第21話:まだデートじゃない
刺激的な経験だった、と総評で言えばそうだろう。
確かに私は──静間トーコは他人と異なる特徴を備えて生まれた自覚はある。
左右で色の異なるオッドアイをはじめとして、出来過ぎた兄や、人に褒められる程度には整った外見。そうしたものはあった。だからと言って自分が特別な人間であるとまでは思っていなかった。
あの日、私のコンプレックスだったオッドアイを綺麗だと褒めてくれた直衛。夜に出会ったのは偶然というには運命的なものだった。
私は確かにその遭遇に喜んだ。
けれど、そのあとに遭ったことは諸手をあげて喜べるようなものではなかった。この国で生きている限り早々感じることのない敵意、殺意、危機、臨死の空気。それらが私を襲っていた。
裡なる声が望みのままに力を使えと目覚めた。
それでも勝利して生き延びることができたのは私よりも先に不思議な力を得ていた直衛がいたからだ。
夜。
自室の机に向き合っていた。予習や復習は既に終わらせている。手を見る。
少し意識を向ければふわりとあの日、アンナと名乗った影がゆらりと現れる。
対話ができるわけではない。
彼女曰く、自分の心の、その表象であるという。
消しゴムを取り、ぽいっと投げる。盾を想像し、落下地点に作ろうとすればその通りになった。跳ねた消しゴムをさらに高い位置で盾を作り出し、バレーボールか何かのようにそれを盾でトスしあう。
力。
何かの物語であればこういう力は大きな目的や、大義、運命といったものを目指して扱うべきものだろう。決して消しゴムで手遊びするためのものではない。
けれど、私にはそういう理由はない。
重ねていうが、私は特別ではないし、恵まれている自覚がある。
大切な人間を奪われ復讐に囚われているような人間でもなければ、代々で倒さねばならない仇敵がいるわけでもない。
両親は国外で仕事をしている。……血の繋がっている両親は、既にこの世にはないが、私にとっての両親とは養育してくれた二人のことだ。
その二人は今も週一で結人を交えてビデオ通話をする。
だから、私はこの力の使途がない。
けれど、あの日に戦い、勝利をもたらしてくれた直衛はどうだろう。
ちらりとスマホを見る。
連絡先は交換しているし、それほどの頻度ではないにしろちょっとした雑談はする。
それでも、あの夜からはしていない。まあ、そりゃあまだそれほど時間は経っていないけど。
この連休、やるべきことはない。
──……直衛はどうだろう。
◆トーコ:急な話だけどさ、
前振りとして、軽く区切った言葉。
直衛はすぐにというか、律儀に、
◆直衛:うん。
返事をくれる。
顔こそみんなに怖がられることもあるが、内面は別だ。几帳面で律儀で、……優しいやつ。
◆トーコ:明日、時間もらえないかな。
◆直衛:いいよ。いつでも。
◆トーコ:それじゃあ、
あっさりと待ち合わせをしてしまう。
昼過ぎ、おやつどきの少し前に学内の喫茶店で待ち合わせをした。
休みであろうと、喫茶店をはじめとした商業的なエリアは動いている。学校も学校で休日であっても何かしらの理由で登校する生徒は多いからだ。
◆直衛:それじゃ、明日!
