【凍てつく正義】
煩理邸──客間。
「あなた以上に私はあの人を知っている──」
「あの人は今も“私”と“トウカ”のために戦っている──よかった、負けていないんだね」
「違うっ──世界のためだ──あの人は自分の犯した罪で──」
「リエン、あんたが何を言おうと私には届かない──あの人の言葉を私は今も信じている」
「違う──ぼくは──あの人のために──ぼくはっ」
「随分と感情的だな、リエン──それもあんたの演技なのか」
「──ふふふ、はぁ──失礼した、ぼくとしたことが思わず、敵を目の前に冷静さを失ったよ」
「それで──何を知っている、あの人のこと、居場所を知っているのか?」
「ぼくが敵にそれを話すと思うのかい?」
「人をこんな場所にわざわざ連れ込んで、一方的にそんな話をして終わりなのか?」
「興味など脅威などなかったさ──だから今日まで放置していた、だが──実際にトウカくんと出会い、その母親であるあんたがどんなものなのか」
「それで──?」
「何もない──これまで通り、あの人は世界を守り、ぼくはそんな孤独なあの人を守る、守られるだけのあなたたちに代わってね」
「リエン──あんたが何を知っている、私の知らない何を知っているっ、なぜあの人は大罪人などとっ」
「カイナさん──本当にあなたは何も知らないんだな──」
「この世界は魔力が象ってできたという話は聞いているのかい?」
「白竜と黒竜の話は?」
「──聞いた気がするよ」
あまり信じていなかったように──
「魔力を制御するために作った白竜と黒竜──その監視人として造られたのがあの人、ユイシロだ」
「ユイシロ?」
「そんな魔力と適合の高い人間の遺伝子から産まれた存在」
「そんな話──それでそれがどうして大罪人に──」
「監視すべき二匹の竜を逃がしたのさ──」
「そんな二匹の竜の代わりに──世界が崩壊しないようあの人は一人戦い続けている」
「どうやったら──どうしたらあの人のところに行ける」
「できるのなら、ぼくがすでにそうしているさ──それと」
「カイナさん──いまさら、でしゃばるなよ、これまで通り何も知らない時のままのあなたで居ろ、あの人はぼくが守る──」
─────
1階廊下──
そこに残っているのは、ノアとサイカという女性。
話したことはあったが、その能力までは聞いたことはない。
ナイフ──ガラスのように砕け散った。
その能力を思い出す。
サイカがペッドボトルの水を取り出す。
「えーーー、ナギサじゃん」
「メイク──アイシクルッ」
サイカが水をぶちまけながらそう言葉にすると──
水が氷柱を形どり──ノア目掛け飛ぶ。
「ナギサの氷バージョン?」
手にしたペンをナイフに錯覚させた刃で氷柱を叩き落す。
「最悪ですね──あのナギサという女も似たような能力を?でも一緒にしないでほしいですね」
「──確かに最初はペッドボトルの水なんて使わずにナイフを作り出したような」
「あなたを粛清する──ノア、あなたはリエン様を裏切った、それは死に値する罪」
「えーーー、えぐ過ぎーーー」
「大人しく──壊れなさい」
「えーーー、それは無理」
ぐるりと手にしていたナイフを回すと、ノアの持っていたナイフがただのペンに戻る。
ピンッと強く指で弾くように上空へと飛ばす。
そのペンをまた何かに錯覚させようとしているのか、
そう警戒するように体はノアに向けたまま瞳だけその上空のペンを追う。
「錯覚しろ──サイカ、あんたの前には“私もいない”」
地面に転がるペンを眺めた後──目線を前にノアの居た場所に向ける。
「──!?」
「逃げた?」
甲冑の影や花瓶、階段の脇などに目を泳がせる。
「消えた──“錯覚”、ノア、あなたの力ですか」
サイカが見えない相手に話しかける。
ゆっくりと前方を見渡す。
透明な何かが少し違和感があるように動いている──そんな様子はない。
「なかなかに面白い能力ですね」
サイカはそう素直に評価した後──
手にしていたペッドボトルの水をその周囲へと巻き散らす。
少し遠回りになってでも、その水を飛び越せる足場を探す。
「メイク──アイスナイフ」
再びサイカの手にはナイフが握られている。
ぴちゃっ
透明だとしてもその水の上を歩けば気づく──
動いたサイカの目線が──その水たまりを一瞬だけ見るがすぐに正面を見る。
サイカの吐く息が真っ白に形どる。
「いっ──つぅーーーーっ」
サイカの手にしたナイフがノアの左肩をかすめている。
とっさに回避し、直撃を免れたが──
間違いなくその一撃は、ノアを壊すことを躊躇なく狙っている。
「容赦ないし──って、えー、なんでバレたかなぁ」
腕の痛みで少し顔を歪ませながらも、そんな口調を崩さずに言う。
錯覚だとわかっていても、その錯覚を目で正すことはできない。
もちろん水にだけその姿が映るようなこともない。
サイカはその場にしゃがみ込む。
「メイク──アイススレッジハンマー」
床にできた水たまりに手のひらを乗せると──
その水たまりが凍り付き、大きなハンマーを形どる。
「えーーー、ナギサじゃん」
ノアの推測がそこに戻ってしまう。
「気に入らなかった──」
「ん?」
「リエン様に、愛されるのは私だけでよかったのです──」
「いや、だから言うほど、私たちの事見てないと思うけどな──」
「裏切者は始末する──粛清する」
ぶんっと氷でつくったハンマーを振り回す。
魔力で氷をハンマーの形にしているのは間違いない。
「ノア──悪を止める勇気は正義でしょうか?」
「ん──?なに急に?」
「その正義をねじ伏せる暴力は悪でしょうか?」
「まぁ──そうだとは思うけどさ」
「その暴力をねじ伏せる正義はなんだと思いますか?」
「──?」
「暴力への暴力──それは正義となりえるでしょうか?」
「──えーーーわかんないってばー」
「今の私は、今のあなたはどちらでしょうか?」
「そんなのどっちでもいいよ──私は」
「そうですね──それがどちらであっても、私はリエン様のために動く」
振り回すハンマーを、持ち前の運動神経でバク転するように回避していく。
転がっていたペンを拾い上げる。
「錯覚しろ──切り裂くナイフ」
「なるほど──わかってはいても錯覚させられる、便利な能力ですね」
「愛のようには優しくないけどねー」
「私が欲しいのは本物──そのためにもノア、あなたは粛清する」
「あれ──?もしかして、私、ナギサに対してあんな感じだった?」
少しとぼけるように──瞳を天井に向けながら──
「まぁ──どっちでも私には関係ないけどね」
瞳をサイカに戻すと──ナイフを構える。




