第20話:グボーイ
彼女にお願いしたことは、また戦いになったときに力を貸してくれ、というもの。
戦闘に適していないレベルのキャラをどうやってルナティックという悪夢めいた戦いで役割を持たせるかについての経験と算段がある。
彼女を家の近くまで送るときに、それとなくだが、
「制服じゃない服もいいね。オレがへばってなけりゃデートでじっくり見たかった」
と言っておいた。
実際、詩織の服装は彼女らしいフェミニンさと、知性の両方をしっかりと感じさせるものだった。
年齢相応ではない、どこか大人びた雰囲気も彼女の内面の危うさを感じさせてとってもグッド。
オレの言葉に服装の印象とは裏腹に年齢相応に照れた表情を見せてくれた。
心のトロフィーが右下に獲得したことを知らせているようだぜ。
帰り道には他にも趣味だのなんだのの話をした、というよりもうまく誘導された感じだ。尋問テクニックというかなんというか。交渉術ってやつなのか。
オレの趣味は何かと言われればMQL一本槍にならざるを得ないが、こうした会話でMQLの話ができるわけもない。
そうなれば一般的オタクボーイであるオレが出せるネタはマンガ、ノベル、アニメという具合になってくる。
最近読んだものの話などをしているうちに彼女の見送りが終わってしまい、彼女は会話の中で出た作品を読んでみますと社交辞令的に返し、別れる。
暗澹荒涼とした気持ちは彼女のお陰で嘘のように消し飛んだ。もしかしたならマンガだのの話も雑念を別の思考で埋めるために持ち出してくれたのかもしれない。
ともかく、見送ったオレはそのまま次にやるべきことを行動する。
道は定まった。
他人を巻き添えにすることを決めて、覚悟ができた。
このまま何もしなくたって主演も助演も、この残酷な舞台の上で踊らされるんだ。
舞台の配役外として好き勝手に踊らせてもらうぜ。
家に戻り、大急ぎで攻略チャートを見直す。
ある程度見直したあとは夜のうちからレベリングも続けて行おう。
手元にあるスパルタクス、人面犬のカードだけじゃあ足りない。あと一枚がどうしても欲しい。
人面犬以外で手頃な相手を探す。
場所は郊外。夜の緑道ってのはどうにも不気味だ。だが、それがいい。
〝ゴリュ ギギリ バキッ〟
何かを砕くような音。
早速、目当てのものとエンカウントできた。
闇の中であればこそ、赤く光る瞳が確認できた。
目を凝らせばそこには血溜まり。そして横たわるのは首輪がついていない犬。はらわたが抉り取られ、捕食されていた。
食事中のそれは一言で言えば猿のようなもの。
ただ、まるで出来の悪いぬいぐるみのように、立体感がないというか、中身のないような姿に見えた。
ヒサルキ。
都市伝説の一つ。
言葉を語らず、何を目的ともわからず、狩猟者として動く臓物なき猿として描かれることもある怪異。
にたり、と明らかな笑みを見せた。
より大きな獲物が来た、と言いたげに。
皮だけの猿が、まるで中に別のものがいて、それが動かしているかのような不格好で不器用な動きを見せる。
「小手調べからだな。付き合ってくれよ、ヒサルキくん」
手をそっと手を開くようにして念じ、求めれば紙片が現れた。
「来い、人面犬」
呼べばそのカードは光の帯となって解け、オレの影へと溶け込み、それを水面のようにして揺らして現れる。
「ぷふあ」
四足獣が現れる。
胴体は犬。顔は人間。
ドロップした個体がそのまま姿に反映されるようで、現れたのは(どちらかといえば)女性的な顔をした人面犬である。
まあ、女の子……といっても……ぐぱっと真ん中あたりから放射状に開くから、人間の顔ってのはカモフラージュでしかないんだけど。
人面犬もアピールなのか顔面をくぱくぱと開き、食虫植物めいた外見を見せつけていた。
外見については今はいい。やるべきことを実行しよう。
オレは念じる。いや、操作をイメージする。
『左に進め、ステップしろ、ヒサルキの引き裂くような動作を避けたらすぐに噛みつけ』
と次々に操作を想像する。
人面犬はまるでラジコンのようにオレの意志を受けて動く。
ヒサルキの片腕が人面犬の顔面全体の捕食器官によって食いちぎられた。
「ぷふあ ぷふぁ ぱふぁ」
肉を味わうようにして動くが、すぐに吐き出す。
MQLにおけるヒサルキは皮を動かす不気味な存在。猿の姿をとっているのも、その皮を利用しているに過ぎない。
人面犬が餌だとして食らいついても食いでのない皮だけ。
だが、
「ぷふあ……すぁ ぷふふぁ」
まるで警察犬のように捕食器官を蠢かせ、再び構えを取る。
『食えるものはまだある。そこにある』
皮の中の、ヒサルキ本体を見抜いたように。
一方のヒサルキも操るべき腕がなくなったが、転がっていた犬を掴むとぐじゅるぐじゅると音を立てて自らの腕だった部分に接続し直した。
第二ラウンドになるなら、試したいもう一つもやっておくか。
「人面犬、ガンガン行ってやれ!!」
「ぷふぁあ」
その声に距離を読むことも、動きを見ることもしない。
狩猟に手慣れた獅子のように駆け出す。
ヒサルキが接いだ犬によって拳のように振るい、牙ががちがちとそこかしこを噛もうと動き、爪が瞬発的に伸びて切り裂かんと振り回す。だが、そのいずれもが人面犬に届くことはない。
飛びかかり、避けて、更に四角に入り込む。
次の瞬間。
「ぷふぁ」
大口を開けた人面犬の口がぶちりとヒサルキの上半身をちぎり取った。
〝ごりり〟
〝ごじゅ〟
〝ぶしゅ〟
先ほどとは違う、生々しい咀嚼音が響いた。
それはヒサルキの『中身』が人面犬によって食いちぎられ、怪異から餌に堕ちた瞬間であった。
最初に行ったことは使役する怪異をオレはどう操るのかのテスト。
まるでコントローラーで操作するようなイメージで動かそうとすれば、実際に人面犬を求めるように操れた。
次に行ったことは命令だ。
オレの脳は一般人とさして変わりゃしない。天才でもなければ思考を分割して二人分の働きをできるわけでもない。
そうなれば使役するべき怪異が増えたとき、オレ一人じゃ操作できない。誰かが担当する必要がある。
で、誰かって誰だ? って話だが、その誰かを被使役怪異にすればいい。
こちらも目論見通り、命令を飛ばすだけで戦闘を行ってくれた。
確認したいことが二つともできた。
ヒサルキだったパーツを見る。
「ドロップ無しか」
「ぷふ ぷふぁあ ぷっ」
人面犬が何かを吐き出す。
淡く輝くもの。
「うおっ」
思わず声を漏らして近づく。
カードだ。
どうやらこれも人面犬にとって食べるべきでないものと認識しているらしい。
とんだインテリジェンス&ラッキードッグだぜ。
「よくやった、グッボーイ、グッボーイ! いや、メスなのか……? グッガール、グッガール!」
この顔面はチョウチンアンコウの提灯みたいなものだろう。なのでここを撫でることに意味があるかはわからない。
わからないが、オレの意図が伝わると祈ってとりあえず頭に見える部位を撫でて褒めてやることにした。
ともかく、こうして狩猟の夜は更けていく。
経験値バーだとか、次のレベルまで幾つだとか、リザルト画面があるわけじゃないので狩り甲斐は薄いものの、まだまだ夜は長い。
次のヒサルキを探して緑道を進むことにしよう。
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