【寄り添う幻想】
煩理家──地下にある庭園。
愛崎マリアと名乗る女性。
争うことをやめさせようと、ただその愛を囁いている。
普通ならその場に居るはずのない──人物。
実態を持ってその場に居る。
「へぇ、シュウって意外と筋肉凄いのな、ねぇ触っていい?」
「あ、あぁ──」
壊島シュウは、ギャルに言い寄られるのを満更にもなさそうに──
「ア、アインシュルク様──でも、今の私には──違う、私はガチ恋勢じゃない、だから今日くらいは許せ、トウカ」
『ナギサちゃん、今日は君だけのための特別配信だ──』
「わ、私にだけ──」
普通ならばありえない──目の前に居るはずのない者たちが。
そんな自分に愛を囁く。
「どうしたの、ノア──ほら、いいのよ──もう誰もあなたを傷つけたりはしない、私があなたを守ってあげる」
「──おか……さん」
「はい──」
ノアにそう呼ばれた女性は嬉しそうにほほ笑む。
「トウカ──ミリス──」
トウカとそんな変わらないような年頃の男。
さらに、その優しそうで少し気の抜けた表情は、さらに男を幼く見えさせる。
まるで、ありえない幻を──洗脳されたかのように受け入れている。
確かに──彼女は争いを生まない。
勝負を成立させないことでその場を支配する。
「愛──素晴らしい言葉だと、思いませんか?」
「さぁ、ユイ──あなたも──」
目の前には──一人の女性が立っている。
よく知った男性。
あの自慢だった兄──私が理想とし、理想とさせられ続けた人物。
寄り添ってくる──自然に。
それは、もうありえないはずなのに──
そんな彼は当たり前に愛を囁いてくる。
「さぁ──愛を──誰も苦しまない、誰も憎まない──そんな世界を」
「愛とは幻想──あなたの見せるそれは本当にそれを物語っているようですね」
「どうしたの、ユイ──あなたもただその愛に──」
「永遠にそんな幻影の中で生きていく──それがあなたの愛なのですか?」
「あら、どうしてあなたには私の能力が届かないのかしら?」
「私が愛を“悪夢”として見ただけです──」
「どうして──争いなんてやめて、ここで永遠に平和に暮らしましょう」
「悪いけど──急いでいるんです、ほんと、トウカくん──私が居ないと駄目な人」
ちょっと気まずそうにそれでもどこか嬉しそうに話をしているトウカ。
「そういうことで、能力を解いてもらえるかしら?」
「どうして?私たちに争う必要はないそうでしょ?」
たぶん──彼女は正しいのだろう。
きっと、争いを望まない、それは本心。
彼女は戦わずして、勝たず、負けずに──その自分に課せられた目的を果たす。
「私もあなたと争う気はありません、それでもどうしてもこの先に進む理由があるのです──それが、あなたのいう愛かは私にはまだ、それを理解していませんが」
トウカくんを横目に私はそう告げる。
「いいわ──“今”ここでは無理だけど、あなたの愛も見せてあげます──」
愛崎マリアもトウカくんを横目で確認するように──
「今ではなく──後でという訳ですね」
「えぇ、私たちには時間はいっぱいありますもの、愛は永遠です」
「悪いのですが、急いでいます──そう何度も言っているのですが──」
「大丈夫です──なんの心配もありません、愛に満ち溢れた、リエン様は素晴らしい人です」
「私はトウカくんをひっぱたいてでも、そのあなたたちが崇拝している人から、取り返さないとならないものがあるのですが──」
「なんの心配もありません──ここにいれば、素晴らしい愛はいくらでも見ることができますから」
「想像だけの理想を見せられているだけを──愛と呼ぶのですか?」
「だけど、それを永遠に見ていられるのなら、それは幸福ではありませんか?」
「現実を逃避して──永遠に夢だけを見続けることがそれが愛だと言いますか?」
「愛は“絶対”に裏切る事はあってはなりません──その愛に触れれば触れるほどそれが裏切られた衝撃は相当なものです──そんなことはあってはならない、だからこそ私はそんな理想だけを見せるのです」
「お母さん──」
気が付くと、白いテーブル、白い椅子に座り──
テディベアのぬいぐるみを大事そうに抱える女の子が座っている。
「大丈夫──ユニア」
「ユイもすぐにわかってくれるはずです──世界を愛で満たせれば、そこは楽園に生まれ変わると」
その女の子は──本物?それとも彼女自身が生み出した──
「───で、俺よりもずっと年上の数人に取り囲まれた時はさすがにダメかと思ったけどな───」
「へぇ、すげぇじゃん──シュウ、かっこいいじゃん」
「まったく──好きなタイプを聞いたら、トウカくんなんて言い出すんじゃないかと心配するくらい女に興味なさそうにしてたくせに、案外、普通にあんな軽そうな子がタイプだったのね」
壊島シュウ──彼を横目にその愛とやらを眺める。
「アインシュルク様、ごめんなさい──私、投げ銭はしない主義なんだ」
『大丈夫だよ、俺はナギサちゃんと話ができるだけで──』
「──私は不運で、その──最近はまってるゲームに今月のお小遣いは全部もってかれて──」
『そ、そうだったんだ、その気にしないで──あ、そのゲーム俺もやってるよ、ねぇ、フレンド登録お願いしてもいいかな、ナギサちゃん』
「液晶越しに、別の皮を被った者まで愛を囁く──ですか」
私は少しだけ憐れむような眼で彼女を見つめながら。
「──お、おかーさんっ」
ぎこちなく──彼女の理想とする母親にそう声をかけるノアさん。
そして、自分すらよく知らない父に──
自分を作ったと言う父に──
その愛という感情に──そっと寄り付かれた彼、彼女らは──
そんな夢の世界から抜け出せなくなる。
「ほら──あなたも」
再び──兄の姿がそこに現れる。
取り込まれるな──私は。
愛はそっと寄ってくる。
「トウカくんではなく、また兄なのですね──」
能力の穴──見つけないと。
私にとっては“悪夢”と同率しているそれを見せられているうちに。
彼女の能力は──争いを生まない。
愛というものを大げさではなくそっと些細に寄り付かせる──
だけど──気づかないとならないことはもう一つ。
だけど──私はその能力の攻略にばかり意識と脳を働かせる。
だから──私が“彼女”自身の持つ愛を見誤っていることに気づかない。




