【錯覚の先にあるもの】
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「ねぇ──いいなぁ──その不運」
「うるさいなぁー、そんなに羨ましいなら変わってやるよ」
もちろん、冗談だった。
「え、いいのーー?じゃぁ──今日から私がナギサでいいの?」
「はぁ──本気で言ってる?」
「だって──ここはナギサにとって不運──ナギサにとってナギサであることは不幸──ならそれ、私に頂戴?」」
必ず──この手の話になると──まるで人格が変わるように──
まるで、何かを錯覚するように──
錯覚させているように──
多分、彼女はそうすることでしか──自分を維持できない。
感情を保つことができない──。
「ねぇ──ナギサ、確か──指、怪我したって言ってたよね──どこの指?」
「左の親指──まぢで不運、コップの破片が落ちててさ、それ──刺さって、まぁ、自分で割ったコップだったんだけどさ──ってノア、何やってッ!!」
ノアが自分の親指にカッターを振り下ろす。
慌てて──その左手をどかしたが──カッターの刃が目の前のテーブルに突き刺さっている。
「ノア──おまえ、何考えてんだよっ」
「えーー、どうして、邪魔するのーーー?私はただ不運になりたいだけなのに──」
「そういうのは不運って言わねーよッ」
「どうして──ねぇ、どうしたら──私は不運に成り代われるの?」
チキチキッとカッターの刃を伸ばしながら私を見る。
やっべ──殺されるかも。
不運だ──だが、コイツの前だけでは、今──言ってはいけない気がした。
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幸福や不幸を天秤にかけることなどできない──
──それは人の秤など人により計測の値が違うのだろう。
俺の目から──ナギサは不運にも見えないし。
俺から見れば──ノアも普通の可愛らしい女子高生だ。
だが、それは──それは俺が見た秤──それはきっと、
彼女たちにその数値を示すことなど許されない行為なのだろう。
例えば──ノアが傍から見れば不幸のどん底に居て──
例えば──ナギサに日常に訪れたちょっとした不運を──
幸せを知らない彼女は──そんな不運を幸運だと“錯覚”してしまうのだろうか。
そんなナギサの不運の世界に依存してしまうのだろうか。
「“錯覚”──それがノアの能力──か」
「なに──トウカまで当たり前にノアって名前呼びしてんだよッ」
髪を切るもの──普通はハサミを想像する。
そうして、手にもった何かをそう“錯覚”させた。
ナギサに水蛇を使わせた後、黒いロープの切れ端を──黒蛇と“錯覚”させた。
さらに──木の枝が折れると“錯覚”させた。
「恐らく──“錯覚”さえしなければいい──」
だが、そんな事──普通の人間ができるのか?
凄い遠くで野球少年たちがバットを振っている。
「私のお父さん、よく──どっかからいろんな必要ないもの拾ってくるクセがあってさぁ──ある時ね、“木製のバット”なんて拾ってきてねぇ──」
先ほど折れた木の枝を持つ。
「あれで、叩かれた時はさすがに痛かったなぁ──」
「──トウカ、お前も目を瞑れッ」
そう言われ、咄嗟に目を閉じる。
「“錯覚”しろッ!!」
ノアが口にする。
ナギサは目を閉じたまま、地面を蹴り上げ声を下方へと足を延ばす。
「がはっ──」
強い打撃音と──身体が地面に叩きつけられる音。
「無駄だよ──ナギサ」
バットによる強打、魔力でガードされてはいるが──
あの木製のバットも能力、魔力で精製されている。
「──どうして、俺もナギサも見ないことでその錯覚を避けたはず」
「無駄だよ──人は一度見たり聞いた──恐怖など避けられるわけがないんだよ、トウカー」
「どうかなー?痛い?痛いよねー?ナギサー、でもね──」
微笑んでいた顔──その瞳から光が消える。
「ナギサが不運だっていうのが──私には羨ましく見えたようにね──ナギサのその痛みは私にとっては日常だったんだ──」
「だからって──これはやりすぎだろっ」
思わず俺が叫ぶ。
「えーーー、トウカまで私の敵ーーー?ひどい、トウカだけは私に優しくしてくれる人だと思ってたのに──」
標的を変えるようにその光の無い瞳をぎろりと横へ向ける。
「ノアー、あんたの相手は私だっての──よそ見してたら泣かすぞッ」
「やだなーーー、そのナギサのどこか私を何処か下に見てるモノの言い方──」
俺を見た瞳がナギサに戻る。
「ねぇ──ナギサもトウカも私の事──“消えちゃえばいい”とか思ってるんでしょッ──ひっどいなぁ」
「そんなこと思ってないって──」
「ほんとかな──トウカ、さっき──私に冷たくしたし──“錯覚”しろ」
そう言いながら、手に持っていた木製のバットを上に放り投げる。
結構な上空──そこに意味はあるのか──
カランッとバッドが地面に落ちる。
転がるバッドが木の枝へ戻る。
「「!!??」」
俺も、おそらくナギサも──あるべきそれを見失う。
その間、数秒──
動いた気配も、身を隠すような場所もそうない。
「どこ行った?」
ナギサの瞳が左右にうごめいている。
俺も同じだ。
「“錯覚”しろッ」
ナギサの目の前から声がする。
「切り裂くナイフッ」
「ぐぅ──つぅ──」
咄嗟に身構えたナギサの左腕にナイフが突き刺さっている。
「一度、錯覚してしまったモノは──」
その言葉だけで“錯覚”してしまう──
「そう──錯覚──でも、私が欲しかったお母さんは結局手に入らなかったんだーー」
「私がナギサじゃないから──」
「──ってぇ、くそ──さっきからお母さん、お母さんって──お父さんとも言ってやれ、泣くぞ、あのハゲ親父」
「だから次は──トウカ──」
「いいなぁーーーほしぃーーなぁ」
その瞳が俺を見る。
「ぜってーー、泣かすッ」
ナギサがノアを睨む。




