第15話:連れ去るモノ
ゴミ置いて南から入る!
スパルタクスでぶん殴る!
ゴミ置いて南から入る!
スパルタクスでぶん殴る!
綱木学園のベストなキッドになれそうなほどに繰り返すぜ。これが窓のワックス掛け作業だったらカラテカになれるね。
勿論、倒したあとは指差し確認は忘れていない。ドロップ無し! 無くたってへこたれない! 試行回数だけが正義だ!!
ゴミ置いて南から入る!
スパルタクスでぶん殴る!
ゴミ置いて南から入る!
スパルタクスでぶん殴──……おおっと。
脳みそがキシキシする。なるほど、これが使役の練度が高まった証拠か。
ゲームじゃあレベル上がりました、スキル覚えましたって感じだったが現実だと脳みそに直接情報を書き込まれるみたいになるんだな。
便利だけどたとえようのない感覚だな。
いやさ、このまま続けて次はカードのドロップ狙いだぜ!!
と、このように散々に狩って狩って狩りまくっていると流石に周囲から不審がられはじめる。
怪異の出現前後には一般人は『近づかないほうがいい』と無意識的に考えて立ち去るようになっていると昔、制作に携わったシナリオライターが言っていたのを覚えている。
実際ここでも一般人が巻き込まれるようなことはなかったのだが、今度はそうなると特定の方向から路地を出入りしているよくわからんガキがいる、という構図ができあがる。
没頭して数時間もやっていれば用事を足しに出てきて、そこから戻る人間なんかにも注視される。
『あいつ、こっちが行くときもいたよな? あれ、帰りもいるってどういうこと?
もしかして変質者? 犯罪者? もしもしポリスメン?』
という具合になることうけあい。
好奇の視線が増え始めたので撤退するべきだろうと判断し、オレはすごすごと自宅に戻ることに。
「あれ、直衛?」
帰宅の道中に声。
トーコのものだった。
「あれ、トーコ」
とちらりとスマホで時間を確認。夜。こんなこというのも時代錯誤かもしれないが、女の子が一人で出歩いちゃいけない時間だ。
相手からしてみれば同級生がこんな時間にと同様に思うかもしれないが。
なので、
「奇遇だね、こんな時間に」
突き刺さず、突き刺しにくくといった構図にするための会話の切り出し方を。
「だね。何してたの?」
いやあ、人面犬を狩りまくってました!
お陰さんでカードドロップも確認できたし、使役のレベルも上がってスパルタクスも同調率が上がったし言うことなし! 調査も望んだ分は進んだし!
なんて言えるわけがない。
「あー……あはは。えーと、なんだろうな。こう、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「え、なになに? 教えてよ!」
「そのー……夜に呼ばれて、みたいな……」
年頃の少年少女が罹患する確率の高いもの。
つまりは黒歴史。愛すべき病。オレはそれを包み隠したりなんてしない。
むしろそれを包み紙にして、本当に隠すべきことをコイツで隠すぜ。
「あはは! おもしろっ」
ウケたらしい。
「トーコこそどうしたんだ? 夜に呼ばれてって感じじゃないよね?」
「んー、私も似たようなものかな」
照れたように笑う。
……んん?
待てよ。待てよ待てよ。
確か夜にトーコが行動するのが条件のサブクエストがあったような……。
いや、サブクエストじゃないな。
ってなると、ムックかなにかで語られていたヤツか?
