだろうな。
とにかく、言えることはただ一言。美味い。
出汁っ気の強さが後を引く。
シンプルな味だからこそ柚子胡椒だとかもみじおろしだとかのサイドプランが光り輝く。
「うまっ」
「下地は市販のスープだけど、味の調整と完成は結人のお手柄だよ」
「料理 はふっ できん はふっ だな! もぐっ」
「食べてからでいいよ、直衛」
「もぐもぐ。……ごめんごめん」
「でも、そんな勢いで食べてくれるのは嬉しいな。俺は食が太い方じゃないし、トーコも節制しがちだしね」
「食うのは得意だからさあ。つっても自分のために作る料理ってなるとどうしてもなあ」
「へえ、どんなのを?」
「いやあ、名前のない料理だよ。こう、冷蔵庫に入っている何かの切れっ端を集めて甘辛くして炒める。とりあえず濃くて、米が進むやつ。炒め物って大雑把な括りで語られるアレ。……結人はそんな雑なメシ作る感じじゃないよな」
実際に静間家はインテリアから食器から何から何まで雑誌にできるくらいには丁寧な暮らしって感じが空間を満たしている。
極めて雑で空っぽな生活とその空間になっている我が家とは異なるものであった。
文字通り住む世界が違う。『? 名称不明の炒め物』を作るわけがない。
「でも、食べてみたいな」
「私も!」
「というわけだから、また近々来てよ。次は直衛がご飯を作ってほしいな」
こうして約束を取り付けて気兼ねなく足を向けさせようとしてくれる。
どれだけ優しいんだ、この兄妹。
「おいおい、そんな言い方されると柚子胡椒が目に染みちまうよ」
「半液体半個体なものを目に入れるのはマズいよ」
「流石に泣くだけじゃすまないか。……っと、それじゃ、またお邪魔して今度はオレの得意料理で勝負させてもらう。
が、今は」
と、いい感じに煮えている肉を掴む。
「腹一杯にならせていただきますッ!!」
丁寧な暮らしの丁寧な鍋。こんなものオレの生活では得られない。
今こそ、腹をパンパンにするべき刻──……。
✘✘✘
三人で、それも食い盛りの男子込みでの加減がわからずやや作りすぎたかもと兄妹は思っていたが、うまいうまいと食べ続けた直衛によって綺麗に完食された。
それに気をよくしたのもあるが、元々騒がしいタイプではない二人だからこそよく喋り、場も回してくれる直衛との夕食は楽しい時間となり、ついつい『次』を求めてしまったのは結人一人の感性ではない。
トーコもまた、それを望んでいた。
「楽しかったね」
ふっと結人が口にした。
「うん、久しぶり、っていうか、初めてだったかも。パパやママがいてもやっぱりあんなに派手にはならないもんね」
「確かに」と同意しながら、結人は『作らせた分、片付けで働かせてくれ』と申し出た直衛に任せて綺麗にされた食器やキッチンを見て頷く。
普段は甲斐甲斐しくするタイプの結人だからこそ、他者に甲斐甲斐しくされることに案外弱いということを当人は自覚していない。
妹はそんな兄の心情を理解し、自分が好きになった人間を好きになってくれていることを嬉しく思っていた。
「炒め物楽しみだね」
「でも食材買ってくることになるだろうし、そうなると自然とレシピが出来上がるわけで、直衛の言うところの名称不明炒め物にはならないって矛盾が悩ましい……」
「かといってウチって余り物って出ないもんね」
「そうなんだよなあ」
使う分だけを買いにしっかり使い切る。
余るときは翌日用の作りおきにするためにそのまま調理続行してしまうこともしばしばある。
そのため、冷蔵庫には余った食材という概念が存在しない。
そういう点からも名称不明炒め物に好奇心が向けられていた。
◆直衛:無事帰宅しました。
ベルがなり、通知を知らせる。
メッセージと共に敬礼している妙なマスコットのスタンプが一緒に送られている。
直衛と結人、トーコが入っている三人のチャットルームに知らされていた。
二人は顔を見合わせてからそれぞれスマホを手に取って、
◆トーコ:今日はありがとう。楽しかった!
◆結人:次も楽しみにしてるよ。来てくれてありがとうね。
◆直衛:こちらこそ。
◆直衛:……ところでさ。ちょっと思ったんだけど、静間家の冷蔵庫に余り物の概念って……あるの?
再び顔を見合わせてから少し笑ってしまう。
直衛も同じことを考えていたのか、と。妙なシンパシーがそこはかとなく二人とも嬉しかった。
◆直衛:今度は二人がオレの家に来てくれよ。
◆直衛:あ!
◆直衛:余り物を食わせてやるぜって意味じゃなくってね!?
◆直衛:でも余り物ではないにしろ、リアルな名称不明炒め物をお披露目するためにはやっぱり使い慣れた鍋と乱暴に扱えるキッチンと雑な味の調味料が揃ってた方が、さ。
と、矢継ぎ早に連絡が来た。
どうする、と結人を見やるトーコ。
結人は頷いてから、
◆結人:うん。お邪魔したいな。
◆トーコ:いつにする?
◆直衛:それじゃ、次の金曜か土曜かでどう? 予定埋まってる?
◆結人:空いてるよ。
◆トーコ:私も!
そうして、予定が埋まった。
兄妹にとって、これほど早く距離を詰められるのも、これほど早く距離を詰めたくなることも稀であったからこそ、直衛との連絡は刺激的で楽しいものであった。
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