第2話:どうかしている高難易度は人をどうにかしてしまう
オレの名前は鬼伏 直衛。
ひょんなことから死んで、目を覚ましたガイだ。ナイスかバッドかは現状判明していない。
そんなことよりもMQLについて話すべきか。
吹けば飛ぶようなオレの魂、いや、吹いて飛んだからからこそ自分のことよりも覚えている、オレにとっての最重要・最重量コンテンツについてを。
✘✘✘
MQL──……| MASS”QA”RAIDは理不尽なまでに用意された膨大なシナリオと高難易度のRPGであることを売りとしていた。
だが、その高難易度については幾つかの抜け道はある。
あるいは意図的にそれらの抜け道を存在させたり、制作段階より向こう側にあっても残していたりしているようだった。
例えば、デバッグ用のデータ。
その要素だけで目を瞑ってゲームをクリアできるようになるようなものではないが、デバッグ用のデータがゲーム内に置かれているままになっている。
前述の通り、それはただの削除し忘れだとか、消すとどこかがバグるから仕方なくだとかではなく、制作した誰かの慈悲であろうとユーザーは考えていた。
そのデバッグ用データを獲得できるキャラの条件はあるが、今のオレはそれを満たしている。
条件は簡単だ。特別な能力を持たず、それを後天的に得られる条件を満たしていないこと。
この世界における能力の定義は幾つもある。
主役級は大抵はアヴァタールと呼ばれる能力者だ。
怪異と呼ばれる人ならざるもの……つまりは悪魔だとか神だとか天使だとか呼ばれる連中を我が身に降ろし、その幻影と共に踊るように戦う存在こそが顕現者。
それ以外にも現代伝奇ものっぽい能力やその使い手も多くいるし、運命に選ばれているようなメインキャラ以外にも何らかの能力を得るケースもある。
そうしたキャラを操作キャラにしてもやはりこのデバッグ用データは得ることができない。
一方でオレはただの人間だ。
道中で怪異よ出ろ出ろと祈ったりもしたが無意味だったし、ステータスもオープンしたりしなかった。
ゲーム内でも意味ありげなオブジェとして置かれていたものの前に立つと、所定の動きをする。
『様子のおかしい人』なのは今更だ。
欲しいものはすぐに反応した。天と地から光が溢れ、オレを焼くようにして降りては昇る。
現実でありながらも巻き起こる超常現象。
それでも不思議に思わないのはオレが|様子のおかしいゲーマー《もう一人のオレ》の記憶を頼みにしていることばかりではない。
死ぬ直前に見たあの光景は紛れもなく現実であったからだ。
少女──詩織と呼ばれる女の子が泣いているのか、嗤っているのかもわからないあの光景は、紛れもない現実だった。
あれは起こり得る未来の一幕。
バッドエンドが存在し、オレは体験している。体験しているということは現実であるということだ。
つまり、他の不可思議なことが起ころうとも不思議なことなどない。そういうことだった。
っと、すまんすまん。
ついつい早口オタクになっちまったよ。好きなものってそうなりがちじゃない?
