【宝物《わすれもの》】
──あの世界の滅亡の危機から、1年少しが過ぎた。
俺は──確かに、あの白竜の守り人として、あの白竜と──戦っていた。
その記憶だけが残っている──
でも──それ以外は何も覚えていない。
“俺”も覚えていない──
でも──確かに、最後にあの白竜は、俺の方を振り返り“四文字”を言ったんだ──
高校を卒業し──少しだけバイトをして、金を貯めた。
正直、母さんには反対されたけど──それでも俺は──
「母さん──」
「ん──?」
リビングで珍しく借りてきたDVDを見ている母。
最新作のアニメを見ている。
「──アニメなんて、どうしたんだ?」
思わず、話しかけた目的とは別の話を振ってしまう。
「──どう──してだろうね」
そう言いながらテレビを眠そうな目で見つめている。
「トウカ、あんた──このアニメ好きじゃなかったか?」
「嫌いじゃないけど──好きって訳でもないな」
「そうだよね──」
母さんは何やら、今見ているアニメの設定の書かれている自分の字で書かれたメモ用紙を不思議そうに眺めながら画面を見ている。
「んで──今日、出発するのか?」
「あぁ──」
「当てはあるのか?」
「───」
「トウカ──オムライス、作りな──」
「──どうしたんだよ、いきなり」
「単純にお腹が空いたんだよ──」
黙って、台所へ立つと、オムライスを作る。
ついでだから自分の分も作るために卵を多めに取り出す。
「できたぞ──って、あれ、母さん?」
テレビの映像が流れたまま──母さんが座っていた席は空になっている。
廊下へのドアが開いていて──
俺は皿をテーブルに置き、そっと廊下を覗く。
そして、そんな母さんの後ろ姿を見つけると黙って近づく。
「ねぇ──トウカ、これは誰の部屋だ」
誰かの名前でも飾ってあったような可愛らしいプレートだけがドアに下がっている。
母さんがドアを開け、部屋の中を見る。
「可愛らしいカーテン……大きなベッド、あれで誰が寝るんだ?」
「──うっ──くっ」
記憶の何処かで白い髪が揺れる──
いつだか、俺は同じ質問を──誰かに──
「探さないとならないんだ──」
「何処にあるかもわからないものを──探しに行くなんて言う、自分の大事な息子を放浪ニートにしたい母親が居ると思うのか」
「──大事な記憶なんだ」
母さんは軽いため息をつく。
「わっ──」
母さんが投げ渡したものを手のひらで受け取る。
チャランと何かの鍵が手のひらに収まる。
「バイクの免許取ったんだろ──たまにしか使ってないモノだ、あんたが使いな」
「有難う、かあさんっ」
「無事帰ってこい──そして、出来るならあんたの宝物、ちゃんと取り戻してくるんだよ」
「あぁ──」
そう、俺はその鍵を受け取ってそのまま外へと飛び出す。
「あんた──自分の分の飯まで用意したのに食べてかないのか──」
「って──ん?」
母さんはテーブルに並んでいるオムライス、三つを不思議そうに眺めている。
俺は母さんから貰ったバイクを走らせると一つの家の前に止まる。
「おっ──来た来たって、トウカ、どうしたんよそのバイク?」
「母さんの──借りられたんだ」
「んで──?」
「──街を出る前にお前にもちゃんと挨拶しておこうと思って──って、おいナギサ?」
ナギサがバイクの俺の後ろに跨る。
「まさか──可愛い“彼女”を置いて行こうなんて思ってねぇーだろうなっ」
「はっ──お前、だって、ナギサの父さんにあんな反対されただろ」
「んなもん知るかよっ──まぁ、そんなハゲ親父から伝言だ、気が済んだら、必ず娘と一緒にもう一度、家に来いとよ」
「なっ──おいっ」
「ゴー、ゴー、出発だ、トウカ!」
ナギサがバイクの後ろで右腕を振り上げる。
バイクを走らせ、小さな喫茶店にバイクを一度止める。
カランッとそのドアを開ける。
「いらっしゃいませ──って、トウカくん?」
ユイがエプロン姿でカウンター越しに俺に話しかける。
「へぇ──ユイはここでバイトしてんだ」
俺の後ろに居るナギサが言う。
「あら──二人ってまだ続いていたんですね」
「どういう意味だよっ」
「バイクの後ろが空席なら私がとも思ったけど──」
悪戯そうな笑みでユイが俺を見る。
「──なっ、ふざけんなっ、トウカは私にとってはいい男だが、トウカは奪い合う程、いい男ではねぇぞっ」
「ナギサ、褒めるなら語尾で俺を貶すな──」
「ユイーーーーッ」
「あれ、ユニアちゃん?」
「あ、うん──此処に住み込みでアルバイトさせて貰ってるんです、隣にアパートがあるでしょ?そこも、店長の所有物で」
「あと──此処の常連さんにも挨拶してもらえるでしょうか」
「常連?なんで──私たちが」
「今日はどうにも騒がしいな──ユイ」
「カリン?」
俺は窓際の席にひっそりと座っていた女性を見る。
「常連なのか──?」
「ここは静かで過ごしやすいからな──“待ち人”などはそのついでだ」
「待ち人?」
「──事のついでに一度くらいならとは思ったけど、まさか私の方がすっぽかされるとはね──」
カリンは窓の外の遠い空を眺めるように──少しだけ寂しそうな顔をする。
ユイと手を握り必死で手を振ってくれるユニアを背に、俺とナギサは再びバイクに跨る。
