【愛してる】
─────
買ってあげた、ピンク色のテディベアのぬいぐるみ。
本当は茶色が欲しいって言ったいたけど──
売っていなくて──
それが“最後”のプレゼントかもしれないから──
それをプレゼントしたかったけど──
多分──それが、娘の初めてのわがままだった気がする。
あぁ──
一度は“別れ”を決めたはずだったのに──
サイレンの音。
手を伸ばす──あぁ──世界は赤に変わっていく。
─────
「愛している──もう後悔はしない」
「──未練がすべての汚れを浄化しているとでも言うのですか」
「そのわがままも受け入れることが愛──」
今までの能力者の中でも特に、暴力で解決できるような相手ではない。
そして、彼女は争いを望まず、愛だけを求め、そしてそれを誰にでもそれを分け合い分かち合おうとする。
それは──悪いことではないのかもしれない。
でも、それは前を見ているものへの冒涜だ。
「大げさなものではなく、“あたりまえ”にありそうな日常をそっとそこに寄り添わせる──だから失ったそれを“あたりまえ”に受け入れてしまう」
「今、ここに居る──それをなぜ悪だと言うのでしょう──あなたの前に現れたあの彼は、あなたにとって、二度と目の前に現れてはいけない人でしたか?その愛に触れては、触れたいとは思わなかったのですか」
「私は兄が大好きでした──好きな部分を10個言えます、ただ同時に嫌な部分も10言えます──」
「それをすべて受け入れて──初めて誰かを愛せるのではないですか?」
「受け入れています、そんなわがままもすべて──愛しているのです」
「受け入れたというのなら、今の状況が正しいのかそうでないのか、わかるはずです」
「正しいもんっ──お母さんは間違っていないっお母さんは私を“愛して”くれてるんだっ!!」
「ユニア……ちゃん?」
私は人見知りのように、庭の白いテーブルの前の椅子に大事そうにぬいぐるみを抱えている少女を見る。
「──待って……そんなこと……」
そこでようやく私はひとつの疑問──
今までの自分の推測に疑問が生まれる。
「ユニアちゃん、あなたは本当に“幻覚”ですか?」
──────
誰もが認める仲の良い夫婦“だった”。
私が産まれた後もその仲の良い夫婦は健在で、
もちろん、お母さんもお父さんも私には優しくて、
すごく、すごく愛してくれた。
でも、いつしか──二人の中で会話がなくなった。
ふたりとも私を愛してくれていたけど──
仕事から帰ってきたら、私にだけ挨拶して一人でテレビを見ることが多くなった。
お母さんは黙って家事をこなし、そして時折、きれいな服を着てどこかへでかけるようになった。
「ユニア──今日はお母さんと出かけようか」
「お父さんは?」
「ううん、今日はお母さんとだけね」
───不安だったけど、お母さんに手をつながれて私は。
「その、くまさん気に入った?」
透明なケースにしまわれた熊のぬいぐるみ。
「うん、でも茶色が欲しい」
理由はわからない、1か月後の私の誕生日プレゼント。
お母さんはそれを買ってくれると言った。
「うーん、残念──茶色は売り切れみたい」
誕生日に茶色のものを買ってもらおうと──お母さんとデパートの外に出る。
「──え?」
「ユニア、ここからおうちに一人で帰れるよね?」
デパートの前から横断歩道を渡った場所でお母さんは私に告げる。
「お母さんね──これから、違う人と一緒に──」
「いやっ!!お母さん、私にクマさんのぬいぐるみプレゼントしてくれるって言ったもんっ」
「ユニア──お母さんを困らせないで、ユニア、“愛している”わ──ごめんね、でも私にも“愛してくれる”人ができたの」
「いやっいやっ!!帰らないっ、お母さんがクマさん、ユニアにくれるまでここ動かないっ」
今までは、お母さんやお父さんが愛してくれればそれでよかった。
でも──何を言えば二人の愛を繋ぎとめられるのかわからなくて──