◆トーコ:ありがと。おやすみ。
会話を区切る。
そこでふっと、思ってしまう。
はじめて自分から男の子と休みに会うような約束をした。
それを自覚すると顔が少し暑くなる。
……私は、取り立てて特別な人間じゃない。好きな子を誘ったらドキドキするのだって、特別じゃない、普通のことだよね。
✘✘✘
我が世の春が来たのかって錯覚するぜ。
昨日は詩織。今日はトーコ。
連日で美少女をお目に掛かれるなんて、ハッピーなことこの上ない。
……と、前向きな気持ちになれているんだからまずは詩織に感謝しないとな。
学校は休日であろうと関係なくやっている。
幼稚園から大学院まで一揃いのマンモスエスカレーター学園だからこそ、どこかしらは動いている。
高等部が休みでも、大学のどこぞの学部が何かしらのイベントをやったりすれば平日並か学生ではない客層だからこその売り上げになるとなれば当然だろう。
◆トーコ:この辺りで待ってるね。
写真付きで送られてきた場所は結人と共に歩いた場所だったので記憶にも新しい。
そこまで向かえば相手も気がついたのか、
「おーい!」
と手を振ってくれる。
私服だ。膝上くらいまでの丈のパーカー。黒いタイツが細い足を強調している。
スニーカーはヒールのような形状を取っている個性的なものだった。活発で明るく、どこか個性的なトーコに似合っている服装というのが端的な感想になる。
「悪い悪い、遅れちまったよ」
「五分前に来て、遅れたなんて変な話だって」
ころころと笑いながら。
長時間待たせたわけではないならよかった。
とりあえず適当に入れそうな喫茶店を探し、入ることに。
「急に誘ってごめんね」
「家にいたってゴロゴロしてるさせるかだけだったし、出かける理由作ってくれて助かったよ」
チャート作りでゴロゴロするか、怪異探して(怪異の死体を)ゴロゴロさせるかしかないかなかった。
今後を考えれば、どちらも大切なことではあるがあの日の夜のことも近々話さねばならないとは思っていたのでトーコのお誘いは渡りに船と言えた。
「普通のデートのお誘い、ってわけじゃないよな」
「普通にデートのお誘いのほうがやっぱ嬉しい?」
意地悪な笑みを浮かべるトーコ。
「その質問は狡いだろ」
「ごめんごめん。……まあ、でも、そう。デートじゃなくって」
「夜のことだよな」
「うん」
そう頷いてから、彼女は、
「……あれは何? 私は何を得たの? 私はこれから、どうなるの?」
矢継ぎ早に問いかけられた。
そりゃそうだ。あんな経験したら誰だってそう聞きたくもなるだろう。
あの夜でオレは明らかに『この状況に対しての何かしらの答えを持っている人間』にしか見えなかったからな。
これが物語であればオレにはご大層な目的や大義、もしかしたら正義だとかもあるような存在だったかもしれない。いわゆる主人公であったのかもしれない。
だが、実際には違う。
オレが一番聞きたい立場だと声を大にして言える。オレは誰で、ここは本当にどこなんだ。
だが、問題はそこに適応してもいいやと思っているところかもだが。
以前のオレが叫んでいることは取り残したトロフィーの獲得。
今のオレは死んで消えたくない。
この二つこそがオレをオレとして支えている要素。
しかし、だ。
詩織を引き入れた以上、もうオレはトロフィーばかりを見てられない。トロフィー狙いをして彼女が倒れるのなんて見たらどうにかなるだろう。
だったら、オレがやるべきことは決まっている。
オレはこの世界で大好きな連中をなんとしてでも助ける。それを目指すってことはバッドエンドを回避し続けるってこと。それがオレにとっての純愛の形と表現できるだろう。
つまり、もう一つの目的である『トロフィー獲得』とその条件から真っ向から対立することになる。
何せトロフィーを得るためには誰かが闇堕ちした後の世界をどうにかするってのが条件だからだ。
でも、それだとしても構わない。
今、目の前で不安げにしているトーコを、オレだけの欲求で不幸になんてなってもらいたくない。
「トーコ。オレも何もかもを知っているわけじゃない。そして、オレは正義の味方や大義の中核でもなければ、宿命と運命に導かれた主人公ってポジションでもないんだ」
お前の兄ちゃんはそうだけど、ということは伏せる。
「でも、直衛は」
「戦えているのは何故、ってことか」
こくんと頷く。
この世界はゲーム瓜二つの現実で、オレはその世界を知っているから。知っているどころか廃プレイヤーだったから。ということも伏せる。
ルールを知っているから、抜け穴を知っているから、テクを知っているから。
そんなことを相手が聞きたいわけでもないのはわかる。わかってる。
「こうなることをなんなく予期していたから」
「こうなることって、戦わないとならないことを?」
「ああ。それで、オレが守りたいって思えたことを貫くために戦っていた」
「それって」
「オレはトーコを守りたい」
格好つけすぎか。
いやさ、トーコだけじゃない。詩織も。結人も。登場していない他の奴らもみんな守りたい。
けど、彼女に伝えるべきことはとどのつまり、
「私を……?」
「ああ。守りたいから、戦えるようになった」
「そ、それってさあ。なに? 白馬の王子様じゃないんだから」
ふにゃふにゃとした表情をなんとか隠そうとしている。かわいいやつめ。
けど、かわいいトーコを観察しているばかりでもいられない。
「白馬の王子様だったら良かったんだけどな」
そう区切る。
「オレはお話に出てくる王子様ほどの活躍はできそうにない。それに王子様って顔でもないだろ?」
「ぷっ、あはは。人の瞳のことを褒めておいて自分には自信ないの?
