【大嫌いだった】
「ねぇ──ナギサぁ、自分が不幸だって思う?私ね──それがよくわからないんだよねーー教えてくれないかなー?」
「不幸なんてしらねー方がいいだろ──その方がずっと幸せだ」
「トウカくんはどう思う?不運なんてものは“錯覚”だと思う?」
「俺もナギサと一緒だ──言えるような性格してないが、自分を不幸なんて思いこまない方がいい──」
「でも──私はその不幸がわからないの──なんでだと思うーーー」
「知らなくていいってるだろっ」
「えーーー、ダメだよ──」
動かした二つの刃がシャキッと音を立て──咄嗟に動かしたナギサの頭。
ナギサの髪が数本、宙を舞っている。
「私がナギサになれないじゃない──」
ヤバイ──本当に──
「ナギサッ!」
「大丈夫だって言ってるだろ──でも、もっと心配してくれてもいいぞ、トウカ」
「ねぇ──ナギサ、なぜ自分が不幸だと思う?そしてどうして私は自分を不幸だと思えないと思う?」
「しらねー、興味ないってばっ」
「それはさー、ナギサ、あんたが幸福な自分を知ってるからだよ──物事は表裏一体──あなたが幸せであるから、不幸だと“錯覚”できる──」
「はぁ?私は一度も自分が幸福だったと思う瞬間なんてないけど──」
「それ──私に言うかなーーーっ、本当に幸福だった瞬間を知らない私は自分を不幸だなんて“錯覚”もできないんだよ」
─────
父の妹──そしてその夫、はたから見た私にも良い親とは思えなかった。
いつも、ボロボロの服、まともに食事もお風呂にも入れてもらった様子も無くて──その時はまだ近所に住んでいた同い年のノアは、時たま私の家に遊びに来た。
「えーーー、なにそれーーーいいなぁーーーっ」
父親の買ってきたセンスの悪いお土産を──
「えーーーー、美味しそうーーーいいなぁーーーー」
別に何でもない──母の料理。
本当はきちんとした美容院に髪を切ってもらいたいのに──
母親が私の髪を切っていると──
「えーーー、いいなぁーーー、ねぇ私も切ってほしい」
「いいなぁーーー」
「いいなぁーーー」
その言葉は常に尽きる事無くて──
「ねぇ──私も、ナギサのお母さんのこと、おかあさんって呼んでもいい?」
ある程度──ノアの家庭の事情を知っている母と父は──
うちに遊びに来ている時は──ノアを娘のように扱って──
だけど──彼女の親はそれをよく思わず──
もともと、社会不適合に近いその二人の両親はまともに働くこともなく──
娘に使っているお金を自分たちにカンパしろというような事を言ってきた。
もちろん、親はそんなことはしない。
だけど──ある日、顔に痣を作ってくるようになった。
彼女をお風呂に入れた母親が──青ざめて戻って来た。
ただ──ノアだけはいつものように笑っていた。
そして──
「不幸だ──」
その日もノアは──母から貰った画用紙になにやら一生懸命、絵を描いていて──
せっかく描いた絵をぐりぐりと赤いクレヨンで汚しながら──
カッターで絵を切り刻んでいる。
「ねぇ──私も不幸になったら──ナギサちゃんに、おかあさんの子供になれるかなー?」
あの日、はじめて──誰かにぞっとした感情を覚えた。
─────
「不運だと思うなら──私はそれも貰ってあげるよ──私ならそれを幸運だと“錯覚”できる」
不幸を知らないから──それを幸運にできるとでも言うように。
「不運だとは言ったけど──だから死にてぇなんて言ってねっての!」
素早い蹴り、だが──それもノアの反射神経、その一撃は届かない。
「トウカ──水っ」
「あ、あぁ──」
俺はナギサの言葉の意味を辿り、ナギサのバックからペットボトルの水を取り投げ渡す。
「形どれ──水蛇ッ」
作りだした水蛇の尾を掴み、その水蛇がノアの右腕を拘束する。
その場にノアの身体を固定するように──そのまま再び地面を蹴り上げ、ノアの身体を蹴とばす。
「ひっどーーーい、でも──それがナギサの能力なんだね──“錯覚”しちゃうね」
「そういえば、昨日──少し雨降ったよね、“ところどころ水たまり”できてるし──これも、ナギサの錯覚になっちゃうのかな?」
言われて周囲に目を配る。
確かに──水たまりがいくつかある。
「ねぇ──どうやったら私はナギサになれるかなぁ」
ノアは周りをきょろきょろしながら──
そして道端に落ちていた、黒いロープの切れ端を掴む。
「錯覚しろ──形どれ、黒蛇ッ」
「──っ!?」
ナギサの腕に黒い蛇が絡みつく。
ナギサのようにその場で地面を蹴り上げると──
「うっ──ぐぅっ」
ノアに蹴とばされたナギサの身体が地面に転がる。
手に持っていた黒蛇をぽいっと地面に捨てると──
黒蛇はただの黒いロープの切れ端に戻る。
「人は簡単に物事を錯覚する──幸せだ、不幸だ──そう錯覚することで自分たちの価値を決めつける──ねぇ、ナギサ──不幸だっていいじゃん、だってそこには不幸があるんだからさ──」
「昔から──人もん、何でも欲しがりやがって──いい加減に──」
「形どれ──水蛇ッ」
横にあった水たまりの水を操り──手にした水蛇でノアの身体を拘束する。
「ほら──私じゃ──ない、あなたたちの方が──簡単に錯覚する──」
水蛇に拘束されながらも──
平然として冷たい視線をナギサへ向ける。
「ナギサ、さっきから“何をしてる”の──?そこに水たまりなんて無いけど?」
「──!?」
そうだ──昨日の雨で水たまりなんて一つもできていなかった──
いつの間にかそう、“錯覚”させられていた──
「ねぇーーー、ナギサぁ、あんたの不運をわけてよ──」
「うるせぇーな、分けられるもんならわけてやりてーよ、こんなもん──」
蹴られた場所をおさえながら、ナギサが起き上がる。
「ずっと──ずっと──我慢してた──どうして──どうして──」
「いいじゃん──ぶつけてきなよ、ノア──あんたの本音──」
「錯覚ばっかりで──ぜんぜん見えてなかったからさ、あんたのこと」
「ずっと──ずっと──大っ嫌いだったよ、ナギサーーーッ!!」
「あは、あは──やっと言えた……」
好きな人に告白したように──頬を赤らめノアが笑顔で言う。




