【ミリスの部屋】
煩理リエンの豪邸より帰還。
外に出るころには日が昇り始めていた。
俺は、ナギサ、シュウ、ユイ、リヴィア、カリンへと頭を下げ改めてお礼を言って、一時的な別れを告げる。
『げっ──この後、数時間後には学校かよ』
肩を落としながら、ため息をつくナギサに皆、苦笑いだった。
家の前につく。
「ただいま──そしておかえり、ミリス」
母さんは一足先に玄関へ向かいそう振り返る。
「ただいま──ねぇ、トウカ──今日は僕、ぬいぐるみにならなくてもいいのかい?」
そう、不思議そうに俺の顔を覗き込むように見上げる。
「あぁ──やめろよ、そんな言い方したら俺がいつも無理やり、ミリスを虐待してるように聞こえるだろ──てぇ」
母さんの拳が頭の上に落ちる。
「お母さんはいつも、家族には思いやりのある言葉を使えと言っているだろ」
「──俺は、あんま母さんから、そんな言葉を貰った記憶はない──わかった、わかったから──拳を構えるな」
この人にだけは一生勝てる気がしない。
「ミリス──おかえり」
「ただいま──トウカ、おかあさん」
そうミリスのピンクの瞳が恐る恐る俺と母さんの顔を見る。
─────
「うへぇ──なんでだろ、学校の中のほうが異世界に感じる」
ナギサが俺の後ろの席で──机の座面に顔面を引っ付けるように訴える。
「てぇ──あの卑怯者に刺された場所、まだいてぇ」
シュウが傷口を腹部を抑え、苦痛の顔をしている。
「馬鹿者ッ──シュウ、ナギサ、お前らは気合と根性が足りていない、グランド10周だッ」
「何の権利を駆使してんだよ──」
「おい、トウカ──この元号が2世代くらい古そうな体罰女をどうにかしてくれ」
ナギサが顔を机に突っ伏したまま俺に訴える。
「トウカくん、アルティーシアを私に譲るというのなら──」
「悪いが、それは無理だ──カリン、そもそもミリスは今日は母さんと一緒に家でお留守番だ」
「リヴィア──トウカくんだけさらに10周追加しろ」
「よし、トウカ──あたしとグラウンドを100周だ」
「リヴィ──お前は足し算と掛け算と違いを知ってるか?」
「いや──20周ならするんですか?」
ユイが冷静に俺にツッコミを入れる。
ガラリとドアが開く。
「ん──あれ、教頭?」
「莉絶カナ先生が間もなく退院が決まった──それまではわたしが少しの間、担任を務める」
教頭がそう俺たちに言う。
「莉絶カナ?えっと──そうだ、私らの担任じゃん」
そう、当たり前の事を思い出すかのようにナギサが言う。
俺もそこに何故か違和感を覚えている。
何かを忘れて“いた”ような──
何かを忘れて“いる”ような──
────
煩理リエンの邸。
壁を背に上半身をあずけ──薄目を開く。
「眠っていた──気を失っていたのか」
リエンが一人、呟く。
バタバタと廊下を登ってくる足音。
ダンッと客間のドアが開く。
「煩理リエン──黒竜はどこだ」
「──催稀クウド?お前の素顔──この数十年で初めて見た気がするな」
「時間がない──もう少し、ここで瘴気を食わせるつもりだったが」
「あれはぼくの管理下だ──それよりも、キズナはどうした?」
「くそ──あの探偵風情とあの女──」
左目が痛むのか、左手でそれを押さえつけながら言う。
「さっさと──黒竜の元へと案内しろ」
「あと──あの大罪人の元にもだ」
「ぼくがそんな愚かな演技をするとでも?」
壁に寄れかかるように座り、起き上がる余力もないリエン。
「がっ──」
リエンの体がいつの間にか黒い鎖に繋がれ──
その腹部に鎖の一本が突き刺さる。
「この俺が、ここに訪れている際に、何の干渉もしてないと思ったか」
「くだらないな──クウド、君の演技などぼくが恐れるものではない」
「ひどくやられたな、煩理リエン──確かに全力のお前にはこんな小細工など何の役にも立たなかっただろうな」
「がっはぁ」
落ちていた剣の一つをクウドは手に取り、それをリエンの足へと突き刺す。
「どうだ──普段、魔力がその傷の代償になる、だが──それは俺の鎖が干渉し断ち切った」
「──演じろ、それは“富”」
魔力に限界がきている今のリエンにはその剣一本呼び出すのがやっと。
その剣がクウド目掛け飛ぶ。
「ぐつ──」
「──この状況で、煩理リエン──この俺に勝ち目があると思っているのか」
「──命がある限り、ぼくは“演じる”ことをやめるつもりはない」
「なら──死ねッ」
「やめてくださいっ」
「──サイカ」
「さがっていろ──君は、もう関係ない」
「あの演劇は幕を閉じた──君と演じる舞台はね」
「いやっ──」
サイカがリエンの体を庇う様にその上に覆いかぶさるように抱き着く。
「二人ともまとめて──幕を閉じてやる」
「私──知っています、たぶん──あなたが知りたいこと」
「──サイカッ」
「後からいくらでも恨んでくださいッ──私はリエン様、あなたを守れるならそんな悪役を演じます」
「なかなかに面白そうな舞台だな、煩理リエン、お前の舞台よりもずっと面白そうだ」
クウドが左目を抑えながら不敵に笑う。
────
「ただいま──」
「おかえり──トウカッ」
パタパタとミリスが玄関まで走ってくる。
母さんが買ってあげたのか、左腕に青い未来のネコ型ロボットのぬいぐるみを抱えている。
珍しく表情の作り方に困っているように、無表情に顔を固まらせている。
「トウカ──こっちに来て」
「ん、どうした?」
俺の手を引っ張るように──一つのドアの前に立ち、ドアにぶら下がったプレートを見上げる。
Millisとアルファベットが記されたプレート。
「トウカ、僕の名前だよ」
そう、俺に訴えかけてくる。
「そうだな──ミリスの部屋だな」
母さんが今日、一日かけて用意したのだろう。
空いていた一つの部屋。
ガチャリとドアノブを下に捻り、ミリスが部屋のドアを開け──
俺の腕をさらに引っ張るように俺を部屋の中に案内する。
「かわいいカーテンに、大きなベッド──これは誰が使うんだい?」
まるで──異世界にでも迷い込んだかのように──
「今日からミリスが使うんだ、羨ましいな──」
俺はポンポンとそんなミリスの白く長い髪の頭のてっぺんに手を置きながら──
「僕がひとりで?」
「あぁ──」
「──」
ミリスはどこか戸惑う様に、目を泳がせながらも──
俺の目線に気づくと、白い歯を俺に見せ──
「にしし、どうだい──僕が羨ましいかいトウカ」
ミリスがいつものような憎まれ口で──
そう寂しそうに微笑んだ。