ただ──その愛が“永遠”に欲しかっただけなのに──
「わかった──お母さん、今──買ってくるからちょっとここでまっていてね」
やがて、お母さんは色違いのピンク色のクマを買ってきて──
少し疲れた顔をしながら、確かに青に変わった信号を渡ってきたはずなのに──
その後は頭が真っ白で──
私が──わがまま言ったから──わたしが──わがまま言ったから──
サイレンの音。
道路には赤い真っ赤な赤い液体が──ひろがっている。
お母さんは必死に私に手を伸ばして───
「愛してる──愛しているわ──」
その言葉だけを──私はその言葉だけが欲しかっただけなのに。
─────
「間違ってないもんっ、お母さんは──ユニアを愛してくれるっ、みんなに愛をふるまってくれるんだもんっ」
「ユニア──あれ──それじゃ、私は──」
マリアさん、彼女自身も彼女の能力にそう思い込まされていたのだろう。
自分のほうが“本体”だと──
「──ユニアちゃん、それはさすがに私も──でもごめんなさい、私が代わりに愛してあげられるとは言わないけど──愛するものを失ったもの同士──強く」
「いや──だめ、お姉ちゃんっやめてよ、お母さんを消さないでっ──」
「私が正解かはわからない──それでもユニアちゃんがこの場所に閉じこもることはやっぱり間違えている、私はそう思う」
「私は──ユニア、私は──」
マリアさん。
ユニアちゃんが作り出す幻影は──それを一番に受け入れられずに──
「──マリアさん、あなたの答えは?」
たとえ幻影だとしても──その意思はきっと本物。
「ユニア──ごめんなさい、あなたを愛していたわ、それは本当」
「今更、信じてほしいとは言わないけど──生活が落ち着いたら、周りを説得してあなたを迎えにいくつもりだったの──」
「お母さん?いやっ──ずっと、ずっとユニアと一緒に居るのっ」
マリアさんは私に背を向けぎゅっとユニアちゃんの頭を抱き寄せるように両手を後ろへまわす。
「うん、ずっと、ずっとユニアのことを愛しているわ──」
「いや、いやぁ、もう何処にもいっちゃダメッ」
「クマさんのぬいぐるみ、ずっと大事にしてくれていたのね──茶色の買ってあげられなくてごめんね」
「ううん、ユニア──これでいいっ、お母さんが選んでくれたこの色がいいっ」
「──よかった、ユニア──私を“愛して”くれてありがとう──」
「………」
少しだけ迷いがうまれる。
この愛を壊すことに──
「──それじゃ、ユイ──お願いします」
「だめーっだめぇー」
私の迷いを打ち消すように──
私が前を見られるように、マリアさんは──
もう一人のマリアさんがマリアさんの前に立っている。
少しだけ、娘のことを邪魔に思っているような目で立っている。
「そう──あなたも私なのね」
そんな自分をしっかりと受け止めるように──
「いやーーーーっ」
二人のマリアさんの体から光の粒子が宙に上っていくように──
「愛しているわ──ユニア、ありがとう──あなたにもう一度、きちんとそう伝えられて──」
「お母さん、お母さん?」
そこに残ったのは私とユニアちゃんだけ。
それを受け入れてしまっては二度とその愛は実体化できない。
「返して、返してよ、お母さんっ」
大泣きしながら、ユニアちゃんが小さなこぶしでポカポカと私の胸を叩いてくる。
「ごめんね──辛いよね、辛かったよね──私も強くなるから、一緒に強くなろう」
彼女にそんなことを言う資格があるのかはわからない。
私はユニアちゃんに叩かれながらも、マリアさんがそうしたように彼女の頭を優しく抱え込む。
「いや──おねえちゃんはお母さんじゃないもんっ」
ユニアちゃんは泣きじゃくる顔を私の胸に押し付け、その涙で私の服をびしょびしょに濡らしながら、大事に持ったクマのぬいぐるみの右手と左手を背中にまわしぎゅっと私に抱き着いた。