世界観系は丸暗記できてないところが多いんだよな。
「家まで送るよ」
「え、いや、悪いよ」
「迷惑なら、しないけど」
「迷惑なんかじゃ……ないけど」
視線を逸らしながら。ううーん、これは美少女。
それから特徴的なオッドアイをこちらに向けて、
「──それじゃ、エスコートしてもらおうかな」
「喜んで」
徒歩の送迎。車でもあればよかったんだけど、あいにく学生の身分だ。
自転車二人乗りは青春感あるけど社会的にはやっちゃダメだし、何より月を烟らせる雲が空にある夜。仮に自転車があったって乗らないほうがいいだろうって暗さだ。街灯があろうとも暗く感じるほど。
「実はさ」
ふっと彼女が言葉をオレに。
「今日、なんだか随分と暗いから気になっちゃって」
「オレも同じこと考えてた。なんか、」
空を見上げる。
曇天だから暗いのだと言えば一言で終わるが、それでは片付かないほどに月が遠いように感じる。
かすかに見えていた月が雲に隠れてしまえば、もはやその辺り一帯は完全な闇の訪れを感じさせた。街灯ですらもどこかその光量を失っているような──
違う。これは。
「トーコ!」
「え?」
彼女の手を引く。
「わっ」
「こっちだ!!」
オレが人面犬をボコっているように、他にも怪異が出現する条件は幾つもある。
戦闘難易度、経験値効率、ドロップ率の悪さからすっかり頭から抜けていた。
夜、明確なクエストが発生していないとき、怪異を撃退している日と条件が重なったときにのみ出現する。
暇に飽かして経験値稼ぎをするプレイヤーへのお仕置きエネミーだとも言われているもの。
音が聞こえた。
口笛のようなものだった。
夜陰の人攫い系の都市伝説。
追いかけられて戦闘になったとしたらかなり不利な状況に追い込まれる。
物理攻撃主体のスパルタクスに対して、半物質・半霊体の存在である『それ』にはダメージの通りが悪い。
そのうえで覚醒者ではないトーコを守りながらとなるのは、実に状況が悪い。
「なに? どうしたの、直衛」
「ヤバい奴がいるって聞いてたのに、失念してた。ごめん!」
「ごめんって? なに? 犯罪者が近くにいる噂を忘れてたとか?」
ナイトアブダクションの結果は死だ。
「殺人鬼」
犯罪に問えるかはわからない。何せ相手は人間ではないのだから。
冗談で言っているわけではないのがトーコにも伝わった。
口笛のようなものが遠くになっていく。
逃げ切れたわけではない。むしろ、遠くに鳴ればなるほど存在が近づいている証拠。逆だろとも思うが、そういう理不尽さを含めて都市伝説ってことなのだろう。
彼女もじわじわと何かを感じているのか、握っている手から返る力が強くなる。
「ねえ、直衛」
「どした」
「大きい通りに向かってるよね?」
「ああ、こっちに出れば」
「……ああ」
絶望的な声。
「同じところ、通ってるよ」
ゲームじゃ見慣れた風景。
だが、今のオレにとっちゃ現実の風景。だが、新たな現実であるこの世界はオレにとって馴染みが薄かった。
必死に逃げていたが、そのせいで見落としていた。風景が繰り返されていたなんて。
覚悟を決めるしかない。戦う決意を。それだけじゃない。
このさきにあるのは本来にある本来とは別のシナリオになることとなるのを許容する必要がある。ゲームにある脚本から外れるのが怖いわけじゃない。オレが怖いのは──……。
口笛が随分と遠くから聞こえた。
ダメだ。逃げ切れない。
「トーコ。オレが悪かった。アレからは逃げ切れない」
「どうするの?」
「守る」
「守るって」
「オレが、トーコをだ。だから──」
背後。夜の闇が凝縮していく。黒よりも黒いものが球体になり、溶け、やがて液状化した夜が人の形を取る。だが、曖昧なまま。名前を与えられていないもの。日本で定着しなかったナイトアブダクション系都市伝説の不完全な再現者。
「信じるよ。だから、直衛が私を家に帰してね」
オッドアイが夜の中で輝いていた。
「████? ██████。██? █████……」
ごぼごぼと音を立てて近づいてくる人型の夜。
「ああ。約束する」
オレは彼女を背に隠すようにして、それに立ちふさがった。
未だ手札は少ない。勝率はさして高くもない。
死んだとしてあの部屋に戻るだけである可能性はどうだろうか。確約はない。
だが、それでも死んで終わりではないかもしれない。
だとしても、オレは死にたくはない。あれだけえらい目にあったし、死ぬことにも慣れつつある自分を客観視もしている。
それでも、死にたくはない。
死ねば、バッドエンドを見る羽目に鳴りかねない。ここで死ねばトーコがバッドエンドへと転がり落ちていくのを見せられるかもしれない。
大好きなキャラクターがではなく、信じると言ってくれた少女がそんな風になるのを見たいと思う人間がどれほどいるのか。
オレはそれを望むほど性癖はねじ曲がっちゃいない。
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