【錯覚の舞台】
煩理家──客間。
「あんたは何を知っている──誰に何をさせられている、リエン」
「あなたには関係がない──ぼくがあの人を守る、あなたにもできなかったことを、それが“悪役”を演じることであってもね──」
「ふざけるなっ──あの人はリエン、あんたが罪を犯すための道具にするなっ」
「ずっと──ずっと見てきた、あなたなんかよりもずっと─なにが違う?ぼくではなく、あなたが愛される理由は──なるほど、ぼくには無縁、そう思っていたがこれが嫉妬という感情か」
「カイナさん、感謝しよう──ぼくの演技にまた一つ磨きができた」
「悪いけど──私はあんたに何の感情もない」
「頼むから、偉そうに強い言葉を吐くなよ──危うくその首を握りつぶしてしまいそうだ」
「感情的じゃないか──演技はどうした?役に入り込み過ぎているぞ」
「理解した──カイナさん、あなたという人間を──そして、ぼくという“案外醜い生き物”を──演じよう、“これが”ぼくだ──」
─────
「さぶっ──」
「さぶっ──くない」
煩理家──1階廊下。
対峙していたノアとサイカ。
冷気、体が凍り付くような寒さを感じ距離をとる。
と、その周囲の温度は通常に戻る。
錯覚したナイフを片手に──
ノアが周囲を見る。
「親に──母親に愛情をもらうことができなかった──」
サイカがノアを見る。
「たった、それだけの理由でリエン様から愛されようなど──粛清します」
「かちーーーん、ねぇ、そういう人の繊細なところ、軽々しく口にするのやめてくれるかなー、サイカ」
「ねぇ──ノア、私も母親を殺せば──リエン様に愛されるのですか」
「錯覚しろ──ここにある甲冑の中には“私が居る”」
ノアが近くの甲冑に左手を添え──サイカを見ながら言葉にする。
「なるほど──その少ない言葉だけで“逆に私の想像”が勝手に錯覚を引き起こす──そう理解していてもその理解が錯覚に繋がる」
動き出す甲冑を見ながらも──ノアの能力を一つ一つ分析するように言葉にする。
「錯覚しろ──あなたの視界に私は“映らない”」
そうノアは言いながら動き出した甲冑の後ろに姿を隠すように横に歩く。
サイカがそれを目で追う。
その甲冑の足元からノアの足は見えている。
その錯覚を引き起こさせないようにその姿を追う。
その甲冑の反対側から──ノアの姿は──
「──消えた」
甲冑が手にした剣を振り上げる。
自分の身長より大きい甲冑の兜を上目遣いで見上げながら──
その瞳が左方向へと動く。
持っていたハンマーをその方向へと振り回す。
同時に甲冑の剣がサイカを襲う。
「なるほど──錯覚とはいえ、実際に攻撃は受けるのですね」
実際にその攻撃を受け──サイカはその身に実感する。
「いてて──完全に位置バレてる?」
ナギサみたいに──私という存在を錯覚しその能力を攻略された訳じゃない。
「私の能力の中でもとっておきなのに簡単に攻略してこないでほしいんですけどー」
不貞腐れたようにノアが唇を尖らせながら起き上がる。
そんな憎まれ口を叩きながらも──その瞳はサイカの周囲を見渡している。
「──冷気?氷を操る──サイカの周囲は寒い──」
「私はサイカの周囲で寒いと気温の変化を感じる──」
「へぇ、馬鹿なりにも頭はまわるのですね、ノア」
その答えにたどり着いただろうノアを少し感心するように見つめる。
「温度変化──周囲の温度を極端に下げる能力、だから水を凍りに変えるし、空気にある水蒸気でナイフくらいなら作り出せるって、わけだよねー」
「どうでしょうね──」
意地悪そうにサイカは口元を緩ませる。
「その極端に温度の下げた空間に人間の体温が混ざれば、そこに“なんかある”と認識できる──」
「そうですね──私にはあなたの錯覚など通用しない──私が欲しいのはリエン様の愛、ノア──邪魔をしないでくれますかっ」
「えーーー、するつもりないってば、いい加減にしてよ」
「だったら──死んでいただけますか?リエン様に愛されるなど錯覚だけでもおこがましい──」
振り回したハンマーが、甲冑をバラバラに吹き飛ばす。
「あーーー、高そうな甲冑なーのにぃ──壊したらリエン様に叱られちゃうよー」
「リエン様に抗う者への鉄槌──そのための必要損害、いずれにせよ、私はリエン様に障害尽くして返済します」
「まぁ──そんなに忠誠を誓う理由が欲しいなら──“全部”いっとく?」
「何を──」
「錯覚しろ──」
ノアが再び一つの甲冑に手を触れる。
「──目を離せば、あんたに私は“見えない”」
「懲りないですね──またそれですか」
手を添えていた甲冑から手を放し──隣の甲冑へと移動する。
何を考えている──少しだけサイカの表情が曇る。
瞬きをすると──その姿が見えなくなる。
だが──周囲に冷たい冷気が漂う。
私の周囲に近づけばノアの体温を感知できる。
「この“甲冑”の中には私が居る──動き出してあんたを襲う、錯覚しろ」
その言葉に──
サイカは先ほど向かっただろうノアが向かった先を目を向けるが──
先ほどのノアの“全部”という言葉が脳裏によぎる。
「そんな何気ない“言葉”が──」
瞳を部屋全体、配置されている鎧すべてを見てしまう。
「姿を消したのは──どの甲冑を指すかわからなくするためだと言うのですか」
一斉に動き出す、残った7体の甲冑。
「なるほど──どこまでも私の邪魔をするというわけですね、いいですよ、私の愛がこんなものに、あなたごときに負ける訳がないのです」
その甲冑の中には“ノア”が入っていると錯覚させられている。
甲冑で動きが鈍いと錯覚はしているが、先ほどの運動神経を見せられている。
その一体一体がそれなりの動きをこなす。
一体はゆっくりと歩き、また一体はその重い体をガシャガシャと音を立てながら走り出す。
その走り出した甲冑をサイカは冷たく睨み──
右手を突き出してのひらを広げると──
その手のひらの直線状の空気が凍り付く。
そのまま一体の甲冑が氷漬けにされるように動かなくなる。
大きな氷のハンマーを持ち直すと──
向かってきたもう一体の甲冑を叩き飛ばす。
「ぐっ──」
背後からサイカの背中が斬りつけられる。
顔を歪ませながらもその背後にハンマーを振り回す。
バラバラに散らばる甲冑。
再び逆方向から刃でサイカが斬りつけられる。
そしてハンマーでその甲冑をバラバラにする。
繰り返すように、斬りつけられてはハンマーでそれを破壊する。
「あーー、何年で返済できるかなーーー、これ」
姿を現したノアが──散らかった甲冑を眺めながら言う。
「あなたが心配する必要はありません──その罪を背負うのは私、そしてあなたはここで死ぬのですから」
「えーーー、ほんとにーーー?」
その甲冑を相手にして、ダメージを負ったサイカを見ながらノアが言う。