私はいいと思うよ、直衛の顔」
「よせやい。照れて話の続きができなくなるだろ。……ンンッ。とにかく、オレはそういう意味で万能じゃない、ってのはトーコもわかってるだろ。
あの夜に戦った相手、オレは一蹴できなかった。
そして、ああいうヤバい連中がゴロゴロしている世界なんだ。オレは守りたい人を守りたい。けど、オレ一人じゃ限界がある。だから」
「私が手伝えばすこしは好転する?」
「ああ。間違いなく」
それに関してはオレの中ではよくよく理解できている。なにせ彼女はMQL初期作において無法とまで言われたデータの持ち主の一人だ。
備えられたデータをそのまま戦闘に関わる才能だとするなら、彼女は天才のたぐいだと言って過言ではないだろう。
重要なことは彼女のその才能をどれほど早く開花させられるかになる。
「ねえ、直衛。それじゃあさ。またあの夜みたいな戦いがあるなら、私も連れて行って。いきなり戦いになって混乱はしたけど、慣れていけばきっと……役に立ってみせるから」
彼女はまっすぐにオレを見る。
双眸で異なる色の瞳は圧力ではない、しかし確かな説得力があった。そこに苦しさや怖さはない。
「わかった。けど、オレはスパルタだぜ」
「呼んでいたあの人もスパルタって言ってたもんね」
「あー……えーっと、アレはな」
と言ったところでちょうどいい。彼女にもある程度の説明はしておくべきだろう。
つまりは彼女が扱う、自分の半身として呼び出す影のような存在を『アヴァタール』と呼ぶ。
オレはカードを使い、使役する。この使役される存在は『リテイナー』と呼ぶ。
同じように見て結構違う。
アヴァタールは一人一つしか操れないが、リテイナーは才能次第で複数を同時に呼び出すことができる。ただ、アヴァタールは呼び出したものとの密接な繋がりがある。
この世界にとって怪異やそれに伴う存在は『異物』だ。異物は基本的に希釈され消されるようになっているのが世界のルール。幽霊だとかが見えたり見えなかったりするのはこの希釈効果によるもの。
リテイナーも同様で、呼び出したとしても本来備えているであろう力のほとんどは発揮できない。限定された能力で戦わせることになる。
だが、アヴァタールはその本体は当人、つまりはこの世界の住人であり、そうなれば異物ではない。だからこそアヴァタールはリテイナーを凌ぐ強力な力で暴れ回ることができる。
質か数か、って話と考えてもいい。
などと話していると夕方になっていく。
流石にそろそろ家に帰さないとだ。
「送っていくよ」
「ん。……ありがと」
そういえば、と立ち上がった彼女が、
「直衛って実家住み?」
「いんや、一人暮らしだよ」
「それじゃあさ、晩御飯ウチで食べてきなよ。結人も会いたがってるだろうし」
「いやあ、それは悪いよ。うん。団欒を邪魔するなんてなあ。食材費はオレが出すよ」
「本音漏れてるけど」
「やべっ」
「あははっ。じゃ、食材費は折半ってことで!」
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