え? お前がオタクだからだろって? そんなー。
実際にどうするのか、については現状でも思いつくことはある。
割と単純なことだ。
『詩織編END No.4』の発火点は路上で彼女が不審者に襲われることからスタートしている。
ここで誰も介入しないと、彼女は穢され、その上で誰の助けも借りられないことで絶望を深めることになる。
つまり、その不審者をなんとかしちまえば『END No.4』に進むことはなくなるってわけだ。
その不審者ってのも実際、ゲーム性を最低限覚えていれば簡単にクリアできるもの。
この現実でそのゲーム性ってのがどれほどのものかはわからないが不審者は不摂生しまくっている相手で、一方こっちは健全で元気の有り余っている学生。そのアドバンテージだけでも十分にイケると踏んでいる。
と、次にやるべきことを考えていたら、デバッグ用に残されていたものが全てオレの中へと収まった感覚が体を走った。
データとは端的に言えば『固有能力』と呼ばれるものだったが、まあ、いちいち羅列しても仕方がない。
オレは三つ、攻略に関わる重要な手段を手にすることができたラッキーボーイだとでも思っておいてほしい。
「これさえ手に入りゃ十分。あとは……」
やるべきことは決まっている。
先回り攻略。
闇堕ちされるなら、その前に救う。
MQLにとって当然のこと。親の顔よりも見たチャートを走ればいいのだ。
✘✘✘
MQL──……正式名称は『MASS"QA"RAID』。
マスカレイドと名乗る作品がある。
一作目の衝撃は凄まじく、『RPGのニュースタンダード』と呼ばれるほどに流行った作品と及びその後継作たち。
一作目はLonesome Way。名前を変えて二作目、三作目……と複数タイトルが発売されていった。
全てが様々なサイトでランクインし、海外のスコアでも高得点を叩き出し、国内外で大人気だったにも関わらず、会社は突然の解散を発表。
解散する直前に突然発売した『MASS"QA"RAID』はLonesome Wayから始まったすべての作品を一つにまとめ、膨大なシナリオとデータの追加とバグフィックスを行った文字通りの完全版だった。
MASS”QA”RAID以前の作品はいずれもが心地の良い終わり方をするため、製作陣はハッピーエンド至上主義なのだろうと言われていた。
……しかし、MASS”QA”RAIDで追加されたもののほぼ全ては曇らせと闇堕ちとバッドエンドの煮凝りであり、ヒロインやサブヒロイン、そこらのちょっとしたネームドですら後味の悪い終わりをを撒き散らす爆弾になりうる世界となっていた。
それこそが制作陣が本当に用意したかったものだとでも言いたげに。
賛否両論どころの騒ぎではない代物だった。ゲームのプラットフォーム的なサイトだけでなくSNSから個人サイトまで見ても殆どが大荒れ。
それでもクオリティはこれまでの作品を全て見たとしても本作が史上最高の出来であることは疑いようはない。
だからこそ、多くの人間が挑んだ。
これまでの作品の成功から多くのプレイヤーが存在し、膨大すぎるシナリオと異常難易度に挑み、しかしほぼ全ての人間が心をへし折られてやめていった。
何年もかけて少しずつ前へと進めていったのはごく一部のマゾか、作品群の熱狂者か、その両方を兼ね備えていたオレのような人種だけだ。
オレは攻略の最前線を突き進んでいた。
最高難易度の実績を得るために。
その実績の名は『改稿』。
わかっている条件は実績の説明のみ。
『幾つもの困難を超えて、観戦モードを打破したものに贈られる名誉』
……だそうだ。
誰も達成していないからこそ実態は不明。前にもちらりと言ったかもしれないが、オレはこの獲得条件を闇堕ちヒロイン完全攻略。あるいは救済であると睨んでいる。
このゲームを攻略した証として、名誉のために改稿の実績が欲しいわけではなかった。
オレはこのゲームのオタクだ。愛しているんだ。このゲームを。
膨大な時間をかけてでも、オレが愛したゲームに登場していた全てのヒロインに笑顔になってほしいからだった。オレにとってのオタクとはそういう生物だと定義している。
嗤っていた彼女のルートも当然、記憶している。
彼女を助けるために必要なものも。強引な手段であっても、解決できるならなんでもいい。
オレはゲームの世界を愛していたが、効率も同じほどに愛していた。効率というのはときに、いや、多くの場合人間の持つ心や感情といったものを蔑ろにする。
今回蔑ろにするための手段こそが先程手に入れた三つの力が一つ。心髄外科である。その使い方をお披露目しよう。
そういや、誰に喋っているのかって?
……鬼伏 直衛以前の『オレ』が配信をしたり動画を作っているときからのクセなんだ。虚空に向かって喋り続けるのは。MQLに関わることはきっちり覚えていてクセも抜けない。
ファンの多い作品だからMQLのプレイ動画ってそれだけで生活費になるので助かっていた。
何より、オレに友達と呼べる存在はいなかったからね。こうして何かに語りかけるのはクセになっているのだ。壁と空気だけが友達さ。




