【悪役の演技】
「べろべろ──ばーーーっ!!」
「うわぁーっ」
学校──ホームルーム前。
自分の席に座っていた俺の顔の頬を後ろからつかまれ──
俺の目の前に、ノアの顔が逆さに間近に表れ、俺は思わずそう叫ぶ。
「なにしてるんだ?」
「なにって挨拶だよ」
「おい、ノア──トウカに何してる」
後ろからナギサがノアに少し冷たい口調で話しかける。
「えーーー、挨拶しただけだよーーー、そりゃーナギサへの嫌がらせも兼ねてるけどさー」
「なぁ──ノア、なんでこの学園に転校してきたんだ?」
「なんでって?養子にしてもらったから?」
軽く頭を傾げながら瞳を天井に向けて言う。
「それって──どういった理由で?」
「理由?なんでそんなこと聞くの?何が聞きたいのかなーー?」
「いや──ナギサや俺を襲った理由、誰かに言われたからとか、ないか?」
「んーーー、単純に個人的な理由が大半だけどね──ただ、新しいお家によく来る知らないおじさん?お兄さん?、変なゴーグルみたいのいつもつけてるんだけどさ、トウカとトウカと一緒に暮らしている女の子?のこと──なんか調べてたかな」
「──なぁ、ナギサ──お前も最初、俺を戦った時、誰かに俺を“敵”と認識させられたみたいな事を言っていたよな?」
「ん──あぁ、確か──あんま覚えてないけど……」
「あーー、もう、てめぇーらいい加減、ひっつくなッ!」
ノアは背後から俺の顔を触ったまま、後ろの席から足を延ばしたナギサの蹴りを軽く避けながら──
「えーーー、ナギサが嫌がったらもっとしたくなるじゃん」
「もう一回ぶっ飛ばされたい?」
「えーーー、いいけど、もう負けないよーーー?」
「──頼むからやめてくれ」
俺は切実に二人にお願いする。
────
路上の電信柱のそばに止まった車。
車から降り、その電信柱の前で煙草を吸い始める、短い黒髪、上下紺色のスーツの女性。
その女性に一人の白いロングコートの男が近寄る。
「動きは?何かわかったのか──天重カイナ」
「ユズルか──いや、特に変わったことは」
街には不釣り合いな豪邸。
それが視界には入るが少し離れた場所。
「てめぇらの権限で突入してしまった方がはえーんじゃねーのか?」
「無茶言うな──どんな権力を駆使してるか知らないが、この監視自体を上部から禁止されている、この時点でバレたらコレもんなんだよ」
右のてのひらで自分の首を切るジェスチャーをする。
「──たく、使えねじゃねーか、天重カイナ」
「──偉そうに言う、あんたの方は何かわかったのか、ユズル」
「──あんたの息子、クソガキ──その周りを調べている、“結代”カイナ」
「最近、あのクソガキと一緒にいる白い髪の女は何者だ?」
「──私の可愛い娘だよ」
「──ここ最近の“能力者”がらみの事件は決まってクソガキの周りで起きている」
「なんだい──ユズル、私の子供を疑っているといいたいのか?」
「この一連──事件を操っている“黒幕”が居るとすれば、クソガキの周囲だって言ってるんだ」
「こっちは引き続きあんたに任せる──俺はトウカとその担任のあの“男性教師”あたりを洗ってみる」
「──男性?トウカの担任、いつの間にか変わったのか?確かに──随分と精神的に病んでいたとは聞いていたが──」
「──どういうことだ、天重カイナ」
「──ユズル、私もそっちを調べようか」
「まて──俺だけでいい──前に迷早リクという男子生徒の話をしただろ──何かしら、情報を操作、隠蔽するような能力者が居るとするのなら──事実を知らないはずの俺一人の方がいい──」
────
「な──なんなのよ──こいつ──」
ナギサと毒島の衝突──その決着があってから、
クラスメイトからのナギサへの攻撃は落ち着いていた。
主犯格であった毒島がその牙を砕かれたとはいえ──
その他のクラスメイトがおとなしくなった訳じゃない──