「またなーーー、ユニアちゃんっ」
「ナギサ、またなーーーっ」
「あの位の年の子は──あれくらい生意気な口の聞き方が可愛いのな」
走らせたバイクの背でナギサが俺に言う。
「よう──トウカとナギサじゃねーかっ」
俺が次にバイクを止めた場所。
リエンの邸、そのほとんどが崩壊してしまっていたが──
一年近い時間をかけて、前以上に大掛かりな建物になっている。
そして、その建設作業にシュウは雇われ協力している。
木材を担ぎながら歩いていた足を止め、俺たちの方を向く。
「格闘家──目指しているんじゃなかったのか?」
「──さすがに、一般人に能力は使えないからな、地道にいくさ」
「シュウって意外と真面目なのな、トウカ──旅先で金に困ったら私は砂漠の国で水を売るぞ」
「──やめとけ、危ないやつに捕まって永久に監禁されるぞ」
「そもそも──お前の能力は水を操るんであって0から水が作れる訳じゃないだろ」
「おいっ、新入り、さぼってんじゃねーぞっ、お前は戦力として期待してるんだ──こっちを手伝ってくれ」
「へーーーーいっ、それじゃな、トウカ──戻ったら必ずまた会いに来いよ」
「あぁ、シュウ──お前も頑張れよッ」
「おうっ──またな、相棒」
シュウと別れ、俺とナギサはそのまま、リエンの邸へと向かう。
広い平地──軍隊のような男たちが訓練をしている。
そんな中、隊長を務めている女性。
黒い髪にところどころ黄色の入った髪。
左側の髪に剃り込みを入れた女性。
エルジナさんの指示のもと、過酷そうな訓練をしている。
そんな──男連中に紛れ込むように、
「こんじょーーーーーーッ!!」
「リヴィア、お前というやつは──」
「ぬるい、ぬるすぎだ、エルジナ──こんなモノであたしの拳は止められん」
「壊すもんじゃないと何度も説明してるだろ、いくつ施設のものを破壊したら気が済むお前は──」
「相変わらずだな──」
「だな──」
俺とナギサは邸に向かう途中でそんなリヴィアの様子を眺めながら邸の中へ入る。
「あら──ナギサじゃないですか」
「おうっ、サイカ──元気か?」
「まぁ、それなりに──ところで、二人揃ってこんな場所に何のようでしょう」
「リエンには話を通してるはずだ、“白竜”の事で話を聞きたい──」
「白竜と黒竜──確かにリエン様の両親が研究をしていましたからね──」
サイカは階段の上を眺め──
「階段奥の右手の扉の奥、テラスに出られます、今はそこにおいででしょう──」
「あぁ、有難う──」
「なぁ──サイカ、おっちゃんは──様態はどうだ?」
「──今のところ、変化は──少しお声をかけてあげてはいかがですか?」
「そうだな、ナギサ、俺はリエンと話をしてくる──お前はノウムさんのとこ行ってやってくれ」
あの日──その身を犠牲に俺たちの道を開いてくれたノウムさん。
海の中に落下したその身体を無事に引き上げられた。
リエン──その財力と技術により、ノウムさんは最善の治療を受けているが、未だその目は開いていない。
俺はサイカに連れられて、ノウムさんの元へと向かうナギサと別れ、リエンの元へと向かう。
「来たか──トウカくん」
海を一望できるテラス、お洒落なテーブルの前の椅子に足を組むように座り、優雅にティータイム中のリエン。
「──白竜のこと、何かわかったか」
「げっ──」
ドンと大量の資料を目の前に置かれる。
「僕なりにも調べてみた、それは両親の研究の資料のコピーだ──世界を観測できる場所、以前にも言ったがそこには、魔力体しか踏み入る事ができない、しかしそれは今は使用不可、そしてあのクウドという男のせいで、地下施設の復旧は何年後になるかわからない──」
「───」
「──おや、意外だね、トウカくん──ここで君ならその可能性を覆すような発言をするかと思ったが、まぁ──どうだろう、トウカくん──僕の、この研究所で働いてはみないか?ナギサくんも一緒でも構わない」
「──他に方法は無いのか?」
「──両親の研究を引き続きやっている所だ、海外にまで旅をする度胸はあるかい?」
「──うっ、英語には自信はないが」
「それも踏まえ、ここで少しは学んでいけと言いたいところだけどね──まぁ、それなりに僕も君という性格を理解してきたつもりだ──この研究所にさえ辿り着ければ日本語の話せる者もいる、協力くらいはしてくれるだろう」
リエンは小さな丸テーブルの上のカップの液体を口に運ぶ。
「──餞別だ、飛行場に行けば僕のプライベート用の旅客機を無償で使えるように手配してある」
「リエン──助かる」
「礼には及ばない──君たちの結果は僕のための財産でもあるのだからね」
リエンはゆっくりと俺を見る。
「それに──今、この世界があるのは白竜、そしてトウカくん──君のおかげだ、君は世界を救った“英雄”だよ」
「俺は何もしていない──世界を救ったのは“白竜”だよ」
「そう──トウカくん、君が“白竜に選ばれた”その結果だ──」
俺は再びバイクに跨る。
ナギサが俺の体にぎゅっと両手を回す。
「これ、やってみたかったんだよ」
後ろでなにやら呟くナギサを背にバイクを走らせる。
俺とナギサの長い──白竜探しの物語が始まる。




