【壊れない女】
最初に倒れたのは担任の催稀先生──
続いて、生徒たちが次々と虚ろな目をしながら気を失っている。
いままで、気が付かなかったがうっすらと空気が薄紫色に淀んでいるようにも見える。
「ねぇ──これってやっぱり?」
「間違いない……能力者だろ」
俺はその能力の影響だろう、ぼぅとしている頭の中で考え──
周囲を確認する。
俺はそんな中でたった一人、授業を続けるように平然と催稀先生が立っていた場所を見つめる生徒を発見する──
ぼやける視界の中──たった一人、ナギサとそいつが衝突する。
──20分前
「おいっ──ぶつかっただろ、直していけよっ」
ナギサの机に金髪に染めた肩より少し長い髪の女子生徒がぶつかり、机の上の物と机の中に入っていた参考書が床に散らばっている。
「ん……なに?なんか言った?」
威圧的に見下すような目でこちらを見ている。
「だから……毒島、お前が今……」
「ん?──どうしたの、トウカ……なんかあった?」
戻ってきたナギサが言う。
「あぁ──ごめんごめん」
ナギサは顔色一つ変えずにまるで自分のミスのようにそれを元に戻す。
「おい──水無瀬、これ、あいつ、毒島の仕業だってっ」
毒島アゲハ──よく何かにつけてナギサに絡んでいるこのクラスの中心的な位置にいる女子生徒の一人。
その女子生徒を睨みつけながらシュウがナギサへと伝える。
「知ってる──」
そう──静かに。
「怒らねーのかよ、蹴っ飛ばせばいいだろ」
ナギサならできるとシュウが言うが。
「べーつに腹も立たないし──私の机をひっくり返して、学校生活が謳歌できるってなら勝手にすれば──」
ただ、そう呟くように──次の科学の移動授業に必要なものを持ち。
「ほら、トウカ、壊島……行くぞぉ」
ナギサはいつも通り俺とシュウだけを見つめている。
「待てよっ」
無視された事に逆に腹を立てるように毒島が言うが──
──ナギサは毒島に目を合わせることもしない。
────── *** ─────
科学室へと移動した。
「やったじゃん、トウカ──可愛い女の子の隣に座れて嬉しいだろ」
「かわいい女の子?誰だよ─」
トウカがナギサを見て呆れた顔で返す。
「えっ?私じゃん?」
普段と変わらぬ態度でトウカと会話をする。
「ちげーよっ」
「ちげーよは酷いじゃんっ」
『……ナギサは可愛いと思うけど……』
「ほらっ」
「ほらっじゃねー、頼むからさ、それは封印してくれ」
「やだよ──それが例えトウカだったとはいえ、私が可愛いなんて言われたの初めてだったんだぁ」
『……ナギサは可愛いと思うけど……』
「うん……悪くない」
ナギサがテープレコーダーを大切そうに胸に抱えている。
面白くなさそうに別の班からこちらを睨んでいる女子生徒。
人工的に染められた金髪の髪。
「許さない──」
毒島アゲハは小さな声で呟く。
「よーし、皆──席につけぇ、授業を始めるぞ」
トウカたちのクラスの担任教師で有り、科学科の授業を担当する、催稀クウト《さいきくうと》。
ぱんっぱんっと右手で左の手のひらを叩きながら科学室の中に入ってくる。
トウカとナギサが同じグループのテーブルに、そして──
シュウと
「げほっ……なぁ、なんか空気、変じゃない?」
一人の生徒が咳込むように周囲に言う。
「これ、変な薬品じゃないだろうな……」
この授業で使うアルコールランプがそれぞれのテーブルに置いてある。
「うっ──確かに気分悪くなってきたかも──」
「確かに、なんかおかしいな、おい誰か、窓を開けてくれっ」
催稀先生が窓に近い生徒にそう頼む。
「ねぇ──トウカ」
「どうした──」
「“わたし以外に”今──平然としている人居る?」
「え──」
空気がうっすらと薄紫色に淀んでいる。
バタンッと最初に倒れたのは催稀先生だった。
続けて、窓を開けようとした生徒が倒れる。
「ねぇ──トウカ、大丈夫?」
「ねぇ──これってやっぱり?」
「間違いない……能力者だろ」
能力者──その魔力で多少、能力への干渉に耐性がある。
その何かしらの体内を汚染するような攻撃に耐えるが──
「ナギサ、なんでお前…平然としてるんだ?」
「平然ではないけど──」
持ち込んでいた少量のペットボトルの水を床にこぼす様に──
床に落下する前に小さな水の玉に計上を変え、自分の顔の周囲へと集める。
「よくわからないけど、これで多少……薄められているみたいだから」
「あいつか──やっぱり、さっき蹴っ飛ばしとくんだった……」
一人、自分以外に平然としている女子生徒をナギサが睨む。
