第19話:脳内リスナーへ告ぐ
スパルタクス。
刑死者。
本編においても使用には特別な条件がある存在だった。
詩織の救出を完了し、さらに好感度を高めて、特定のイベントを踏んだ後に彼女から告白を受ける。
付き合うかどうかは関係なく、そのときに渡される記念品を怪異を作成する場所で消費することでスパルタクスを呼び出し、使役できるようになる。
と、ここまで説明しておいてスパルタクス自身はあんまり関係ない。
重要なのはスパルタクスの相が刑死者であるということ。相ってのはアルカナに根差したものだそうだが、説明がこれ以上それるのも困るのでここでは置いておく。すまんな、脳内視聴者よ。
刑死者、吊るされた男、ハングドマン。人によって呼び方は様々だろうが、MQLの作法に則って刑死者と呼ぶ。
その刑死者にカテゴライズされる怪異たちは一定の法則がある。
背反する何かに迫られている。なんらかの状況によって縛られている。苦難に耐え続ける。そして、高位の刑死者となれば死と再生を司る神格に至るものもある。
つまり、辛い状況に耐えるタフなヤツら。
それが刑死者である。
ゲーム的には味方の盾になるタンク、最後まで戦線を維持するフロントロー。ラインマン。食いしばれるヤツ。気合の入っているタスキの持ち主。とにかくまあ、そういうの。
とにかく耐える。中には耐えつつ自己治癒するものもいる。それで更に耐える。倒れない前衛担当。
それが刑死者だ。
MQLにおいて、この相というのは適当に割り振られているわけではない。
キャラクターの個性に合わせて持っている。
詩織であれば、親と自分、勉学と自由、束縛と青春、そういった二極の間で揉まれていることに起因している。
スパルタクスは刑死者である。先ほど語った通り、頑丈で耐える。癒える。立っている。そうした性能を備える。
詩織も刑死者である。つまり、そういうことだ。MQLにおいての相の影響や方向性、性能は怪異に留まらない。ただ、一般人が怪異と同じようにカテゴリごとの力を得ることは稀ではあるが。
だが、彼女はもう一般人ではない。
その上でMQLで人気があるからこそルートを与えられた特別な子である。
製作陣の愛が注がれた彼女だからこそ、一般人なわけがなかった。
心髄外科によって刑死者スパルタクスは切り離したが、彼女が刑死者であることは変わらない。そして、彼女自身の力の覚醒により刑死者としての力を得るに至ってしまっている。
それが彼女の体から傷を消した理由であろう。
オレはそう推察できた。
……できたけどさあ。
どうやって説明するべきなんだろうな。
✘✘✘
「少年期特有の妄想の悪化した結果に聞こえるかもしれないけど」
「私はあなたを信じています」
「ん……あー。ああ。わかった」
真っ直ぐに見据える彼女の瞳。
信頼と、強い情念を感じる。絡め取られたら終わっちまいそうな。おっかない。
だが、その覚悟はオレの行動に彼女を巻き込むに十分な理由にも思えた。
残酷なこの世界のことだ。ここでオレが彼女と一緒にいることを選ばなくとも、世界が彼女をその舞台に召し上げるに決まっている。
それなら……。
いや、結論はこの瞬間に求められているわけでもないか。
今必要なのは世界の在り方について、だな。
「この世界にゃ、神様も悪魔も天使も、スーパーパワーを持った超人だっている。そういう『せかいのしんじつ』ってやつは色々な事情や理由によってひた隠しにされてきたけどな」
端的な説明だ。
「その治癒能力も、一種のヒーロー的な素質ってヤツだよ」
「自己治癒が、ですか?」
「あー、過信はしてくれるなよ。治せる傷の範囲は広くない」
MQLに照らし合わせれば、
超人:詩織 Level1
STR1、VIT1、MEN1、DEX1、LUK1
スキル:自己治癒(微弱)
みたいなもんだ。初期ステ。よちよち歩きのヒヨコちゃん。
それでも覚醒していない人間と覚醒している人間の差は歴然だ。本来の物理法則の全てから外れた存在。傷が癒えるという現象一つとって見ても通常の人間の治癒プロセスとはものが違う。
やがては部位の欠損すら治癒するような怪物的な治癒能力を得る可能性すらあるが、今はそうじゃない。釘を刺しておくことは重要だろう。
「その、あの夜に見たものは」
「超人だの魔人だの、そのカテゴリそのものは誰が決めたかはわからんが、あれもそういう存在だ」
「……直衛さんも、ですか?」
「オレは」
どうなんだろうな。
確かにデバッグ用の能力を得ている以上はスーパーパワー持ちと言えるだろうが、はっきりとヒーロー的な力だと言えるものだろうか。他人のフンドシに過ぎない気もする。
だが、明確に力と言えるものがある。
一つはやり直せるかもしれない能力。確たるものではないから過信はできない。
何より一番の武器は知識だ。オレはこの世界にのめり込んでいた。MQLには一家言がある。
