第16話:月の徴
そのように息巻いたものの、やはり相性が終わってる。
人面犬を一方的に蹂躙し続けたスパルタクスの一撃もまるで水を叩いたかのようにして人型の夜を揺らし、ちぎり、しかしすぐにその体は再構成されていった。
「██? ████████……。████」
何か言っているが、認識できる言語ではない。いや、発話しているわけですらないので言語ですらないのか。意味不明なノイズめいたものが頭に叩き込まれている。
ただ、それがオレを嘲っているいるものだってことだけはよくよく理解できた。
少しずつ、少しずつオレに傷が増えていく。
即座に敗北するような相手ではないが、HPが少しずつ減らされていくってのも実際の描写にすると結構エグいもんだ。
痛みはほとんどないのが救いではあるが。
影が動く。
スパルタクスに念じてこちらも動く。
相手がこちらの行動を予測した。そりゃそうだ。相手だってプログラムじゃない。 これはオレの油断か慢心か。
オレの意識が一部的にスパルタクスと繋がる。踏み込み、切り返させる。ぬるりと影が溶けるようにして横薙ぎの一撃が避けられる。
その溶けた形は元に戻るではなくスパルタクスの剣を模した形に変わる。
大きさはスパルタクスのものがそのまま人間サイズになったものなので段違いの大きさだ。
それが振り下ろされた。
こりゃあ、洒落になら──
「だめえぇーっ!!」
トーコの声。
夜の闇を引き裂くような拒絶の声だった。
振り下ろされた影の大刀が何かに衝突した。
見えない壁か、盾。
「やらせない。
──やらせたり、するもんか」
彼女には、トーコには事前に覚醒するルートがある。
それは知っていた。ただ、ゲーム内で明確に存在するものではなく、幾つかのバッドエンドにおいて『彼女が覚醒していたとしたならこのタイミングだろう』と語られている、ユーザー間での噂話に過ぎない。
だが、その噂は真実だったようだ。
『我が魂よ。
叫び、望み、願う我が半身よ──』
オレの眼の前に、不完全な影が緩やかに形質を定めようとしている。
ヴィジョン。以前に詩織が作り出したスパルタクスの姿を作り出すのと同じように、それが現れていた。
『汝が願いによって我は顕現する。
我が名はアンナ。月の徴に定められしもの。
導かれるだけを求めぬ汝の願いにより形を得たり。我が魔術は汝の心。欲するところに従い、その力を行使せよ』
「行、使……」
影が大刀の姿から人の姿に戻り、一撃を阻んだその盾を蹴って距離を離す。
このまま逃がすものかよ。
あの手のはどうせしつこく追いかけてくるに決まっている。
「直衛、これ、どうすればいいの!? 炎とか、光とかを念じてみればいい!?」
「とりあえず、やってみてくれ!」
オレはトーコのカバーに入るのに必死でイマイチな指示を飛ばした自覚がある。
そのせいか、やはり念じても炎も光も出ないようだった。
どうして出ないのかについては説明ができない。
というのも、スパルタクスについては手足を動かすように念じればその通りに動いてくれる。
剣や盾、あるいはしなやかな筋肉から繰り出される格闘技が打ち当たれば充分に効力を発揮する。
ゲームをやっていた頃にはない技であろうとも、命中は命中、威力は威力。そして破壊は破壊だ。
どうやら、ゲーム中に使っていた技のようなものを出せた方が得点が高い──つまりは威力は大きくなるのだが、そこについてはオレもまだ研究の最中。
ともかく。
つまり、まだオレには出る仕組みのレクチャーができるほどこの世界の仕組みに詳しくないのだ。
ただ、わかっていることはある。
アンナは月のカテゴリにおいてもそれほど高い位置にあるわけじゃない。
スパルタクスと違い、攻撃・支援の両軸を持つ序盤のお役立ちキャラではあるが、それ以上でもないのだ。その上、持っている力も炎だの光だのはない。そのあたりはオレの持っている知識からも察することができた。
できることは他にも想像できる。
「盾、さっき出したヤツ! 出せるか?」
「やって──みる!!」
オレと影の間にそれが生まれる。
影が動こうとするのと同時に、オレも動く。
「スパルタクス!」
呼び出されたスパルタクス現れた盾を掴み、そのまま押し込ませる。
影がそれに当たる。スパルタクスの武器のように物理的なものではないようで、そうしたものに対しては不定形の形になって逃れる影も盾から逃れる手段を持ち合わせていないらしい。
つまり、『魔術に弱い』って相性持ちってのはこういうのにも影響するらしい。
そのまま盾で壁に押し込み続けさせた。
「うおおおッ!!」
オレの気合に呼応するようにスパルタクスが馬力を上げる。
「アンナ、だっけ? 私たちも!!」
その呼びかけに彼女の背に現れているヴィジョンが杖を前に突き出す。
盾は光を帯びて、影を苦しめる。実際に炎や光の魔術ではなくとも発光するもので十分に痛手を与えられるらしい。さすがは影。
「くたばれえぇッ!!」
最後の一押し。めしり、ぐしゃりと音と感触がスパルタクスごしに伝わってくる。影は何か致命的なものを破壊されたのか、形を保てなくなってどろりと溶けて、他の闇に消えていった。
「た、倒せたの……?」
「トーコのお陰でな」
拳を前に。
「あはは。なら、よかった」
彼女もその拳に拳を突き合わせた。
夜陰にて起こった戦いは、こうして勝利を収め──
「直衛、」
彼女が何かをいいかけるとふらりとそのまま倒れ込む。
緊張の糸が切れた。非現実的な現象に現実的な思考が追いついて理性がショートした、色々と考えることができるが、今やるべきことは考えることじゃない。
オレは彼女を抱き留めて、倒れないようにする。それができる限り精一杯のやるべきことだった。
毎日一話ずつ更新させていただきます!
お楽しみいただけましたら是非、評価やお気に入り登録などしていただけますと人生の喜びになります!