リヴィやカリン──その二人は対象とはならなかったが──
彼女たちからするとノアのようなタイプの人間が──
浮いている存在は──そういう対象になりやすい。
ノアに絡んだ数名の女子生徒。
黒板の下の壁に追い込まれるようにしりもちをつくように──ノアを見上げている生徒。
すぐ横の壁には広がったハサミの片方の刃が突き刺さっている。
「えーーー、絡んできたの、そっちだよーーー」
「おいっ──何事だッ」
担任の催稀先生が教室へと入ってくる。
* * *
その事件は──授業一つ潰し、クラス全体で話し合いの場を設けられていた。
そして──一言も弁解をしないノア。
ガラリと教室のドアが開く。
被害者──ノアに傷つけられた女子生徒たちの親御さんたちが入ってくる。
どういうことだっなどと──関係なさそうにそっぽを見ているノアを通し、催稀先生は追い詰められている。
ガラリッと遅れ、再びドアが開く。
何かある訳じゃない──
なのに──一瞬にしてその場の空気が一転するように──
白に近い水色の短い髪──
男のようにも見える──黒い上下のスーツ。
「ノア──彼女の保護者をしている、煩理リエンだ」
矛先は一気にそちらへと向かう。
そこそこ金を持った──人間とはいえ──
相手は若い女性一人。
リエンと名乗った女性は──そんな罵倒が飛び交う中を──
まるで一言も届いていないかのように──ゆっくりとノアの方へと歩いていく。
「大丈夫だったか──ノア」
優しく声をかけながら右手を肩にのせる。
「お前はたった一人でその身を自身で守ったんだ──そう誰もノア、お前を守ってはくれない──そう神も──だからその暴力は正される──」
「なに言ってるッ──その娘に、うちの子が殺されそうになったんだぞッ」
がたいのいい、一人の父親がリエンとなのった女性を罵倒する。
「逆にだ──あんたに問おう」
リエンという女性はその女子生徒の誰かの父親へと問う。
「大勢に理不尽に、あんたの娘に──その敵意を身の危険を感じるほどの悪意が迫った時に君は、ノアと同じ行為をした娘を責めるのか?」
「だからって、刃物はやばいだろっ──」
別の男性の親が割って入る。
「──彼女がそうするに至った、悪意にはその刃物と並ぶ脅威が無かったとあなたはそう言い切れるのか?」
「おまえ──頭がおかしいんじゃないのかっ──」
「弱気者が泣こうがわめこうが誰も救いなどしない──一矢報いようと一手投じればこうして、また大勢に叩かれる──さて、頭がおかしいのはぼくなのだろうか──」
「だから、刃物を用いてまで──娘たちがその子を追い詰めた証拠がどこにあるッ」
「──ぼくはノアを信じている──それは証拠に匹敵する理由とはならないのか?」
「そんなものが──なるわけねーだろっ」
「──逆にだ、それでは証明してみろ、ノアが刃物を利用しお前たちの娘をいたしめる理由がなかった証拠をね」
「これが、例え──あんたのいう正当防衛だったとして、それでもこれは限度を超えているだろっ──一歩間違えば大けがだった」
「だったら──どうすれば許された?どうすれば救われた?一人が多勢に襲われる──それをたった一人で覆すためには何が必要だった?」
「彼女はそんな──多勢に自分の方が強者だとそう“演じた”だけだ──」
「ぐっ──おい、先生、なんなんだこいつは──」
「いや──その──」
珍しく戸惑う催稀先生。
俺たちはただ──黙って見ているしかできない。
「──だったら、すべてぼくが“演じてみせよう”」
リエンという女性は──冷めた目で周囲を見渡し──
「この舞台に相応しい──“悪役”をね──」
そんな悪役を名乗る彼女はたった一人で、この場を支配する。
ただ──おそらく──
彼女は──たった一人、悪役を演じることで──ノアを守ろうとしている。
俺にはそう感じ取れた。




