【演じる悪役】
煩理家──2階にある大きな客間。
大人数が座れるような大きなソファに足を組みながらも、どこか行儀よく見えるように、その当主であるリエンが座っている。
「見張り──一人つけないとは随分と余裕、なめられていると思っていいのか?」
テーブルを挟んだ対面のソファに腰掛ける黒髪の女性。
結代カイナ。
「気分を害したのなら謝罪しよう──だが、大事な客人をそのように扱う無作法をあいにくぼくは教わっていなくてね」
「──だが、変な気は起こさないでほしい、ぼくが君に負けるような舞台、それを演じることなどぼくにはできない」
「そんなつまらない演劇は、こちらから辞退する」
「なるほど──カイナさん、よほどぼくという人間には興味がないみたいだね」
「そうでもないさ──身寄りのない人間や不遇な人間を養子にしたり養ったりしていると聞いている」
「神という概念は余りにも無能、そうは思わないか──カイナさん」
「へぇ──あんたみたいな人も、神なんてものを信じているんだな、意外とロマンチストじゃないか」
「なるほど──ぼくとしても、“大罪人”、そのご夫人からそう言われるとは思わなかったね」
「おや──気に障ったかな──」
黙ってにらみつけるカイナにリエンはそう返す。
「まずは──キズナ、君は彼女の心配をしているのだろう?」
「無事なのだろうな」
「安心してくれ──ぼくは受け入れた者は大切に扱う──キズナに関しては一人の客人が今、彼女をつれ誰かに引き合わせるつもりのようだが、万が一のことがあれば私はその男を容赦はしない」
「客人?」
「──気にすることはない、少し気味の悪い男だが、この舞台の役者には値しない奴さ」
「大罪人──なぜあんたがそのワードを使う?」
「おや──ようやく興味をもってくれたようだね」
「何を知っている──」
「──そう凄むなよ、カイナさん──それは真実を遠ざける、ぼくもあなたも“ようやく”、この舞台に立ったのさ」
「何を言っている──わかりやすく言いなっ」
「──大罪人、そんな悪役を演じ続け、一人戦い続ける本当の英雄をぼくは知っている──それはその息子でも、あんたでもない」
「何を言っている──」
「ぼくは誰よりもあの人の事を知っている──結代カイナ──おまえが何を知っているッ!あの人が今もどこで何と戦っているのか──ぼくは愛するあの人の事を誰よりもおまえよりも理解しているよっ!」
目の前の女性を誰よりも憎むような眼でリエンが睨みつける。
─────
煩理家、地下にある庭園を抜け、牢獄のような部屋を通り過ぎ、
その先の階段をのぼり、1階にたどり着く。
広い玄関、二階に続く大きな階段がある。
無駄な甲冑や花瓶が立ち並び──いかにもな金持ちの家。
なのに──メイド、それ以前に人気はほとんどない。
「お待ちしておりました──」
同い年くらいの一人の女性。
茶髪のセミロング。
以前見たここの当主のリエンと同じように黒いスーツを上下に着こなし、
スクエア型の眼鏡は、少し大人びてさえ見える。
「ノア──客人を連れてくるのなら一言、言っておいて貰わないと──そう教えていたはずですが」
「誰だ──」
ナギサがノアの方を見る。
「おや──殺しそこなったのですか?」
その女性は階段を下りながらノアに言っているようだ。
「その女ですよね、あなたが言っていた“ナギサ”って言うのは──」
「だから、誰だよ──」
「うわっ──さむぅ、なんだよ──」
ナギサが言うように──館内の温度が急に下がったような気がする。
「ナギサ──あなたはリエン様、その舞台から外された──ノア、あなたのために、その舞台を作ってくださったのに」
「めっちゃ一人で会話するじゃん──あぁ、こういうのばっかに絡まれるんだよ私、不運だ」
「錯覚しろ──鋭いナイフ」
お手伝いが立って待機するようなデスクの上のペンの握ると──ノアが呟く。
ギンッと──
次の瞬間──現れた女性がナギサの前に立っていて、手にした刃物をノアが錯覚で作り出したナイフで受け止めている。
「何のつもりですか──ノア」
「えーーー、ナギサは私の獲物だって言ったよねーーー、サイカ」
「ノア、あんたの失態を私が埋めるだけです」
「余計なお世話──ほら、ナギサ──トウカたちをつれて先を急げ、たぶん──その先の客間にリエン様は居る」
「リエン様が絶対──私たちの正義──ノア、結局あなたもリエン様には不要な役者という訳ですか」
「えーーー、なにそれ──私さー、サイカの話、難しくてよくわからないんだー」
「──救済の余地はない、ノア──リエン様の邪魔となるものは私が処分します」
「ノアッ」
「平気だってば──早く行けよ、リエン様とは顔合わせにくかったし──ちょうどいいや、私の案内はここまで、私はサイカと遊んであげてるからさぁ」
「リエン様に与えられた救済を──ノア、私があなたを粛清する」
「おい──ノア、任せるぞ」
「えーーー、ナギサのためには頑張らないけど──」
「ノア──無理はするな」
「いいから早く行けってっば」
そんな俺の心配を少し雑にあしらわれる。
─────
そんなトウカたちを見送った後──
「さみぃ──」
額から汗を流しながらもノアがガタガタと体を震わせる。
サイカと呼ばれた女性が持っていたナイフがガラスの破片のようにバラバラに砕け散り床へと落ちる。
「リエン様のおそばにお仕えするのは私、一人で十分です」
「目を覚ましなよ、サイカ──あの人の愛は意外と私やあんたに向いてないよ」
「あの地獄から私を救った──あの人だけが──」
「さむぅ──」
錯覚の能力で作り出したナイフ。
ノアはそれを振るうことはない。
振るうことができないように──その手の表面がうっすらと凍り付いている。
「この世界は酷く凍り付いています──私を温めてくれるのは、あの方の愛だけです」
サイカはそんな冷たい瞳でノアを見る。




