【届かない言葉】
下水道──煩理家の豪邸を繋ぐ隠し通路。
その一室を番人かはわからないが、その部屋を住みかとしている男。
言正キョウゴ。
そして、そんな男と対峙する、言日岐カリン。
紙くずがまるで刃のように鋭く──カリンの身体を通過していく。
そしてそれらは──灰になるように消滅する。
「評価とは一つの結果だ──それは価値だ、自分の努力に物事への貢献にそれを得たいと言うのは人として当然の感情だ」
「だが、時に──それは能力以上の評価を受ける、または評価を求める──その不正に見合う代償を支払ってね」
「だったら、私もその一人だと言いたいのか──私はその評価を得るために努力も結果も出した、その評価を得られなかった私には何が足りなかったッ」
「だから、それが不釣り合いだと言っているんだ俺はカリンちゃん」
「言日岐──どうしても私の名前を“言葉”にしたいのならそう呼べと言っている──」
「随分と嫌われたものだね──そうそこを正してみよう」
薄笑みを浮かべ、冷たい瞳をカリンへと向ける。
「さっきの冴えない男、トウカくんだったかな──彼と俺、君がそこまで彼を評価し俺を評価しない理由はなんだろうね」
「今のあんたに私はどこに評価をする──」
「俺はカリンちゃん──はいはい、言日岐さんを“頭がいい”“可愛い”と評価した」
「それは、あんたが私に対する感想だ──」
「まぁ、そうかもしれないけどね──俺は君に好意を持たれたいという見返りを求めた──それが理由というモノだ」
「だから、それは単なる下心──」
「そう、君は俺に好意を持たれたくない──だから“評価をしない”」
「それじゃ、君が──トウカくんを評価するのは──そこに“好意”かは知らないが本当に何かの“見返り”を求めたりはしていないのか?」
「あんたの屁理屈に付き合うために残ったんじゃない──」
「飛べッ」
何かの工具が入ったような鉄のケース。
それに透明な刃を通し、カリンが言葉にする。
暇つぶし用の遊び道具なのか──
部屋の隅に落ちていたゴムのカラーボールを手に取るキョウゴ。
「白ではなく鮮やかに彩られた──その高貴な姿──その評価に俺は見返りを求める」
飛んでくる工具のケースにそのボールを投げつける。
まるで手榴弾でも投げ込んだかのようにその場で爆発を起こすと──
ボロボロに破壊された工具のケースが落ち、ボールは灰のように消し飛ぶ。
「まるで──評価を得ようとする人間が悪みたいな言いぐさだな」
「誤解があるな、そこを正そう──正当な理由で評価を求める事に文句などないさ──評価を得るためには必ず理由が生じる──」
「それは──あんたが見てきた世界での評価だ──」
「私は私に対する評価を信じる──」
「まるで──本物と変わらない、いや──噂に聞く名刀そのものようだ、その評価に俺は見返りを求めるッ」
立てかけてあった木刀を手に持ち、それをカリン目掛け振りかざす。
「実体化しろッ──」
カリンの透明な刃がその木刀を受け止める。
「どうした──カリンちゃん、君は頭がいいのだろ?」
「言日岐だ──」
「俺を否定しろよ──俺が間違っていると──でないと俺は償えないんだ」
「───」
「例え、そこに合意があったとは言え、俺にはその評価の不正取引が許せなかった──だからその不正を正した」
何の話をしているのか、もちろんカリンにはわからない。
「あのジジィを殴り飛ばし、ついでに刑務所送りにしてやった──残りの人生、きっと檻の中だ、だが──あいつが確かに築いてきた評価も壊れた、当然、妹がその不正の代価を払って得た評価もな」
黙ってカリンは聞いている。
「そして──俺の下した結果はその男にだけではなく、妹にまで──世間の最悪の評価は向く──永久に得たかった評価は得られずその評価が妹を呪う」
「どうすれば良かった?俺は黙って──あの事実を受け止めて、その不正を──」
「知らないが、あんたは妹のために努力をした──その悪と戦い正しい評価を“得よう”と思ったのだろ?」
「違う俺は、評価を否定しようとした──」
「私も母親に──正しい評価をされたかった、そのための努力をした──」
「違う──俺は──ただ、ただ──」
「妹のために“怒った”、自分を“評価”してほしかった──」
その言葉のせいか──キョウゴの目が見開き──
鍔迫り合いしていた、木刀が塵になる。
「何も間違っていないさ──ただ、私もあんたもその努力に見合った“評価”を得られなかっただけだ──」
「透化しろ──」
実体化を解除し、その刃をキョウゴへと突きつける。
「その罪を私が“両断”する──」
まるで突き出された刃、その傷口から血が噴き出す様に──
魔力の結晶のようなものがキョウゴの身体から飛び散る。
キョウゴは力尽きるようにその場に座り込み──
「俺は──どうすれば良かった──」
「正解だとは言わない──ただ、その妹にあんたのその気持ちを──“言葉”にしてあげるべきだ」
「俺の評価など──価値がない、あのクソジジィの言葉が届くのに俺の言葉は届かない」
「あんたは評価に人を救う価値を求めすぎている──価値がある“言葉”だけが人を救える訳じゃない」
「全く──頭が良くて、可愛くて、いい女だよカリンちゃん」
「悪いが先を急ぐ──それと私の名は言日岐だ──」
「ほら──やっぱり“届かない”」
そんなカリンの後姿を寂しそうに薄笑みで見送る。
「あんな子供に負けたんだ──クビかなぁ──クビで済めばいいが、無事に出られたら──もう一度、アイツに会いに病院に行ってみるよ──カリンちゃん」
見えなくなったカリンの背中を見つめキョウゴが呟く。