けど、ううん。
知識が武器だとして、その武器をなぜ振るうのかという理由にはならない。
いやさ、単純に生き延びたいってのは充分な理由であろうと、個人的には思うものの『力を持っている特別な人間』だと見られている今、その答えが納得いくものかと言われれば、そうではなかろう。
きっとそうした人は特別な誰かを求める。
オレにとっちゃそうした人々のほうが、このMQLの人間のほうが特別なのだけど。
この世界は想像以上に過酷だろう。
オレ如きが首を突っ込んで一人で解決はできないような状況はこれからもそこかしこに転がっていて、あるいはそれ事態が突っ込んでくるはずだ。
そんな事態を耐えて耐えて、その先にあるであろうグッドな未来を勝ち取るために仲間を得る必要がある場面も出てくるだろう。
得ようとする度に自分が特別ではないことで相手に先導役のいない夜道を歩くような恐怖を与えるくらいならば、偽装、嘘、でまかせだって構わないからオレが特別な『なにか』であるという準備はしておくべきだろう。
オレの出まかせを信じてくれるような善人を騙すのは気が引ける……という気持ちはまるでない。
人のためになる嘘ならいくらついたって呵責ってものが生まれない。人でなし? それ褒め言葉ね。
「そうだな。オレもそうしたものの一種とは言えるだろうな」
超人か魔人か、それ以外のカテゴリか。
どこに自分をラベリングすればいいかはわからないが、少なくとも未覚醒者ではないのだけは確かだ。
「あの夜に見せたのはオレの能力の一部だけ。
実際に他人に説明がしきれるのは──」
側にあったコピー紙を取る。
「これだ」
何も書かれていない白紙を見せられた詩織は少し困惑したふうな表情を見せた。
「……ええと、紙、ですか?」
「見えないよな」
「はい、何も。直衛さんが白紙を持っているだけで」
「オレの眼にはこいつにはあれこれとお役立ち情報が書かれてる……ように見えている」
「お役立ち情報」
「近所のジャガイモが安いとかって情報じゃないぜ。
そうだな、例えば、詩織の治癒能力の現時点での上限は包丁で少し切ったのを瞬時に癒すこと程度だ、とかな」
詩織は言葉を挟まず、じっと耳を傾けてくれている。
育ちの良さが光るねえ。
「情報ってのはそういう個人の力についてだけじゃない。
どこそこで少女が危険な魔人に襲われそうになっている……みたいな予知めいた内容を見ることができることもある。都度都度更新されるから何もかもを知れるわけじゃないが。
それこそ、オレがどうにかできるものから、……どうしようもないものまでな」
今のところ、オレの行動で助けられなかったケースはない。
最終的には、になるが詩織もこうしてオレと話せるような状況であるわけだ。世界を滅ぼしてもいないし、殺されたまま世界が進んでもいない。
「その力があったから、私を助けてくださったんですか?」
「ああ、そうだ。
って言っても誰も彼もを助けろとオレの能力が伝えてくるわけではない。オレにとって特別な星のもとにある人間を助けようとさせている、らしい」
でまかせだが、オレの自我にあるMQLを自覚しているもう一つのオレが経験から導き出して伝えていると考えるのならば、間違ったことでもない。
「ダイモニオンのようなものですか?」
「ダイモニオン?」
「ソクラテスが提唱していた、自分を律する声のようなものだと」
残念ながら元々浅学オタクボーイのオレにはソクラテスの云々はわからない。
「ああ。そうだ」
わかんねえ。
でもわかんねえときはよォ、頭の良い奴に乗って行こうぜ! とダイモニオンが告げているとして頷いた。ダイモニオンってなんだ?
「目に見えない力ですけど、実際に助けられていますし、納得できました」
小さく微笑むと、
「あなたにその力があって、よかった」
と。
流石に居心地がやや悪いが、美少女にこんな風に微笑まれるなんてこたあ中々ないからな。
ありがたく享受しておこう。
「私が体験したことや、私のように力を持っているものは」
「少なからず存在しているよ。今も、そのことで少し骨折りしてる」
そう、ですか。と呟いてから、
「私に手伝えることは、ございませんか?」
その言葉を待っていた、と言いたい気持ちと、彼女を振り回すことへの抵抗感があった。
しかし、オレ一人でどこまで次の難局を乗り越えられるのかという不安はやはり、屈さざるを得ない恐怖があった。それだけ、あのナイトアブダクターの恐怖は強く心に刺さっていた。
「……手伝って、ほしい。けど、」
「過酷な道なら、大丈夫です。
直衛さんがいてくださるなら」
オレの返答?
そりゃあ、頷く以外に選択肢があるわけもないよな。
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