「なぁ──ナギサ、俺や他のみんなにも、できないのか?」
「さすがに全員は無理──それに、この水は私の魔力を含んでる、私ほど効果はないってこと」
「トウカ──どれくらい持ちそう?」
能力者、シュウや委員長もほとんど意識を保っていない。
「手っ取り早く──この残りの水で──」
惜しまず、残りの水をぶちまけるとぎゅっと球体に圧縮する。
それを平然とする女子生徒、アゲハ目掛け飛んでいくと。
その顔の横を通り過ぎ──
黒いカーテン越しの窓へと直撃させる。
「ふんっ」
まるで計算づくだったというように、アゲハが笑う。
カーテンだと思っていた黒い粘液のような液体がぶよぶよと集まり巨大な黒いスライムのように形どる。
「へぇ、それがあんたの能力の本体みたいなもん?……へぇ、なかなか可愛いじゃん」
不気味な化け物にナギサが言う。
「で……どうするの、あんたの友達──もうまともに立ち上がることもできなさそうだけど」
「やばー、残りの水、全部失った──」
黒く巨大なスライム上の生物に放った水の塊は吸収された。
「ねぇ、トウカ──私のおしっこ飲みたい?」
「──ふざけるな」
「冗談──それはさすがにもう少し私の好感度あげてくれなきゃだなぁ」
「待ってて、今、アイツをちびらせるから──」
作業台に眼鏡を置く。
ゆっくりと右のつま先を立て小さく跳ねる。
ゆっくりと助走をつけ加速する。
大きく飛び跳ね……上履きの靴裏をアゲハの胸元に運ぶ。
「水無瀬──調子に乗るなってッ」
「っ!?」
「形どれ、水蛇っ」
黒いスライムがどろどろとアゲハの前に壁を作る。
そのスライムに近くにあった消しゴムが転げ落ちると──じゅわっと蒸発するように腐敗する。
顔の周辺でアゲハの能力、スライムがまき散らしていただろう毒を弱めていた水滴を集めると水蛇を作り、自分の振り上げた足に絡ませると、自分の身体を後ろに投げ飛ばす──作業台の上に落下し、作業台のアルコールランプなどを落下させ床に落ちる。
「たぁ───不運だ……」
「あんたは努力をしなかった──だからあなたを取り巻く不運は必然」
「へぇ──あんたは努力したんだ?」
「別に今更、頑張らなくても──昔のあんたがどうだった、なんて告げ口しないよ」
余裕のあったアゲハの目が少しだけ怒りが灯る。
「黙れよ──あの苦しみの中で、お前は抗わなかった──私は努力をしたっ」
「どうした、苦しくなってきたんじゃない?使っちまったんだろ……水」
空気に交じり充満した毒。
その唯一の対策。
「うるさいなぁ……教室じゃなくてよかったよ──」
ナギサが立ち上がり、ゆっくりと作業テーブルのテーブルの間にある水道に手を置く。
ハンドルを回す。
「あははっ」
アゲハが笑う。
蛇口からは水が出ない。
「……ちょっと、卑怯もんっ」
蛇口に何やら黒いブヨブヨしたものが詰まっている。
「あらかじめ、全ての蛇口に忍ばせておいた──」
「なんで、私の能力を知ってるんだよっ」
少しだけ冷静を欠く様にナギサが叫ぶ。
「あっ……がっ」
叫んだせいか、喉を傷めるようにナギサが左手で首を抑える。
「さすがに水無瀬──しんどいだろ、いいぞ、泣いてちびろよ」
「嫌だよ、それじゃ──あんときの“あんた”みたいだもん」
「あーっ、今、何って言った?」
「私を生贄にして──それで満足してればよかったのにさ」
「ほら──本当は恨んでいるんだろ、私をさっ」
「だから、どうでもいいって──喋んのしんどっ──」
「あんたが──私を生贄に今の地位を手に入れたとかさ、そんなもののために私にしてきたこととかさ──」
「嘘つけ──蹴っ飛ばしたいんだろ、復讐したいんだろっ?泣いて謝らせたいんだろっ?」
「別に──あんたを蹴っ飛ばしたところで、謝って貰ったところで──今の私に何の価値もない、だったら10連回して推しあてる方が幸せだって──」
「まぁ──今さら泣いて謝ったところで、許す気もないけど──かっこ此処重要っ」
「ふん──今のあなたに勝ち目があるとでも」
冷や汗を流し、強がっているナギサを見る。
「さっさと──かっは……」
不意にアゲハが苦しそうに首に手をあてる。
「自分の毒に耐性があっても──さすがに何でもって訳にはいかないみたいだね」
「安心しなよ──致死量的な毒素までは能力化はしていない……」
「アルコール?」
アゲハが足元のアルコールランプの入っていた割れたビンを見る。
「誰から聞いたかは知らないけど──私、形状化できるのは水だけとは言ったつもりなかったけど?」




