【頑張らなくていい日】
空間は黒一色に染まる。
上も下も無い──
考えては駄目だ──
考えれば全て夢咲に逆手に取られる。
だが、そんな思考は余程…鍛錬された者しかできないだろう。
「怖いですか?泣きたいですか?」
暗闇の中から声がする。
誰かと重ねるようにその恐怖を俺に植え付ける。
「くそっ──」
真っ暗な空間……彼女に見せられている悪夢。
いや、俺が彼女に創らせている能力。
そんな空間で瞳を上下左右に泳がせる。
どこから来る?
上?下?どちらから来れば俺は怖い?
いや……後ろ?
そもそも、それは一本だけか?
駄目だ、考えるなっ
そう言い聞かせるが──
気配のした方向に魔力を纏わせた両手を突き出す。
それを受け止め、少し安心するも──
余計な事を考えるなっ
懸命に自分に言い聞かせるが──
その攻撃は触手だけで収まるのか?
「後ろかっ」
触手を引きちぎると、手に巻いていた魔力を目の前に展開し、透明な壁を作る。
ギンッ
暗闇に潜む何者かが振り回した剣を透明の結界が防ぐ。
だが──そんな恐怖を振り払うなど…
次はどんな攻撃がくる?
自然と悪夢はより深く恐ろしいモノに変換されていく。
もし──俺の結界では防げない一撃が繰り出されたのなら……
ギンーーーッ
危なく結界が破壊されるような重たい一撃。
だめだ……これ以上はもたない。
「わたしは見せてなどいませんよ」
「あなたがあなたが思った未来を見せているだけです」
どうする──考えろ。
恐怖より先に──見ろ、相手を──。
夢咲は何処に居る。
俺が《《見ていない》》だけ……必ず何処かに居る。
ギンーーーーッ
もう一撃……ダメだ持たない。
考えろ……
待て──
《《持たない?》》
俺は俺の結界で防げない攻撃に《《恐怖》》した。
その綻びは何処だ?
俺が自分の能力を信用していたのか……
違う──
魔力を送り、結界を補強する。
能力は魔力に依存している。
俺がいくらそう《《恐怖》》したところで……
夢咲には俺の結界を一撃で壊すだけの恐怖は産み出せない。
その綻びを──
悪夢を払う希望に変えろッ
闇が晴れる──が、まだ彼女の幻影の中。
窓の外は真っ黒の空白が続いている。
「あら、そこに気が付きましたか?」
俺が到達した──綻びに気が付いても彼女は余裕そうな顔で──
「でも……それでどうします?」
そうだ──俺はその悪夢に打ち勝ったのではない。
ただ、その一撃で俺の能力が壊されないという結果を得ただけだ。
「くそ……このままでは……」
黒い触手が教室の空中で俺の両手を広げるように宙に持ち上げられる。
恐怖するように冷静に──分析する。
そうだ──恐怖しろ──悪夢の生成が途切れたら感ずかれる。
シュウやナギサのように、恐怖に打ち勝つような能力は俺には無い。
だったら、俺のやり方でそれを成せ。
彼女はずっと俺を見ている。
俺だけを見ている。
「さて──そろそろ終わりにしましょう」
再び夢咲を中心に闇が広がると……上下の無い空間。
俺は自分で恐怖した上下、左右、前後も分からない空間でその恐怖を自分で産み続ける。
俺はゆっくりと目を開く。
恐怖が無いと言えば嘘になる。
ただ──この俺の仮説が正しいのなら?
「なぁ──委員長、あんたは今、怖いものがあるか?」
「あら──当然、たくさんありますよ……」
「でも、残念ですね──この能力が私にも影響する」
「そう答えにたどり着いたのでしょうけど──それはありません」
その言葉が俺を恐怖させると自信たっぷりに──
「いいからさ……言葉にしなくていい、頭でイメージしてくれ」
そんな中で闇に産まれた化け物が俺の結界を破壊しようと銀色に輝く剣を握りこちらに近寄ってくる。
俺は残っている魔力を右手に巻き付け、翡翠色の光を作り出す。
右手の触手を引きちぎり……無駄にその化け物の持っている剣を照らす。
「だから──そんなもの無意味だと……えっどうして?」
夢咲の口調がゆっくりと恐怖を含んでいく。
「いやっ……どうして?何をしたのですっ!」
暗闇の中に無数の真っ黒な手が現れ……彼女の腕や足を掴んでいく。
彼女への期待する手が彼女を拘束するように──
「俺の結界をあんたの顔の前に張った、それであんたの顔を鏡のように反射させたんだ」
「今……見えてるのは俺だけじゃない……」
「いや──いや──私は──期待されたい……でも、そのためには何を手放せばいいの……ねぇ、そこに居るのは私なの……?」
透明な板、反射する自分の瞳を見つめながら自問自答を繰り返す。
「私……頑張ったよ……頑張ったのに……だんだん皆、それだけでは満足しなくなる」
「基準だけが上がって……その評価のラインは上回っていく──」
闇が晴れていく。
反射する自分に見つめられ夢咲だけがその悪夢、無数の腕に拘束されている。
「消さなくていいだろ……少し弱さを抱えていた方がずっとあんたらしいよ」
「違う──私は、創り上げてきた私がほんとうのわたし──そうなっているんですっ」
「委員長、でもそれはあんたのやりたいことじゃないんだろ?」
「褒められることで頑張れたんじゃないだろ──ただ、嬉しかったんだよな?」
「あはははっあはははは──じゃぁ、今の私が偽物みたいじゃないですかっ」
「それで……そんな自分を消し去って……私に何の価値が残るって言うのですっ」
「誰にも期待されない私が夢咲ユイを名乗る資格が──許される訳が──」
「でも……他にも価値があったんだよな?」
「言ってみろよ──俺なんかで悪いが、その言葉受け止めてやる」
「あは……ははは……一回だけでいい──誰かにもう頑張るなって言って欲しかった」
「一度でいい──失敗してもいいよと言って欲しかった」
誰かにそう気づいてほしかったと……
「なぁ、もし俺ががんばるなって……言ったらどうする?」
涙を流し光を失い何処を見ていたかわからなかった瞳が俺を見上げる。
「わからないよ──そんなこと」
考えたこともない──そんな風に語る瞳に──その顔にそっと手を伸ばす。
「言える義理も無ければ、責任もとれないけどよ……」
「せめて、今日くらいは頑張るのやめろよ……」
軽く俺の手が彼女の頬を触れる。
俺は結界を解除しそれを右腕に巻き付ける──そして自分の能力で理性を失っている夢咲の頬を軽く触れると頭の上に繋がっていた糸が途切れたかのように瞳から何かが抜けていく。
「あれ──わたし、どうして?」
「なぁ……委員長、解ればでいい……誰かに言われてここに来たんじゃないか?」
それを教えてくれ……
「そう……あれ、わたし──だれに?」
「そう……確かにあの人にそう言われた……」
教室のドアが開く……
「おやおや、無事だったかいトウカ──僕は凄く心配していたよ」
そう全く心配などしてなさそうに入って来たミリス。
そして、シュウとナギサと合流をする。
─────
「さて──これも失敗か」
トウカたちの居る教室から少しだけ離れた廊下。
窓から下校する生徒たちを眺めながら──
「次はどれにしようか──」
「なぁ──どんな風に壊れるのが君好みだ?」
「教えてくれよ──早くお前の歓喜顔をみせてくれっ」
そして、その瞳は次の標的を見つめている。




